いつも心に太陽を…
− 大人は子供を知らない 大人は子供に大人になる事を強制する
かつて自分が子供であった事を忘れているのだ −( ドイツの詩人 エミールより)
※
(僕はヒーローになるんだ!)
幼い男の子が叫んでいる。
この郊外の住宅街にある公園で、その男の子は、女の子にそう言っている。
幼い女の子は、その男の子を見て笑っている。
(ヒーローに?)
(うん、子供達を守るヒーローに。僕が大きくなったらそんなヒーローになりたい!
皆に勇気を与えられる、それでいて皆に力を与えられるヒーローに!)
ヒーロー番組の好きな男の子らしい台詞だが、幼い女の子は無邪気に笑って聞いていた。
(じゃあ、約束ね太陽。太陽が本当にヒーローになれるって、約束ね)
(なるさ、僕はヒーローになるよ、美帆)
※
高岡美帆の眠りを妨げたのは、窓から差し込む初夏の日差しと、数種類のセミ達の鳴き声であった。
その日差しは、美帆の富士額に汗を滲ませ、白いパジャマにも汗がしみこんでいる。
若鮎の様に引き締まり健康的な肢体を目覚めさせる為に、上半身をベッドから起こし、大きく背伸びをする美帆。
二〇歳の年齢の女性にしては、背丈は大きく一七〇はある。
その長身に相応しい健康的な細身の引き締まった肢体は、宝塚歌劇団の女優の様に堂々とした優雅さが漂っている。
「夢……か」
物静かな声で呟き、夢に出てきた幼い頃の自分と、幼馴染の若者、太陽を思い出した。
太陽を思い出すと、苦笑せざるを得ない。
彼は結局子供の心のまま育ち、純粋な性格だが、子供っぽい性格のまま、現在は役者の卵として、子供向けの番組に、その運動神経を生かしたアクション・スタントマンをしている。
悪の組織の戦闘員役で、豪快にヒーローに倒される役や、怪獣のぬいぐるみを着てのアクションもこなしているらしい。
「子供のままよね」
面長の、整った美貌を寂しそうに微笑し、美帆はセミロングのストレートの乱れた髪を整える為に、洗面所へ向かった。
(でも、彼に頼るしかない、もう)
※
佐藤太陽は、見た目は優しげな頼りない若者に見えるが、服を脱げば水泳選手の様に引き締まったいかにもスポーツマン的体格をしている事が分かるであろう。
だが、そのおおらかな性格と、子供っぽい性格が、それを感じさせない。
子供向けの番組のチョイ役ばかりで、周囲の親戚達は、もっと安定感のある職業に就いたらどうだと言われたりもするが、
「これが僕の天職!」
そう思っている太陽には、そんな質問をしてくる大人が鬱陶しい。
一七三センチの背丈に、そのバネの様な運動神経と瞬発力を誇り、重々しい着ぐるみを着ても活動的に動ける運動神経に、番組スタッフは重宝してくれている。
最近では、『ウルトラマン・リターナー』で、主役のリターナーの着ぐるみを着てアクションを任されている。
『ウルトラマン・リターナー』
今年から始まった新しいウルトラマン・シリーズであり、原点に戻るをテーマにして、初代ウルトラマンがパワーアップして地球に戻ってきたという設定で始まった番組である。
現在風にアレンジされたウルトラマンの姿で登場し、宇宙怪獣と戦う設定となっている。
子供だけではなく、この設定は昔見ていた大人たちにも人気があり、祖父、父親、子供と親子三代に渡って一緒に観ている家庭も多いらしい。
その帰還者(リターナー)であるウルトラマンを着る事も多いが、それは巨大怪獣のときであり、リターナーとほぼ同じ大きさの怪獣のときは別の役者が演じている。
他のアクション俳優は一八〇以上の身長があり、太陽にはちょっと不向きなのである。
しかし、話では後半から巨大怪獣が次々と出てくるので、出番が多くなる。
それとスタッフの意向で、太陽をもうひとつ違う仕事に回したかったのだ。
その間にはもう一人のアクション俳優が連続で演じてもらい、太陽はアトラクション・ショーへの仕事が与えられたのだ。
人気のある巨大遊園地に、夏休みの間、『ウルトラマン・リターナー・ショー』が行なわれ、そのアトラクションに、太陽はリターナーの役を演じてがんばってもらいたいそうなのだ。
アトラクションなので、光線技はもちろん出来ないので、派手なアクションが主体となる。
それが出来るのは、太陽だとスタッフは判断したのだ。
子供と直接触れ合え、生の反応を感じられると分かった太陽は二言返事でその仕事を引き受けたのだ。
そして、今日からその仕事だ。
家から電車で一時間の距離だ。
太陽は、ラフな衣装を着込み、ご飯二杯と、豆腐の味噌汁を頂いてから、家を出た。
着替えの服や、母に作ってもらった弁当をスポーツバッグに詰めて、住宅街にある家から、スポーツ自転車に乗り、駅へと向かう。
仕事に満足している若者の、晴れやかな笑顔が、初夏の日差しを浴びている。
普通に生きている人々なら、元気をもらえそうな笑顔であり、陰にこもって生きている人……たとえば、他人に八つ当たりするしか自己表現を出来ない人物や、他人と上手く付き合えない人間ならば、鬱陶しさを感じるかもしれない笑顔である。
その彼が道路に出て最初の曲がり角を曲がった時、幼馴染の女性と出会ったのは偶然ではなく、近所に住んでいる必然であっただろう。
彼女は自宅から、自分の愛車の軽自動車を出す為に庭のガレージを開けている最中であった。
「美帆!」
太陽は元気な声で呼んだ。
名前の通り、太陽の様に明るい漲る熱量を持つ声だ。
美帆はそれに気付き、太陽を見ると、少しの戸惑いを見せながらも軽く会釈した。
知的冒険心に満ち溢れた太陽の顔は、屈託がない。
有名なマーク・トゥエインの小説、『トム・ソーヤーの冒険』での、トム・ソーヤーもこんな笑みなのかも知れないと、美帆は思う。
いつもの笑顔。いつもの顔。
それは、子供の頃から変わっていない、良くも悪くも。
私は大学生になり、太陽は働いている社会人。
大きくなったのに子供の頃と変わらない姿は、美帆には不思議な違和感を覚える。
皆、大人になり、良い意味で成長している。
それなのに太陽だけは変わらない。
仕事も子供相手の仕事をしているからかも知れない。
子供っぽい太陽に、美帆は嫌悪感まではいかないが、失望感を感じている。
「太陽……相変わらず元気そうね」
「ああ、僕は何時でも僕さ」
太陽は笑う。
美帆は顔の筋肉をコントロールしながら、普段の笑みを浮かべている。
「太陽、今日の夕方、時間空いている?」
「うん?八時くらいから空くと思うけど」
「じゃあ、その時間、電話しても良いかしら?」
太陽は、純粋に笑い、素直に受け入れてくれた。
子供っぽいが、それでも人を安心させる。
これは、子供の頃から変わっていなかった。
※
美帆は、その面長の真珠色の肌をした若い美貌の顔に、色の濃いサングラスをかけ、車のエンジンをかけて走り出した。
彼女が車の免許を習得した時、父親が、中古車とはいえ、娘の為に購入した軽自動車で、空間が広く、買い物に向いている。
車にはそれほど拘らない彼女は、父の行為に深く感謝し、今でもこの車を好んで乗っている。
美帆は、運転が上手なほうであり、女友達だけからではなく、男友達からも、上手だと言われている。
その車で、今日の大学は昼からなので、午前中は病院に向かう。
彼女の健康美あふれる肢体からは病と言う物は無縁であり、彼女自身が病院に用があるのではない。
病院に知り合いが入院しているのだ。
その知り合いの名前は、加藤憲一。
自分の母方の妹の息子である。
年齢はまだ五歳。入院して三ヶ月が経過している。
三ヶ月前、彼の家族が旅行中、前から中央車線をはみ出して、車が衝突して大きな事故を起こしたのだ。
相手の車と加藤家の車がぶつかって、両車両がスピンして相手の車は転倒し、加藤家の車は電柱にぶつかった。
目撃者の証言で、加藤家には責任は無く、相手の車の運転手の過失と判断されたが、相手は即死であった。
そして加藤家の父、母は、重傷を負ったが、命に別状は無く、一ヵ月後には、社会に何の支障も無く復帰できたのだ。
だが、憲一は、背骨を折る重傷を負い、現在でも入院中だ。
骨折の方は治癒した。
だが、神経が治らない。
憲一の幼い肉体は、不随となり、動かない。
喋る事も出来ず、ただ、病院の窓を見て、テレビを見るだけの毎日である。
唸る事は出来る。
少しばかり手足を動かす事も出来る。
だが、それだけなのだ。
美帆は、そんな甥に同情しているし、悲劇だと思っている。
だが、医者が言うには、リハビリさえ受ければ、回復する可能性は高いと言うのだ。
ただ、激痛が伴い、憲一は怯えて出来ないのである。
その美帆が病室に入って来た時、ベッドの上で呆然としていた憲一が、美帆の臭いでやってきた事に気付き、微かに笑った。
幼い頃から、憲一は、この優しくて綺麗なお姉さんが好きだった。
美帆は静かに微笑み、憲一に問いかける。
「こら、今日もリハビリ、サボったの? それじゃ駄目じゃない!」
そういわれると、憲一は顔を沈ませて哀しそうな顔をする。
白い壁、薄暗い部屋、清潔だが質素すぎるこの個室の隅に、美帆は持ってきた花束を花瓶に移し変えた。
「憲一くん! がんばらないと歩けなくなるよ! 苦しいのは分かるけど、一生そのままで良いの?」
憲一は何も言えない。
喋れたとしても、答えなかっただろう。
神経が壊れたことよりも、心が壊れたことの方が深刻の様だ。
だが、その子供が微かに唸り、テレビのほうに顎を向ける。
それに気付いた美帆が、優しく笑いながらテレビをつける。
モニターが作動して、憲一の好きな番組の始まる五分前であった。
『ウルトラマン・リターナー』。
初代ウルトラマンが、パワーアップして地球に帰ってきた作品。
何でもリターナーが、己を超えるため、己が一度負けた怪獣、ゼットンに再び勇気を持って戦うらしい。
今までの放送の中にも、何度か、オメガ・ゼットンが現れ、何度もリターナーを苦しめている。
まだ一度も倒せず、敗北に近い引き分けが続いているらしい。
憲一は、『ウルトラマン・リターナー』のオープニングの歌が始まると同時に、瞳を輝かせ、テレビに釘付けになった。
その姿を見て、もはや美帆は、太陽に頼るしかないと思った。
(でも、太陽はどこまで力があるのかしら?)
※
扶桑遊園地は、関東でも屈指の遊園地である。
数々のアトラクションの乗り物と、野外ステージもあり、交通の便利さと、環境のよさで、人気のスポットである。
桂木園長は、この遊園地の責任者であり、今年四十三歳の壮年のやり手である。
この遊園地をテーマパークより人気を呼ぶためにも、アトラクション・ショーに力を入れ、数多くのスポンサーにも根回しをして、積極的に自ら陣頭に立ち、扶桑遊園地をアピールしている。
洗練された表情と、自信に満ちた実年齢より五歳ほど若く見える男であり、その歩く姿は、自身と貫禄に満ち溢れている。
その仕事に打ち込む姿は、誠実にして豪胆。
まさしく、エリート企業家の姿そのものである。
桂木は、夏休みを利用して、子供向けのアトラクション・ショーを初め、現在で人気の、『ウルトラマン・リターナー』を呼ぶ事に成功した。
これなら子供だけではなく、初代ウルトラマン世代の父親も見に来るはずだという狙いは、初日の今日から大当たりである!
子供だけではなく、父親や、孫を連れてきた祖父も、懐かしそうに、リターナーのショーに魅入られている。
特に、リターナーに入っている若者の動きは、真剣そのものだ!
いや、他の怪獣の着ぐるみを着ている若者達も真剣に演じている!
子供向けのショーとはいえ、彼らは真剣だ!
そのステージの上では、ウルトラマン・リターナーの着ぐるみを着た若者が、この暑さにも負けずに激しい動きを決め、怪獣の着ぐるみをきている者達に、飛び蹴りやチョップを浴びせて激しく動き回る。
怪獣達も、激しい動きの中、獣的な動きで倒れる姿を見せてリターナーに立ち向かう。
初代ウルトラマンの姿から、シャープに、現在的なデザインの勇士となり、銀と赤のカラーから青も加わった勇者の姿は子供達を熱狂させる!
桂木は、舞台裏からそれを見て頷き、まずは大成功だと頷いている。
(弘樹も、子供の頃は好きだったな)
この遊園地の最高責任者は、ふと息子の事を思いだし、大きく溜息をついた。
息子の事を思うと、彼は頭が痛くなる。
息子の存在を、夢幻の如く否定したい桂木である。
そのために、彼は仕事に集中するようになった。
息子の桂木弘樹は、現在14歳の中学生だが、陰にこもった問題児である。
それは登校拒否であり、自分の部屋から一切出てこない引きこもりの少年であった。
去年、陰険ないじめを受け、心に大きな打撃を受けた息子は、極度の人間恐怖症におちいり、全く部屋から出てこなくなったのだ。
それでも、息子をこの状況まで追い込んだ者達は、時たま家の前で、息子の罵詈雑言を言い、部屋に窓に向かって石を投げる嫌がらせを続けるのだ。
桂木は、学校と警察に訴えるが、学校は学校の対面を気にして、何もしない。むしろ、貴方の息子に責任があるといわれ、警察は、ほとんど動いてくれなかった。
どうやら、警察の自分達の勤務評価を上げるためにも、解決しにくい事件は無視するようであった。
その現実! そのいい加減さ!
これが現実とは、桂木は思いたくなかった!
妻は泣きながらも息子を何とか引き戻そうとするし、他の弘樹の姉や弟にも、悪い影響が出てきている。
姉は、そんな家に帰るのを嫌がっているようで、家に帰ってきても自分の部屋に入るだけ、弟も、学校で虐めの対称にされつつあるようだ。
私は、こんな家庭を持つために、結婚したんじゃない!
桂木は、その現実を否定して、仕事に自分の逃げ道を探していたのだ。
※
『ウルトラマン・リターナー・ショー』の一部が終わった。
後は二回行われる。
太陽は、控え室でリターナーの着ぐるみを脱ぎ、汗まみれの顔を外気に晒し、気持ち良さそうに息を吐いた。
「暑い!」
当たり前のことを言いながら、仲間にリターナーの全身を脱ぐ手伝いをしてもらいながら、
「でも、流石に佐藤さん。この着ぐるみ着て、あの動きは流石ですね」
リターナーの着ぐるみを大事そうに傍に置きながら、太陽に氷のたっぷり入ったミネラル・ウォーターを渡すと、太陽はそれを受け取り、一気に胃袋に冷たい純粋な液体を流し込んだ。
気持ち良さそうに飲み干しながら、
「ああ、子供達が見るんだ。張り切るよ。僕だって小さい頃、ウルトラマンがヒーローだったから、子供達の夢を壊さない為にも、流石ウルトラマンといわれるアクションをしたいね」
無邪気な笑みを浮かべながら太陽は、水のお代わりを頼む。
次のショーまで一時間半の休憩がある。
他のアクション俳優も、着ぐるみを脱ぎ、エアコンの効いたこの大きな控え室で横になり、冷たい飲料水やアイスクリームで体内を冷やしている舞台演出家の中年の人が、次のステージに関しての事や、演出について話しており、全員は横になりながらも真剣に聞いていた。
「太陽!次のステージで、バック転出来るか?」
演出家に尋ねられると、太陽は、直ぐにこの室内で二回連続バック転を決めて、無言実行で、出来ると証明した。
「よし、最後の敵、ゴモラのときに、決めてくれ!」
「イエス・サー!」
その時であった。
この大きな控え室に、この遊園地の総責任者、桂木園長が入ってきたのは。
それに気付いた彼らは立ち上がり、礼を行おうとしたが、桂木は両手でそのままで言いと合図を送り、微笑した。
「いやあ、皆ありがとう。今のところ評判がとても良い。この調子でがんばってくれ」
全員が、それぞれの個性にあった顔と態度で、了解の態度を示した。
桂木は、静かに笑いながら、
「次のステージが終わったら、飲料水の差し入れをしよう。皆、盛り上げてくれ」
全員が声を上げて頷いた。
……その日は、大盛況であり、明日もまた期待の持てる一日となった。
※
佐藤太陽は、駅まで戻り、そのまま自転車に跨り暗くなった夜の道を、家に向かって急いで帰っていく。
周囲は、仕事帰りの背広姿の男達が、近くの居酒屋に寄って、夜遊びの若者達が、コンビニの前でたむろしている。
太陽は、それらの所を通り過ぎ、自宅のある住宅街の道へ戻ってきた。
その時であった。
自分の携帯電話が鳴った。
着うたで、平井堅の、『POP STAR』が流れた。
その音色に、太陽は自転車を近くの電柱に止め、電柱の上から照らされる蛍光灯を頼りに携帯を開いた。
この曲を着信音としているのは一人だけだ。
高岡美帆である。
幼馴染にして、太陽が、秘かに思いを寄せる女性。
純粋に笑いながら、電話に出る太陽。
「美帆?」
「……早かったかしら、太陽?」
「そんな事ないよ。仕事は当に終わっているから」
「ありがとうね」
「頼みって何だい?」
素直な声で、明るい声で、太陽は美帆に問いかけた。
「今、太陽は『ウルトラマン・リターナー』のショーに参加していたのよね?」
「ああ、そうだよ。主役のリターナーを演じさせてもらっている。美帆に一度、馬鹿にされたけど、でも大変な仕事だよ」
すると、美帆は、苦笑しながらも、
「ごめんなさい、馬鹿にするつもりはなかったのだけど」
「いいよ、別に。誰が何と思っても、僕にはこの仕事に生きがいを感じているから」
「……いきがい」
前後の沈黙は、太陽を馬鹿にしていると言うよりは、自分に何かを問いかけているように太陽は思えた。
「……あのね、あつかましいのは分かっている。でも、この前怪我をして不随になった私の従弟の話をしたでしょ?」
「ああ、あの事故で……憲一君だったよね?」
「そう、下半身不随で、喋れなくて、毎日がただ、……可哀想だから、せめて好きな『ウルトラマン』のショーに連れて行ってあげたいの」
そう話すと、太陽は笑いながら、
「ああ、それだったら大丈夫だ。何時でもおいでよ」
「ありがとう。でも、ベッドで移動させてしか来られないの。席を確保出来るかどうか…」
すると、太陽は無邪気な声で、
「そうか、それだったら僕が掛け合ってみる。二,三日待ってくれないか?」
「え?」
「いや、上司と遊園地の園長に頼んでみるよ」
名前の通りに、太陽の様な笑みを浮かべて彼は答えた。
「出来る限りの事はするよ、美帆」
「ありがとう、太陽」
「いいよ、また連絡するよ」
太陽がそういうと、美帆は少しの間を置いてから、彼の名前を呼ぶ。
携帯を通じて、太陽は短く受け答えすると、申し訳なさそうな声で、
「……この前はごめんなさいね。あんな酷い事を貴方に言いながら、私は貴方に頼るなんて……ごめんなさい」
「……いや、その一言で僕は、もう気にしない。ありがとう美帆」
誠実な答えが返ってきて、美帆は静かに微笑んだ。
「ありがとう、太陽」
※
我ながら、本当に自分勝手で、都合のいい人間だと美帆は思った。
一週間前、彼女は、太陽にきつい事を言ってしまった。
それは、いつも無邪気で純粋で誠実な太陽だからこそ、ついつい甘えてしまって、それでいて心の中で思っていた自分の不誠実な部分が、言葉になって飛び出してしまったのだ。
子供相手の仕事をしていて、嬉しそうに仕事をしている彼に向かって、「幼稚ね!」と……。
太陽は、哀しそうな顔を少しして、微笑し、そのまま自転車に跨り仕事に向かったのだが、その背中が寂しそうに見えたのだ。
あの時、自分はなんと愚かな事を言ってしまったのだろう。
その事を悔やんでいたのだが、今、太陽の一言で少しは救われた。