双子の剣 (4)


 それは、シグルト率いる軍が、謀叛の罪を被せられ、シレジア王国に逃亡していた頃……。
 雪深い山奥の山荘で、二人の男女が雪に埋もれた平地で対峙している。
 女は、漆黒の髪をなびかせ、長刀を構える。
 凝った細工の入った刀で、雪よりも眩しい白銀の刃が光っている。
 男の方は、異常に大きい剣を上段に構えている。
 大きな剣だ。いや、剣と呼ぶよりは、剣の形をした鉄塊と呼ぶに相応しいであろう。
 飾り気のない巨大な剣は、重量だけで一〇〇キロある。
 その無骨で巨大な剣を、金髪の若者は、小枝でも持つように、上段に構えている。
 「すまぬな、ホリン。しばらく鍛錬出来なかったので、鍛錬に付き合わせて……」
 「気にするな。夫婦だろ」 
 精悍な美男子と呼んでもいいホリンだが、礼服姿より、甲冑姿の方がはるかに似合う顔と肉体を所有している。
 二人が同時に動いた。
 ホリンの巨大な剣が、アイラの頭上に叩き落されるが、アイラはそれを長刀で受ける。
 巨大な剣は、アイラの長刀に叩きつけられ、長刀は折れる……様に見えたが、巨大な剣は、長刀の刃に反って、滑るように流れ、アイラの傍の地面に叩きつけられた。
 地面は砕け、巨大な剣は地面に衝撃を与え突き刺さる。
 ホリンは笑い、その巨大な剣、『斬竜刀』を地面から抜き、片手で担ぎ、背中に回した。
 「『流水の防』。相手の剣の力に逆らわず、流す技か。さすがだなアイラ」
 「ホリンこそ。そんな巨大な剣を、普通の剣の様に扱うとは」
 アイラは真剣に感心した。
 力に頼る者は、力に過信しすぎ、基本を疎かにする。だが、ホリンは基本に忠実でありながら、応用の利く変幻自在の柔軟な剣術に、その怪力を見事に融合させている。
 「……ホリン。貴公の『斬竜刀』を操れる者は、二度と出てこないであろう」
 「いや、生まれたばかりの俺達の子供が使えるだろう。そして、君の剣も…」
 「ああ、私達の子供だ。必ず『斬竜刀』と、『勇王剣』を扱ってくれるだろう」
 圧倒的怪力を所有せねば使えぬ『斬竜刀』。
 超人的な技量を持たねば扱えぬ『勇王剣』。
 このふたつの剣を扱えるのは、この時代では、この二人しかいなかった……。

 

 

 「何故、駄目なんだ?」
 両親の剣を譲渡する事をあっけなく断わられ、スカサハは思わず、当たり前の質問をする。
 「俺は、母上の子供だ」
 「はんっ、だからなんだって言うんでぇ。儂は、アイラ様に御恩と尊敬の念はあるが、お前にはねぇ。アイラ様だけに俺は従うんだ!それ以外はたとえ誰であろうと、従うつもりはないね」
 ウォルツは叫び、右手に持っていた杖を床に何度か突付いた。
 「それと、ホリンは、アイラ様が唯一愛した男。アイラ様の御亭主なら、儂も彼の剣を守る義務がある。貴様には譲れんなぁ!」
 「何故だ!」
 「アイラ様の剣は!ホリンの剣は、特別だ!息子だからといって渡せぬわ!どうしても欲しいと言うのなら、アイラ様の許可をもらえ!」
 無茶苦茶だな。
 スカサハは大きく息を吐いた。母は既に死んでいるだろう。
 行方不明とはなっているが、ヴェルトマー城の近くの森で、七〇人近いヴェルトマー軍の斬殺死体に混じり、二人の明らかにヴェルトマー軍とは違う甲冑姿の男女の立ったままの死体が発見されたと言う噂がある。
 その二人の男女の死体は、お互いの背中を守りながら、剣を離さずに立ったまま微かな笑みを浮かべ、死んでいたらしい。
 おそらく、それが自分の両親だとスカサハは思っている。
 その証拠に、皇帝アルヴィスが、その二人の畏怖すべき敵に敬意を払い、剣士の魂とも言うべき二人の剣を、二人の祖国に、無償で返したと言う。
 その剣は、シャナン王子の意思により、最も大切に扱ってくれるであろう人物に渡したと言う。
 (それが、このウォルツ……)
 (何故なんだ……?)
 スカサハの目から見ても、一般社会では溶け込めない異常な性格をした魔術師にして鍛治師を見ながらスカサハは大きな溜息を付いた。
 「貴様じゃ、斬竜刀は使えぬ。あれは神々から、金剛力を与えられたホリンにしか使えないものでぇ」
 「だが、俺もこのままじゃ、引き下がれない。俺はどうしても父上…いや、親父の使っていた剣が欲しい!今の斬馬刀じゃ……」
 突如、長身の若者はその巨大な斬馬刀を片手で持ち上げ、刀先をウォルツの目の前に突きつける。
 ウォルツは慌てもせずに、その巨大な鉄塊の刀身を見る。
 「……ふむっ、刃こぼれや、細かいヒビが目立つな」
 「ああ、古いのもあったし、シャナン様も、この斬馬刀には良い鉄が使われていないと言った。これではいずれ砕けると」
 「……そうじゃな。こいつは普通の鉄じゃが、斬竜刀には希少金属の白銀鋼が使われている」
 意味ありげに笑うウォルツの異形な顔を見て、スカサハは驚く。
 「……詳しいな。何故知っている?」
 「斬竜刀を作ったのは、儂じゃよ。……そして、アイラ様の勇王剣を作ったのもな」
 「勇王剣……」
 「ああ、アイラ様の剣技や特徴を完全に知っている儂が、アイラ様の為に造ったのじゃよ。アイラ様の能力を最大限に引き出せる、アイラ様しか最大能力を発揮出来ない剣じゃ…。シャナンのガキを連れ、逃げ出した後、儂がホリンに頼み、彼女に渡してくれと頼んでおいたのだ」
 「爺さんが、……親父と…お袋の剣を」
 その時、スカサハは背中に悪寒が走った。
 これは危険を察知したのではない。自分の『分身』の危機を察知したのだ。
 「ラクチェ!」
 思わず、スカサハは叫び、斬馬刀を右腕でしっかり持ち、外へと走る。
 「小僧!どこへ行く?」
 「爺さん、話は後だ。絶対に親父とお袋の剣を貰い受けるぞ」
 「フンッ、あれはアイラ様とホリンの夫婦の剣じゃ!」
 スカサハは脚を止め、背中越しにウォルツを見て、余裕のある涼しげな瞳を彼に向けた。
 「その『夫婦』の剣は、『双子』の剣に変わる!爺さんは俺の実力しか知らぬからそう断わるのだ!ラクチェを見たら考えが変わるぜ!」

 

 

 突然の襲撃であったが、ラクチェとスカサハの報告により、ギムル村のイザーク正規軍は防衛態勢を整える事に成功していた。
 黒衣の黒斧を持つ軍団の襲撃に、彼等は弓矢で応戦した。
 最初は、その弓矢を簡単に躱し、接近してきたが、突如その黒斧隊の一人が、全身に八本の矢を受ける結果となった。
 それは、ウォルツの発明した、竹筒の弓矢であった。
 一回の射撃で、一〇本近い矢を飛ばし、簡単な操作により、範囲を狭めたり広範囲に広げたり出来る殺傷力の高い弓矢であった。
 その男の顔に三本が貫き、残る五本は胴体を打ち抜き、倒れる。 
 「なんだ、この武器は?!」
 一人が驚いた瞬間、村の土壁の上から一〇人の弓矢を持った男が一斉に弓矢を放ってきた。
 普通なら一〇本の弓矢が飛んでくるのだが、なんと、弓矢が豪雨の様に散らばり激しく彼等に襲い掛かった!
 彼等は次々と弓矢を受け、大怪我を負い、命を落としていく。
 だが、その中でも、兜と仮面が合体した仮面をつけた男が、弓矢を一メートルはある長い長刀で払いのけ、接近してきた。
 その前に、正規軍の一人が前に出る。
 男は長剣を構え、その男、ギルデスターンに対決の姿勢をとった。
 「笑止!」
 ギルデスターンは叫び、その細くて長い白銀の長刀を振りかざした。
 正規兵はそれを受け止め、反撃に出る。
 剣を横一文字に振りかざし、ギルデスターンを切り払う。
 だが、ギルデスターンは四〇代とは思えぬ跳躍力を見せ、それを躱し、男の背後に降り立った。
 それと同時に、長刀を逆手に持ち、背後にいる男に背中を向けたまま突き刺した。
 その長刀の尖端は、粘土や完熟したトマトを突き刺すかの様に簡単に男の心臓を背中から貫いた。
 「来い!この死にぞこなったギルデスターン!今一度『斬竜刀のホリン』と戦うまで、死んでも死にきれぬ!」
 その細長い白銀の長刀が、再び輝き、周囲の竹筒の弓矢を持つ弓兵に襲い掛かった。
 白銀の見事な輝きを放つ剣は、周囲にどす黒い真紅の雨を降らせた。
 次の瞬間、ギルデスターンは横に飛ぶ。先程まで自分のいた場所に弓矢が刺さった。
 飛んできた方向を見ると、村の建物の窓からである。
 「弓矢如きで、私は倒せぬ!」
 瞬間、彼の狙い、地面に突き刺さっていた弓矢が爆発した!その爆発は地中で起こり、土と砂を巻き上げる。
 意外な出来事に、さすがのギルデスターンも驚き、隙を作ってしまったが、運良くその隙を突いてくるほどの敵は、近くに居なかった。
 すると近くの黒斧隊の一人が、弓矢を左肩に受けた。
 「大丈夫か!?」
 「はい、まだ戦えます」
 その男が笑った瞬間、その左肩に突き刺さった弓矢が爆発し、男の上半身の左部分を吹き飛ばし、その爆発の反動で首の骨を折ってしまい、地面に倒れ伏せた。
 それを見たギルデスターンは、舌打ちをして呟いた。
 「おのれ、悪鬼羅刹な武器を造りやがって!」

 

 

 ラクチェは村の広場でいた。
 既に数人の敵が襲い掛かり、ラクチェは長刀を抜き、敵に襲い掛かる。
 始めは黒斧隊も、全力で襲い掛かった。
 斧を投げた。吹き矢を使った。正統に斧で叩きつけにかかった。複数でコンビネーション・アタックも掛けた。
 ……だが、ラクチェはつまらなそうに相変わらず立っており、その長刀をどす黒い鮮血で染めていくだけで、平然と構えている。
 「な、なんて小娘だ」
 「お、俺達の攻撃を受け付けないだと……」
 正統派の攻撃も。力任せの攻撃も。奇襲攻撃も。飛び道具も。連携攻撃も!
 全ては、ラクチェの全く無駄のない動きと卓越した剣の前に破れ、悪戯に死体を増やしていくだけであった。
 「ふん、それが帝国軍の剣術か……。その程度ならイザークじゃ、児戯に等しい」
 戦いの女神を想像させる美貌の少女が、剣を構える。
 黒斧隊は、その恐るべき剣術の天才少女の動きに、畏怖し、あまりの美しい動きに見惚れた。
 だが、その美しさは、死への誘い者と化し、彼等に襲い掛かった。
 誰も反撃出来ずに倒れていく。
 そう、敵はラクチェではなく、自分達の心の中で生まれた『恐怖』によって、動きを封じられたのであった。
 ラクチェが敵を倒し終えた後、刀身を思いっきり振り、こびり付いていた血肉を払い、他の戦場へ脚を向けようとした時、ラクチェは戦場で鍛え、シャナンに鍛えられた心身の直感で、後方へ飛ぶ。
 その瞬間、彼女が今まで居た場所に、手斧が突き刺さった。
 ラクチェは長刀を構え、斜面の階段から上がってきた二人の敵に気付いた。
 一人は、細身の長身の男で、顔や腕や脚ですら細長く、その中で丸い眼光だけが異常に目立つ。
 片手に一本づつの戦斧を持ち、その蟷螂を思わせる風貌をニヤつかせる。
 「ほう、この小娘が、『犬』と『鼠』を殺した奴の一人だぜ、ベアリス」
 ベアリスと呼ばれた巨漢の肥満力の大男が、大男に相応しい大きな険しい顔を残忍に笑わせる。まるで熊の様に大きく、力強く、毛深い男である。
 口髭も顎鬚も濃く、揉み上げも眉毛も濃いのである。
 その大男の肩には、想像を絶する巨大な斧が持たれている。
 大きいのだ。この大男の肩幅もある両刃の斧であり、柄も2メートルはあり、まるで伝説に出て来る牛頭人の怪物が扱うような斧である。
 あまりの大きさに、ラクチェは驚いたが、何故か無性に可笑しくもなり、笑った。
 その笑いに二人の『蟷螂』と『熊』が目を合わせ意外な反応に驚く。
 (まさか、スカサハの様に出鱈目に大きい武器を好む馬鹿がまだいたとは)
 その瞬間、二人は同時に襲い掛かった!
 『蟷螂』は左右の斧を時間差に分けて攻撃し、『熊』は巨大な大斧を激しく振りかざした。
 ラクチェは飛んで躱し、三本の斧の攻撃を回避する。
 …だが、『熊』の一撃は、地面に叩きつけられ、地面を激しくえぐり、ラクチェの足元にも振動を伝えてきた。
 (何!?)
 二人が再び攻撃に出た。
 ラクチェは、背後に家の壁があるのに気付き、今度は横に回避し、一気に反撃に出ようとした瞬間、突如、『熊』の動きが止まった!
 何故なら、『熊』とラクチェの間に、『熊』ほどではないが、大きな男が入り込み、これまた巨大な剣で、その巨大な斧を払いのけたのだ。
 「何!」
 『蟷螂』がラクチェの剣と自分の斧をぶつけ、間合いを取りながらも突然の乱入者に驚く。
 「ベアリスと力比べだと?!」
 巨大な斧と剣は激しくぶつかり、鍔迫り合いを続けている。
 ベアリスと呼ばれた『熊』は、野性味溢れる獰猛な顔を歪ませ、入って来た大男の若者に、叫ぶ!
 「貴様!」
 大男の若者は、余裕ある笑みを浮かべ、
 「オッサン。面白い玩具持っているな。遊んでくれ」
 すると、ベアリスも、若者の巨大な剣に気付き、思わず笑みを浮かべた。
 一瞬だが、二人の間に奇妙な友情が成立した。それは、想像を絶する巨大な武器を好む者同士の不思議な感覚であった。
 「若僧が、武器はでかくても、使いこなせなくては意味ないぜぇ」
 「同感だ」
 二人が、同時に、背後に飛び、お互いの巨大な剣と斧を振りかぶり、全身全霊の力で互いにぶつけ合う!
 激しい金属音と共に、巨大な武器同士がぶつかりあい、火花が飛び散り、甲高い不快な音が周囲に響いた。
 二人の両手にしびれが走るが、怪力自慢の二人はそれを相手に悟らせず、やせ我慢と意地でぶつかり合う。
 「なんだ、オッサン。見かけだけだな!何しに来やがった?この辺に美人のメス熊でも見つけたか!」
 「小僧!俺を少し本気にさせるとはたいしたもんだ」
 二人は足場を決め、動かずに居るが、二人の両足は少しずつ大地にめり込んでいく。
 「二大怪獣激突だな」
 ラクチェは思わず呟き、『蟷螂』も思わず、ラクチェの存在を忘れ、二人の激突に驚いていた。
 「凄い……。ベアリスの奴、熊をも絞め殺す怪力の持主なのに、あの小僧」
 ラクチェに、『二大怪獣』と称された二人は激しく歯を食いしばり、顔に多くの脂汗を浮かばせ、お互いに力を込め、相手の武器を力ずくで押し返そうとしている。
 もはや、二人に躱すと言う考えはない。怪力に自信のある二人であるがゆえに、力ずくで敵を粉砕しなければ気がすまないのであろう。
 だが、突如、ベアリスが首を大きく反動をつけて、突然スカサハの顔にめがけ頭突きを与えた。
 激しい衝撃音と共に、スカサハはまともに喰らい、思わず仰け反り、目の前が真っ暗になったが、力は緩めなかった。
 だが、スカサハも逆に頭突きを喰らわせる。
 ベアリスもまともに喰らうが、仰け反りながらも力を緩めない。
 「この小僧!」
 「舐めるな!」
 激しい鍔迫り合いを続けながらも二人は、同時に激しい頭突き合戦を繰り返す。
 ほぼ、同時に頭をぶつけ合い、顔を、額を割りながら、血まみれになりながらも、二人は止める気配すら見せない。
 だが、一二度目の頭突き合戦で、遂に二人は後方によろめき武器を手にしたまま後方にぐらつくが、同時に二人は武器を捨て素手で組み合った。
 「この若僧が!」
 ベアリスが力を入れた瞬間、突然彼の視界の天地が逆転した。
 ベアリスはどうなったのか分からないままスカサハに投げ飛ばされ、近くの壁に叩きつけられた。
 壁が砕け、逆さのまま地面に倒れるベアリス。
 額を割り、顔を血まみれにしたスカサハが、息を切らし、自分の愛用の斬馬刀を掴もうとした瞬間、自分の足が何者かに掴まれた。
 振り向くと、地面を這いながらも、鋭い兇悪な眼光でスカサハを睨むベアリスであった。
 巨大な肥満力の肉体を引きずり、スカサハの巨体を片手だけで投げ飛ばした。
 今度はスカサハが、地面に叩きつけられ、もんどりを打って倒れた。
 背中からまともに落ち、口から血を吐いたスカサハに、ベアリスの巨大な肉体が飛び掛り、拳を叩きつけてきた。
 スカサハはそれを両手で受け止めたが、その防御ごと、打ち崩され、彼の岩の様な拳がスカサハの胸に叩きつけられた。
 再び口から血を吐き、苦しむスカサハに、ベアリスは満足そうに残忍な笑みを浮かべた。
 「小僧!舐めるな!俺は熊をも素手で殺せるのだぞ!」
 だが、スカサハはニヤリと笑いながら、
 「嘘つけ、その程度の拳で熊を殺せるだと?エーディン小母さんの指圧の方がよっぽど効くぜ」
 スカサハの両腕が、神速の動きを見せ、ベアリスの首の付け根に叩きつけられた。
 「うぐっ!」
 うめきながらも、ベアリスは太い両腕で、スカサハの首を掴み、一気に締め上げながら宙吊りにした。
 その恐るべき怪力で、立ち上がり、スカサハの偉丈夫な肉体を両腕の怪力だけで吊り上げ、首を締め付ける。
 「なんだ、小僧。そのへっぽこな攻撃は?俺の女房のビンタの方がよっぽど効くぞ」
 勝利を確信し、ニンマリと残酷な笑みを浮かべるベアリス。
 だが、苦し紛れにスカサハはベアリスの両腕を掴み、一気に力を入れた。 
 鈍い音が響くと同時に、ベアリスが激痛のあまり悲鳴をあげ、両腕の力を失った。
 スカサハは、首を絞めてきた彼の人差し指を握り。その両方の指の骨を圧し折ったのである。
 「……小僧……」
 異様に鋭く、殺意と憎悪のこもった眼光をスカサハに向ける。
 そのスカサハはむせ返りながらも、不敵に笑い、自分の斬馬刀を手にする。
 ベアリスの、その眼光だけで人を殺せるような兇悪な眼光にも怯えず、スカサハは自分の顎を、ベアリスの巨大な斧が落ちている方向を指した。
 「取れよ……。決着つけようぜ」
 その瞬間、ベアリスの巨体が信じられぬ速度で動き、スカサハの身体に拳を叩き込む。
 スカサハは、意外な行動に驚きながらも、斬馬刀で防ぐ。
  斬馬刀に鈍い音が響くと同時に、その巨大な剣と共に、スカサハは吹き飛ばされる。
 「舐めるな!小僧!」
 吹き飛んだスカサハの上に飛びつき、馬乗りになって、スカサハの顔に向かって、その鋼で出来た剣を殴っても痛みを感じない拳を叩きつけだした!
 「儂の拳で、何頭の熊を殴り殺したと思っている!」
 激しい音と共に、その岩の様な拳が何度もスカサハの顔面に叩きつけられた!
 「スカサハ!」
 さすがのラクチェも、スカサハの救助に入ろうとした時、『蟷螂』が襲ってきた。
 「ちっ!」
 その左右のコンビネーションは実に厄介であり、さすがのラクチェも苦戦せざるを得ない。 
 その左右の斧が、次々とラクチェに襲い掛かり、時にはフェイントを、時にはラクチェの攻撃を防いでいる。
 (こいつ、出来る!)
 ラクチェは一歩下がり間合いを開け、巨体のベアリスに馬乗りにされ、顔面を殴られまくるスカサハを見て、おもわず悲鳴をあげる。
 「兄さん!」
 その瞬間、残酷な笑みを浮かべ、最後の一撃を叩き込もうとしたベアリスが突然、呻き声を上げた。
 それは、スカサハの拳が、ベアリスの鳩尾に深く食い込んでいた。
 口から血を吐き出し、腫れ上がったスカサハの顔に掛かる。
 スカサハはニヤリと笑い、左手で手刀を作り、それをベアリスの咽喉仏に突き刺した。
 若木を引っこ抜き、斬馬刀の一撃で三人の甲冑で装備した人間を破壊する男の一撃だ。
 咽喉仏に深く突き刺さり、ベアリスは顔を青くして、大量の血を再び吐き出し、倒れ去った。
 「……何故、死なん?」
 倒れる間際に、ベアリスが呟くと、スカサハは口元を緩ませて、
 「俺は不死身だ」
 言い終わると同時に、ベアリスの巨体は背中の方向に倒れた。
 その巨体に相応しい地響きを立てて。
 「ラクチェ!」
 腫れ上がった顔を隠そうともせずに、スカサハは妹の心配をする。
 だが、悪鬼は死んでいなかった。
 ベアリスは唸り声をあげ、立ち上がり、背後からスカサハを羽交い絞めにして、全身全霊の力で締め付ける。
 「貴様!」
 「不死身だったら、殺されても文句はねぇな!」
 想像を絶するタフな二人の対決を、イザーク正規軍も、黒斧隊も息を飲んで唖然と見惚れている。
 ラクチェが冗談で言った、『二大怪獣激突』が、真実味をおびて来ている。
 スカサハが背中を丸めると、ベアリスの身体が宙を舞った。
 背中から叩き落されながらも、猛獣の様な唸り声を出して再びスカサハに殴りにかかる。
 スカサハはそれを躱したが、その拳は背後の石の壁を叩き壊し、貫通する。
 (あんなの、たっぷり喰らって、スカサハ様は生きているのか?!)
 イザーク兵士達は誰もが思った。
 スカサハも激しく殴りにかかる。ただ、殴るのではない。イザーク王家に伝わる体術による打撃技の殴りである。
 効率よく破壊力を増す恐るべき打撃技である。
 それをまともに受けても、ベアリスはよろめいても倒れはせずに、スカサハと殴り合いを続ける。
 もはや二人に、敵だから倒すという考えはなく、もっと心の奥にある、火と手を自由に扱うようになって、人類が忘れつつある、『本能』による激突であった。
 ゆえに、二人は斬馬刀を、巨大な斧を取ろうともせずに、猛獣の様な咆哮と、鋭い眼光を持って殴り合いを続けた。
 もはや、二人は人間の戦いというよりは、野獣の激突であった。

 

 

 その頃、ギムル村警備隊の隊長のランドルは、数人を倒した後に、敵の気配を感じずに剣を降ろした。
 場所は、村の入り口である。
 かなりの人数の侵入を許してしまい、ランドルは舌打ちをした時、人の気配を感じ、その方向を振り向くと、ウォルツが敵の死体を、嬉しそうに興奮しながら見ているのを発見した。
 自分の発明した竹筒の一度に一〇本の矢を飛ばす弓矢により、頭に7本の矢に突き刺された死体の顔を両手ではさみ、満足そうに笑い、興奮状態に入っている。
 「おお、こいつは素晴らしい死に方をしておるわい!」
 「……おい、爺さん」
 焼石を柄に入れる事により、灼熱の刃で切り裂く剣で切り裂かれ、鎧が熔けて斬られ、肉体は焼け爛れて斬り裂かれ、内部の内臓が黒焦げになったのを晒している死体には、その死体の頬にキスをして喜んでいる。
 「お前は、儂好みの死に方をしておるわい!ちゃんと脳味噌いじって、『人形』にしてやるからのぅ」
 「爺さん、何しに来た?」
 「おお、ランドルか。今度の敵は、良い奴ばかりじゃな。儂の趣味にあった死に方ばかりしておるわい」
 語尾に発狂寸前とも思えるべき笑い声が漏れている。
 「爺さん。スカサハに剣を渡したのか?」
 ランドルが尋ねると、ウォルツは楽しそうに、顔半分を焼き斬られた敵の死体の斬られた断面積を嬉しそうに指でなぞりながら、
 「渡してねぇよ。あの『夫婦の剣』は、アイラ様とホリンの剣だ。奴の剣じゃねぇ」
 「だが、スカサハは、その二人の子供だぞ?!」
 「関係ねぇよ。親族ほど頼りにならねぇものはねぇ。アイラ様は、尊敬出来て、素晴らしい人じゃった。だが、アイラ様の兄貴と親父は、気にいらねぇ。儂を単なる、発狂者扱いじゃ」
 そう言いながら、持ってきた木製のコップに、水牛の皮で作られた、水袋の中に入っているアルコール度の高い酒を入れる。
 「飲むか、ランドル?」
 「いや、まだ敵は残っている」
 そう言ったとき、ウォルツは、コップに注がれた酒の表面を見て首を傾げた。
 何も微動すらしないコップの酒の注がれた表面に波紋がおこる。
 外側から真ん中に向かって、綺麗な円形の波紋が起こり、再び外側に戻っていく。
 同じ波紋が再び起こった。そして、三度起こった時、振動が地面を伝わった。
 ランドルもそれに反応し、大剣を構える。
 気配は感じた。隠そうともしない堂々とした気配である。
 だが、この地面を伝わる振動は、遅いリズムで、同じ感覚で伝わってくる。
 「爺さん、気を付けろ。人間じゃねぇぞ。この振動の伝わり方からして、熊……いや、それ以上の巨大生物が近付いている」
 「はん、馬鹿馬鹿しい、イザークに、熊より大きな陸上生物はいないぜ」
 そう言いながらも、ウォルツは、この村に通じる、遠くにある吊り橋を見て、思わず顔を硬直させた。
 「……ランドル。村の吊り橋の工事はする予定か?」
 「いや……!」
 ランドルも、吊り橋の方を見て驚きの声を出す。
 吊り橋が壊れ、中央から千切れ、無残に両端にぶら下がっていた。
 先程の振動が大きくなりつつある。
 刹那!村の崖から巨大な『物体』が現れた。
 大きいが、それはあきらかに手であった。
 「手?」
 ランドルが自分の吐いた言葉に、戸惑った瞬間、もう一つの『手』が現れ、それを境に、巨大な顔が崖から現れた!
 それは、巨大な木像であり、全身を鉄製の甲冑に纏った巨人であった!
 「きょ、巨人!?」
 ランドルが驚くが、ウォルツは楽しそうに笑い出した。
 その笑いは甲高く、発狂寸前の狂気の声だ。
 「おおぉ!これは古代に伝わる伝説の魔導兵器、『人形』か!」
 顔は、両目と、額に琥珀色に輝く宝石が埋め込まれているだけの単調な顔だが、全身も単調だが、それを覆う甲冑は、細工され、一種の工芸品を思わせる。
 『人形』が崖からのぼり、立ち上がった。
 木と木の擦れ合う音を響かせ、四メートル近い巨人は首を動かし、ランドル達に無表情な目を向ける。
 すると、『人形』は、ゆっくりと動き出し、彼等に近付いてきた!

 

 

 ラクチェは死闘を演じている。
 『蟷螂』を思わせる片手に一本づつの戦斧を手にした男と激しい戦いを続けている。
 (出来る!)
 ラクチェは、額に汗を滲ませ、二刀流の戦斧術に防戦を余儀なくされた。
 『蟷螂』は面長の顔には不釣合いな、大きな眼光を輝かせ、ラクチェに変幻自在の攻防一体の攻撃を繰り返す。
 「やるな、小娘!俺の攻撃をここまで防ぐとは!」
 村の畑の近くでの死闘を繰り返し、近くには数人のイザーク兵士が集まってきた。
 「ラクチェ様!」
 「今、助太刀に参りますぞ!」
 その声にラクチェは反応した。
 「やめろ!この手の奴は、単数より複数相手の方が、実力を発揮するぞ!」
 その言葉より早く、『蟷螂』が反応した。
 片手に一本づつ持たれた戦斧が突如として、彼の手から離れた。
 空気を切る音が、リズムよく流れ、彼の手首が動き、手首と紐で繋がった戦斧が、彼の周囲で回転する。
 「来い、俺の殺法術を見せてやる!」
 『蟷螂』の両手が勢いよく、左右に伸びた。
 その瞬間、空を切り裂く音が鳴り止み、勢いよく飛び出した戦斧が、彼の左右から攻まりつつあった二人のイザーク兵士の頭を砕いた。
 その瞬間、『蟷螂』は再び両腕を胸の前で交差すると、彼の手の元に、戦斧が二本とも返ってくる。
 『蟷螂』は笑い、再び紐で繋がれた戦斧二本を縦横無尽に自分の周囲に高速回転させる。
 遠心力の力で回転スピードが次々と上がり、それが彼の周囲を自由自在に動かしている。
 「……小娘。俺にこの殺法術を使わせたとはたいしたものだ。苦しまずに殺してやるぞ」
 再び両手を広げ、高速回転の戦斧二本が周囲に襲い掛かった。
 ラクチェは、まずは伏せ、その次に背後に飛ぶ。
 全て紙一重で見切り、髪の毛の何本かは切り裂かれたが、皮膚に傷はいかなかった。
 だが、周囲のイザーク兵は、次々と切り裂かれ、鮮血の霧を周囲に撒き散らす。
 『蟷螂』は笑いながら、再び両手に戦斧を戻し、構える。
 「躱したか。だが、次はお前に集中する。もはや逃げ道はない」
 それを聞いたラクチェは、無表情で無言であったが、口元だけは微かに笑っていた。
 それに気付き、『蟷螂』は首を傾げる。
 「……狂ったか、確実な死が訪れる事に……。まあ、俺の戦斧は疾くて見えぬ。……風が見えぬのと同じ事」
 「なるほど、良い例えだ。……だが、風は風でも、『そよ風』だな」
 ラクチェは微笑しながら、そう言い、長刀を地面に刺し、開手した両手を両足とバランスと取りながら構えた。
 「そよ風だと?……」
 「そうだ、私を倒したかったら、その技を止める事だ。両手で持って戦ってくる貴様は手強いが、そのかくし芸では、私は倒せぬ」

 ……『蟷螂』の顔が徐々に、怒りの表情が浮かぶ。
 当然であろう。この紐で繋がれた二本の戦斧を自由自在、縦横無尽に扱う殺法術は、自分が最も自信のある殺法術である。
 これで、シャナンやオイフェを倒せる自信があるのだ。
 彼は怒気を隠そうともせずに、面長の顔に不釣合いな大きな眼光を野獣の様に光らせ、斧を三度振り回し出した。
 「小娘、……そこまで言うのなら躱してみろ!」
 遠心力による速度が最高点に達した時、二本の戦斧はラクチェに襲い掛かった。 
 ラクチェは下半身を動かさず、上半身をひねりながら、両腕を神速に近い動きを見せた瞬間、『蟷螂』の両腕に、違和感が走った!
 敵を捕らえた瞬間には、両腕には鈍い衝撃が走る。敵の身体に食い込んだ時は、重々しい衝撃が伝わるのだが、どちらでもなく、突然軽くなった、尖端の斧が無くなったような感覚であった。
 「なっ!」
 ラクチェを見て、思わず彼は驚愕の顔を隠せずにいた。
 今まで信じていた自分の最高の殺法術が、信じられぬ事に、小娘に破られたのだ。
 ラクチェは、上半身をひねり、両腕もひねった方向に持っていっていた。
 そしてその両腕には、彼の放った戦斧が片手に一本づつ受け止められていたのだ。
 ラクチェは静かに笑い、
 「風を捕まえたぞ」
 硬質な美貌の少女の笑みに、男は唖然と震えだす。
 「ば、馬鹿な!」
 「しょせん、技に頼る者は技に溺れる。貴様の手首の動きを見ていれば、斧の動きは簡単に読めるもの」
 刹那!
 ラクチェは動いた。
 捕らえた斧を前方に投げ捨て、地面に突き刺した長刀を抜き、一気に間合いを詰める。
 「しまっ……」
 『蟷螂』は、身を引いた。
 斧を呼び戻そうにも、紐はたるみ、操れない。
 素早い動きでラクチェが近付き、白銀の一閃が、『蟷螂』の目の前を閃った。
 間合いは遠くなった分、近付かれると弱いこの殺法術を見ぬいたラクチェの奇襲技であった。
 その閃光が、『蟷螂』のこの世で最期に見た光景であった。
 男の左肩から右腰に掛けて、刀傷が走り、大量の血と、内臓を吐き出しながら、男は倒れた……。
 ラクチェは、倒れた相手に振り向きもせずに、双子の兄の戦っている場所に目をやる。
 おそらく、この村の中央広場に移っている筈だ。 
 彼女が走り出した。
  だが、その先に新たなる敵が現れる。
 その敵は、兜と仮面が合体した仮面をかぶり、物干し竿の様に長い細工の施された長刀を持っていた。
 その仮面の男も、ラクチェに気付いた時、その男は意外にも驚愕の声を上げる。
 ラクチェも驚き、何ゆえ驚いたのか不思議に思いながらも長刀を構える。
 「……アイラ……生きていたのか?!」
 仮面の男が叫んだ。
 「アイラだと?私の母上を知っているのか?!」
 「ごまかすな!貴様はアイラだ。どこをどう見てもな!貴様の相棒のホリンはどこだ!」
 突如として、細身だが締まりのある猫科の肉食獣の様なしなやかで瞬発力を感じさせる仮面の男、ギルデスターンが一気に間合いを詰めてきた。
 その半月に弧を描く長刀を抜刀し、ラクチェに叩きつける。
 ラクチェは、一瞬あせり、真剣に防御に徹し、その一撃を受け止める。
 その長刀を握る腕に痺れが走る。
 (こいつ、強い!)
 ラクチェは、まだ少女の面影を残す年頃とはいえ、一流の剣士である。
 自分の実力に思い上がりはなく、相手の実力を過小評価する事はない。
 そのラクチェは思わず、
 (五分が、それ以上)
 そう思わずに居られぬ程の剣戟であった。
 「我が名は、ギルデスターン!かつて貴様とホリンに破れ、死に場所を失った哀れな剣客よ!アイラ!貴様に剣客としての情があるのなら、ホリンに合わせてくれ!そして今一度ホリンと戦わせてくれ!『斬竜刀』のホリンに!」
 長い長刀を操るとは思えぬ程の素早い斬撃に、さすがのラクチェも防戦に徹する。
 (くっ、隙がない!)
 普通の人間なら、絶えきれぬ斬撃だが、ラクチェは耐え忍ぶ。
 (……まだ、使いこなせる自信はないが……)
 ラクチェが突如、全身の力を抜き、片手で長刀を構え、次のギルデスターンの一撃を受け止める。
 だが、受け止めたのではなく、ギルデスターンの長刀が、ラクチェの長刀の弧に沿ってすべり、流れていく。
 (何!)
 ギルデスターンが驚いた瞬間、滑り切った長刀を流し、ラクチェの一撃がギルデスターンの首に襲い掛かった。
 だが、普通の人間ならここでやられたであろう。だが、ギルデスターンとて、死を乗り越え、修羅場をくぐってきた一流の剣客であった。
 紙一重でラクチェの攻撃をかわし、間合いを取る。
 「躱しただと?!」
 さすがのラクチェも驚く。
 「『流水の防』を使うとは、さすがはアイラだな」
 「ラクチェだ。アイラは我が母上だ」
 「笑止。その顔、その姿。アイラ以外に誰だと言う!」
 再びギルデスターンの物干し竿の様に長い長刀がラクチェに襲い掛かった。
 (長いのに、良く使いこなせる!)
 そう思いながらも背後に飛び、躱した後、反撃に出る。
 ラクチェの若竹の様にしなやかでバネのある肉体が曲がり、その反動で一気に間合いを詰めて、ギルデスターンの右肩に叩きつける!
 だが、ギルデスターンは素早く、長刀でそれを受け止める……筈だった!
 この二人の戦いで一人は笑い、一人は驚きの表情を作った。
 驚きの表情を作った者は、受け止められた長刀が、何の抵抗もなく、物干し竿の様な長刀の反りに沿って流れていくのに気付き、敵も、『流水の防』を使えるのに驚いたのだ。
 笑った者は、長刀を持つ手首を巧みに操り、敵の長刀をすんなりと流しきった後、一気に反撃に出た。
 だが、ラクチェも並みの剣客ではない。
 普通の剣客なら慌てて逃げるだろうが、ラクチェは、『流水の防』によって流された動きに逆らわず、逆にその力を利用し、一気にその流れに乗り、身体ごと流し、ギルデスターンの横を抜けていった。
 この動きにギルデスターンは驚き、素早く体勢を整える硬質の美貌の少女に、口元を緩ませた。
 「さすがは、アイラ。……だが、私も腕を上げている」
 ギルデスターンが言うと、ラクチェは右腰に痛みを感じた。
 右腰の服が切り裂かれ、血が流れている。
 (何時の間に!?)
 だが、ギルデスターンも、右腕の痛みに耐えていた。
 ……そう、何時の間にか右腕の甲に切り裂かれた傷が出来ており、血を流していたのだ。
 ラクチェの長刀の尖端には、赤黒く粘っこい液体が付着していた。

 

 

 ラクチェとギルデスターンが構えを取り、相手の様子を窺っている状態であったが、沈黙を破ったのは地響きであった。
 テンポ良く響く地響きに、さすがの一流の剣客二人は、思わず構えを解く。
 「……なんだ」
 ラクチェが思わず口にしたが、誰の返答をも期待した訳ではない。
 だが、ギルデスターンは丁重に答えた。
 「カッシェルの『人形』が動き出したな」
 「『人形』?」
 「ああ、古代魔導兵器のひとつ。樫や檜で造られし巨大な人形に、鋼鉄の甲冑を纏わせし、魔導の生命体によって動く殺戮兵器」
 その瞬間、二人の西側にあった建物が粉砕した!
 その粉砕した建物から、巨大な怪物が現れる!
 その怪物から逃げるように、ランドルとウォルツが逃げてきた。
 ウォルツの業物の大剣は折れている。
 その怪物は、まさしく、四メートルはある巨大な木像の『人形』であった。
 先程のギルデスターンの説明通りに、金属製の甲冑を纏い、のっぺらの顔には、穴の開いた両目と、額にルビーが埋め込まれている。
 「なめんなぁ!木偶の坊!」
 逃げていたウォルツが急に振り向き、杖の先を向ける。
 突如、尖端から白熱の光球が飛び出し、『人形』の胸に命中する!
 白熱の光は、胸で爆発し、火の粉を飛び散らし、粉砕された建物の木造部分に飛び散り、一気に燃え広がる!
 「どうじゃ、ワシの発明したマグマ弾は!対城砦用でな、城壁ですら溶かしてしまうぞい!」
 「そんなもの、俺に向けて発射したのか、あの時……」
 ランドルの言葉は無視し、豪快に笑うウォルツ。
 ……だが、その笑いは、直ぐに収まった。
 「野郎、魔法防壁を張ったな!」
 「何だそりぁ?」
 「あの甲冑は、将軍クラスの人間の甲冑に使われる魔導金属じゃ。条件次第では敵の攻撃を時に完全防御してしまう代物じゃ……」
 燃えさかる中から巨大な腕が伸びてきた。
 この光景にラクチェも驚愕し、呆然とした。

 

 

 怪物が現れた時、『天然』の怪物二人は、巨大な斬馬刀と、巨大な斬牛斧を手にして、激しい激突を繰り返していた。
 二人の巨大な武器がぶつかる度に、激しい火花が飛び、不快な金属音が周囲に響き渡る。
 二人は頭突き合戦の影響か、顔中を血まみれに染め、その中でも眼光だけは異常にギラつかせ、お互いをにらみ合っている。
 一度、お互いの味方が数人援護に入ったが、二人とも援護に入った敵数人を、たった一振りで吹き飛ばし、互いの味方に叫ぶ!
 「邪魔すんじゃねぇ!この小僧は俺の獲物だぁ!!」
 「この熊野郎は俺が殺さねぇと気がすまねぇんだょ!」
 怒りと興奮を最高点に達し、二人は互いを睨みあう。
 「小僧!いい加減に死にやがれぇ!俺に勝とうなんて、お調子者の証拠だぜ!」
 「俺は不死身だと言っただろうが!」
 「世の中には、不死身の者を殺せる奴がいるのだ!」
 ベアリスが大きな肥満力の身体を、素早く豪快に動かし、斬牛斧をスカサハの頭上に叩き込む!
 スカサハはその重みの威力による兇悪な破壊力を秘めし刃を斬馬刀で受け止め、流した。
 二人は再び向かい合う。
  何時もは涼しげな瞳のスカサハだが、今は野獣の様な眼光でベアリスを睨み、ベアリスも、どんな肝の太い人間でも怯えるような険しい眼光をスカサハに向ける。
 二人の斬馬刀と斬牛斧が同時に動いた。
 それは、巨大な武器にしては想像を絶する素早い動きで、まるで二人は小枝や杖を振り回すように動かし、剣撃と斧撃の乱舞を開始する。
 激しい金属音と、お互いの闘争心が激しく響かせ、風を斬り、空間を斬り、巨大な鋼鉄の竜巻同士がぶつかり合う。
 普通の戦士なら、彼等の一撃で潰されてしまうだろう。そんな一撃の破壊力を秘めた二人の乱舞は、想像を絶する光景であった。
 何しろ、周囲の戦士達は、近くにいる敵の存在すら忘れ、二人の怪物の激突に、目を奪われ、敵でありながら意見を交し合っている程であった。
 「べ、ベアリス様にあれだけ殴られて、まだ動けるのか?」
 「スカサハ様だって、大蛇を絞め殺す様な怪力だぞ。それを受け止めるとは……」
 空間を斬り裂く音と、激しい金属のぶつかり合う音が、周囲に響き渡る。
 二人の怪物は、全身全霊の力を込め、大量の汗を流しながらも、スピードと闘争心に神経を回し、目の前に現れた強大な敵とぶつかり合う。
 激しい乱舞戦の後、二人は間合いを取り、激しく息を乱しながらも、構えを取る。
 「……だ、誰だよ?互角の敵と戦うと、最高に楽しいと言ったのは?ムカツクだけじゃねぇか!」
 息を乱しながらも叫ぶスカサハに、毛深い肥満力の大男のベアリスも、
 「……ったくだ、そんな偉そうに言った奴を殴り殺してやりたくなるぜ!」
 初めて意見が合ったのに二人は気付かず、にらみ合いを続ける。
  二人は、腫れ上がった顔を血まみれにして、大きく肩で息をしながら、巨大な愛用の武器を力強く構えた。
 その瞬間、地響きが二人の両足に響いた。
 その一定のスローなリズムで地響きは続く。
 周囲の人間達はそれに気付き、何事かと思うが、黒斧隊の者達は、カッシェル様の秘密兵器が来たのを確信した。
 その中、スカサハの斬馬刀が、ベアリスの頭上に襲い掛かった。
 ベアリスはそれを斬牛斧で受け流し、攻撃に転化する。
 だが、スカサハも、跳ね除けられた斬馬刀を素早く両手のコントロールに戻し、斬牛斧の攻撃を跳ね除ける。
 二人の巨大な剣と斧が竜巻の様に激しく動き、周囲の敵味方を寄せ付けずにいる。
  虎の様な力強さに瞬発力を感じさせる青年の腕からは、小枝の様に斬馬刀を振り回し、熊の様な剛力と強靭な体力を感じさせる男の太い腕からは、ナイフやフォークを扱うように、斬牛斧が動き回る。
 二人は振動に気付かずに戦う。
 その二人が激しいぶつかり合いの中、近くの馬小屋にもつれ合いながら入り込む。
 それと同時に、激しい馬の嘶きと同時に馬達が逃げ出した。
 小屋の壁が一部崩れ、巨大な斧が壁に大穴を開けて引っ込んだ。
 もう一方の壁の一部が突如、巨大な亀裂が走り、巨大な剣が壁を切粉砕し、小屋を揺るがした。
 「あいつら、本当に人間か?!」
 周囲の、戦いを忘れ、敵味方関係なく二人の激突を見続けていた黒斧隊の一人が叫ぶが、その間にも小屋は次々と粉砕され脆くなっていく。
 そして、小屋が轟音を立てて崩れ去った。
 激しい音と共に屋根が崩れ、壁が潰され、建物は地面に押しつぶされていく。
 「スカサハ様!」
 「ベアリス様!」
 両者の軍勢が叫んだ瞬間、崩れ去った屋根から、二人の影が瓦礫を押しのけ、立ち上がり、巨大な剣と斧を構え、全身血と汗と埃まみれの肉体を、力強く動かし、構える。
 体と同じく埃と汗と血にまみれた二人は、眼光だけをぎらつかせ構える。
 「……しぶといオッサンだな!ゴキブリか?!」
 「……小僧、もう許さんぞ!!」
 二人の背中や腕には、崩れた際に、木材の破片が刺さったらしく、折れた木材が刺さっていたが、二人はそれすら気にしない!
 その時であった。
 地響きが最大に響き、近くの古い煉瓦造りの教会を粉砕し、その巨大な『人形』が現れたのは!

 

 

 ラクチェとランドルは近くの建物の地下室に隠れていた。
 逃げたのではなく、そこは秘密の武器庫であり、ランドルはそこで新たなる大剣を手にした。
 「驚いたな。あんな『人形』が動くとは!」
 ランドルは真剣にそう思いながら、鋭利な刃の剣を見つめ、
 「……ソファラ家の秘奥義を使うしかないな、あの化物には」
 ラクチェも、近くに目ぼしい武器はないかと探している。
 「ランドルさん、母上の剣はどこにあるのでしょうか?」
 「……分からん、知っているのはそこのウォルツ爺さんだけ……」
 そこで二人は気付いた。
 ウォルツが居ない事に二人は驚く。
 「……どこにいった?」
 「さあ、ランドルさん。この建物に飛び込む前から居なかった様な気がします」
 「……あの爺さんの事だ。殺されちゃいないだろうが……」
 心配そうに言うランドルに対し、ラクチェは、
 「……あの御老体が、ウォルツ老ですか……目も合っていませんが」
 「生きていないと困る。君達に、御両親の剣が渡らない」
 新たに手にした大剣を振り回し、ランドルが構える。
 「あの爺さん、どこに剣を隠したのだ?」

 その巨大な『人形』は、巨大な右手を振りかざし、近くの建物を拳の一撃で粉砕した。
 その建物から慌てるようにイザーク兵士が逃げていく。
 「なんだ、あの巨人は?!」
 「化物だ!!」
 「イザークの神々よ!!」
 四メートルを超える巨人は、その拳の一撃で人間をムシケラの様に叩き潰し、踏み潰す。
 額の紅玉石が光り、周囲を見渡す様に、巨人の首が動いた。
 崖を超え、吊り橋を超えた森の中で、馬車の荷台の中で、精力漲るカッシェルが、黒水晶の表面に移る光景を見ながら、魔力でその巨人を動かしている。
 額の紅玉石を通して、この黒水晶に巨人の前面を映し出しているのだ。
 カッシェルは、その精力に漲る笑みを浮かべ、巨人を操り、声を出す。
 その声は、巨人の額の紅玉石から発せられる。
 「いけぇ!黒斧隊。イザーク兵士を蹴散らし、双子を捕らえよ!」
 巨人の出撃により、動転したイザーク兵士は劣勢に立たされる。
 ウォルツ老の爆薬の弓矢や、一度に大量の弓矢を放つ弓や、灼熱の刃で斬り裂く剣も、この巨人の『人形』には無力であった。
 全てはカッシェルの思い通りに動いたが、唯一動いていない者がいた。
 それは敵ではなく味方のベアリスであった。
 いや、ベアリスと戦っている大柄な敵の若者も、ベアリス同様、巨人の存在を無視して、両者が激しい戦いを続けている。
 「ベアリス、何をしている!そいつが双子の一人だ。早く捕らえよ!」
 カッシェルが命令を出すと、完全に闘争本能に支配された眼光を巨人に向け、
 「やかましい!こいつは俺の獲物だ!俺が煮ろうが、焼こうが、俺の勝手だ!チャチャ入れんじゃねぇ!」
 屈強な大男の、髭と血と汗にまみれた顔が、巨人へ睨み返す。
 その瞬間、彼に隙が出来た。
 スカサハはその隙を狙い、大蛇の様に太くて力強い右足をベアリスの腹に蹴り上げた。
 肺の中の空気を押し出され、ベアリスが呻くが、息を吐き出す時には人間は力が入るものである。
 それを利用し、腕力にパワーを回し、しかも片足で立っている状態のスカサハを強引にそのまま吹き飛ばした!
 「ぐふぁっ!」
 吹き飛ばされながらも、屋根から落ちながらも体勢を整える猫の様に、瞬時に体勢を整え、斬馬刀を構える。
 その時であった。突如空から破裂音が聞こえたのは。
 だが、スカサハとベアリスは関係なく、目前の敵に再び巨大な剣と巨大な斧をぶつけ合い、全身で息をしながら相手に兇悪な眼光を飛ばし、闘い続けた。
 破裂音に気付き、空を見上げた者は、村の上空に、何かが爆発し、奇妙な粉塵が舞い降りてきたのに気付いた。
 それは、村全体に降り注ぎ、それに気付いた彼等は一体何なのか気付かずにいた。
 だが、その正体に気付いているものは二人いた。
 ランドルと、『事』を起こした張本人であるウォルツであった。
 突然、ランドルはラクチェの腕を引っ張り、建物内に引きこもる。
 「外に出ては行けません、ラクチェ様!粉塵は被っていませんね?」
 「はい」
 意外に慌てるランドルに、部屋の中から舞い降りる粉塵を見ながら呟く。
 「ウォルツめ、『アレ』を使ったな!」
 「『アレ』?」
 「我々イザーク人には、恐ろしいモノです。……しかし、外国人にとってはそれ以上に恐ろしいモノです!」
 ランドルは首を横に振りながら、身体を震わせる。
 「まあ、この村の連中は大丈夫でしょうが、最初に使われた時、全員が難儀しましたよ。……これは悪魔の兵器です!ラクチェ様は経験がありますか?」
 「……経験って、何のだ?」
 「あれば、大丈夫です」

 その頃、村の外れのかつてはアイラの別荘であった建物の屋上では、大砲から、例の破裂させたモノを打ち上げたウォルツが満足そうに笑っていた。
 顔の半分を火傷で崩れ、残った半分の異常に大きな眼光がぎらつき、杖を掲げる。
 「さあて、これで儂等の勝利は間違いないわい!」
 彼の背後で数十体の人影が動いた。
 生気のない青白い顔をした人間達が、それぞれの武器を手に、虚ろで焦点の合わない目を宙に泳がせている。
 「さあ、行くぞ。我が芸術品のゾンビ共!奴等を皆殺しじゃ!」
 ウォルツが動くと同時に、脳味噌を弄られた死体達は、ウォルツの後を付き添っていく。

 巨人の拳がイザーク兵士を捕らえ、そのまま地面に叩き付け、潰した。
 図体に似合わず動きが速く、群がるイザーク兵士の攻撃を全く受け付けなかった。
 弓矢は全て弾き返し、焼石を入れて、刃に熱を伝えるウォルツの発明の剣も、表面を少し焼くだけにしかすぎなかった。
 「ベアリス!その小僧はこの巨人で捕まえる!どけ!」
 だが、カッシェルの命令も聞かず、ベアリスは巨大な斧を振り回し、周囲の建物や大地を砕きながらもスカサハに攻撃を続ける。
 スカサハは受け流しながらも、巨大な剣を同じ様に振り回し、周囲の壁や地面を砕き続ける!
 「小僧ぅ!」
 「オッサン!!」
 激しい武器同士のぶつかり合いで、火花が飛び散り、近くの藁を積んでいた場所に飛び移り、火が燃え広がる。
 二人は間合いを開け、大きく息を乱した身体に大量の空気を吸い込み、息を整える。
 その瞬間であった。
 突然、ベアリスの巨大な肥満力の肉体が横に大きく不自然に飛んで行ったのは!
 巨人がベアリスの背後に立ち、その大きな腕で彼をなぎ払ったのだ!
 「何!」
 スカサハが驚くが、ベアリスの身体は、横に吹き飛びながら近くの建物に猛速度でぶつかり、レンガの壁に叩きつけられ、骨の砕ける音と共に壁に鮮血を塗りつけ、倒れ伏せた。
 巨大な斬牛斧を手放さずにいたが、それでも微動すらせず、崩れたレンガに埋もれ、ベアリスは白目を向いて動かなくなった。
 「オッサン!」
 思わずスカサハは叫んだ!
 「この馬鹿め!儂の命令を無視しやがって!」
 巨人からカッシェルの声が聞こえる。
 「小僧!武器を捨てろ!痛い目を見るぞ!」
 「……ふざけるな!俺の獲物を横取りしやがって!」
 スカサハは、激怒した。激しい怒りを巨大な鋼鉄の鎧をまとう巨人に向け、斬馬刀を構えた。
  「来やがれ、ウドの大木!」
 巨人の右腕が動いた。巨大な掌が開き、スカサハを捕らえようと迫ってくる。
 スカサハはその掌に向かって、全身の力を込めて、斬馬刀をぶちあてる。
 激しい衝撃が、斬馬刀を握る両腕に走り、その斬馬刀の刃が、巨人の掌に食い込む。
 ……だが、その後、甲高くも不快な金属音が周囲に響いた。
 その音の正体は、斬馬刀が砕け散った音であった。
 同時に、スカサハの両腕に鈍くも重々しい衝撃が伝わり、両腕が痺れ出す。
 (しまった!)
 思わず、スカサハは舌打ちした。
 この斬馬刀をシャナン様から貰った時に言われた、『砕けるかも知れぬ』を忘れていたのだ。
 それも、今までベアリスと激しい力比べの激突を繰り返し、斬馬刀に金属疲労と、目に見えぬ傷が広がったのであろう。
 巨人の額のルビーから、カッシェルの声が響いた。
 力強くも、余裕のある声であった。
 「降伏しろ、小僧!さもなくば殺す!」
 すると、スカサハは怒りに任せた罵声を巨人に浴びせ、折れた斬馬刀を投げ捨て、叫ぶ。
 「うるせぇ!俺の辞書に、降伏と、死ぬと言う単語はねえ!」
 「なら、死ねぇ!!」
 巨人の拳がスカサハを襲った。
 突然の動きに思わず、スカサハは防御体制を整える。
 防御体制?俺は馬鹿か?
 スカサハは思わず自分に叫んだ。こんな巨大な拳を防御してどうなる?今までベアリスとの意地の張り合い勝負で、熱くなりすぎていたようだ。
 だが、気付いた時には遅く、巨大な拳はスカサハの身体を捕らえ、彼を大きく吹き飛ばした。
 スカサハの長身は宙を舞い、村の道の横を流れる用水路に水飛沫を立てて落ちた。
 そのままスカサハは用水路に流されていく。
 イザーク兵士の一人が、彼を助けに行こうとした瞬間、その男は仮面の男に邪魔をされ、僅か一振りで身体を真っ二つに斬り裂かれた。
 「スカサハ様!」
 他のイザーク兵が驚くが、スカサハの肉体はそのまま川の方へ流されていく。
 「誰か、スカサハ様を助けろ!あの先は滝だぞ!」
 だが、仮面の男、ギルデスターンがそれを阻止する。
 「貴様等に問う。ホリンはどこにいる?!」
 叫びながら、釣り竿の様に長い長刀を振り回し、周囲に鮮血の雨を降らせた。
 巨人の額のルビーに移る光景を、遠くに離れ、黒水晶に映し、カッシェルは慢心の笑みを浮かべる。
 「女だ。妹の方を捕らえるぞ!」
 ギルデスターンと、巨人の登場に、黒斧隊の指揮は上がった。
 彼等の反撃が始まろうとした時、その場にランドルとラクチェが現れた。
 二人は剣を巧みに操り、黒斧隊に立ち向かう!
 それに気付いたギルデスターンが叫ぶ!
 「アイラ!ホリンはどこだ!?」
 再びギルデスターンが、ラクチェに襲い掛かった。
 ラクチェもギルデスターンに気付き、彼の稲妻の様な動きに対応し、反撃に出た。
 その瞬間、巨人も動き、ラクチェに襲い掛かった。
 「!」
 巨人の拳が開き、ラクチェに襲い掛かる。
 それをラクチェは長刀を斜めに構え、受け止めにかかる!
 「無駄!質量の圧倒的な差を分からぬのか!」
 カッシェルは笑い、ラクチェを捕えれたと確信した!
 ……だが、期待は裏切られた。
 ラクチェの長刀にぶつかった拳は、そのままラクチェを押さえつけるどころか、長刀の反りにそって、拳がすべり、巨人の身体が流されていく。
 「何!?」
 カッシェルは思わず、信じられぬ出来事に、何があったのか理解出来ずに、巨人のバランスを崩し、倒してしまった。
 「『流水の防』……」
 ギルデスターンは呟きながらも、ラクチェに不敵な笑みを浮かべる。
 「見事だアイラ。この様な巨大な力をも受け流すとは……」
 「ラクチェだ。……アイラは我が母上。ホリンは我が父上だ」
 「誰が信じる、その言葉」
 ギルデスターンが苦笑する。
 (……狂ってやがる)
 ラクチェは、そう直感した。
 ラクチェは知らないのだが、ギルデスターンの頭部は、ホリンに潰され、奇跡的に生存しているが、脳の一部に支障をきたし、多少の思考能力や判断能力に異常を起こしてしまっている。それが、未だにアイラやホリンは生きていると信じて疑わない方に、走ってしまっているのだ。
 巨人は、そのギルデスターンの背後で立ち上がった。
 「ギルデスターン、その女を殺すな。生きて捕まえシャナンをおびき出す餌にするのだ。男の方は滝に落ちて死んでいる頃であろう」
 その台詞に、ラクチェが驚く?
 「男?……スカサハの事か?」
 「それがお前の双子の兄なら、そうだ。この巨人の拳で叩き潰し、滝に落ちていっただろう。……間違いなく死んでいる」
 それを聞くと、ラクチェは驚き、暫くの沈黙の後、突然笑い出した。
 しかも、大声で気持ちの良い程の軽快な笑い声だ。
 「滝から落ちた?巨人の拳で叩き潰した?……その程度でスカサハが、『死ぬ』とでも思っているのか?」
 意外な反応と、常識を超えた台詞に、カッシェルもギルデスターンも驚く。
 「スカサハを殺したかったら、熱湯をかけるか、完全に叩き潰すかだ。その程度じゃ、スカサハは死なぬ、今頃反撃の闘志を燃やしている頃だ!」
 そう言いながら、ラクチェは攻撃に転じた。
 それをギルデスターンが受け止めた。

 

 

 このギムルの村に通じる吊り橋の下は、深い谷であり、その底には、川が流れていた。
 狼が数頭現れ、黒斧隊の『鼠』の無残な死体を喰らい、食欲を満たしていた。
 その狼達が、突然川の方から、殺気を感じ、臨戦体制を取る。
 だが、狼達は、その殺気が異常な程鋭く、また自分達よりはるかに強い存在である事を悟り、逃げ去っていく。
 その川の傍に大きな岩があり、その岩の上に、突然人間の手が現れ、岩の上を掴み、岩の上に人間の身体が上がってきた。
 全身ずぶ濡れの若者が、息を激しく乱しながらも、傷だらけの肉体に鞭を打ち、立ち上がり、鋭い狼達を怯えさせた眼光を崖の上に向ける。
 スカサハだ!
 「……そうかい、これが貴様達の最高の挨拶かよ!今度はこっちから行くぜ!!」

 

(続く)


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