双子の剣 (完結)


 それは、まだ、スカサハが幼い頃、シャナンに連れられ、大きな岩の前に連れて来れた日の話。
 牛ほどの大きな岩が、真ん中から真下にかけ、バターでも斬るかの様に、真っ二つに斬り裂かれていたのを見て、幼いスカサハは両目を丸くしている。
 シャナンは、その斬り口に手を当て、
 「これは、ソファラ家に伝わる奥義、『月光剣』による一撃だ」
 後に長身の大男になるスカサハだが、この頃は、年頃に相応しい背丈しかない。
 「……イザーク王家の、最強の奥義、『流星剣』と違い、たった一撃で敵を粉砕する奥義であり、この様に岩だろうが、完全に斬る」
 スカサハは、その斬り口を、マジマジと見ている。
 シャナンは、穏やかに笑い、スカサハに、
 「……だが、ここまで完璧に岩をも切断出来るのは、ソファラ家の歴史の中でも、ただ一人。この岩を切断した張本人。ホリン・ク・ソファラ……。お前の父親だよ」
 「お父さんが?」
 「ああ」
 シャナンはその岩を見つめ、腰にぶら下げていた剣を抜き、気迫と気合の一撃をその岩に叩き付ける!
 だが、岩は切断されずに、剣が折れてしまった。
 シャナンは、苦笑しながら折れた剣を見つめ、
 「やはり、私には無理だ。だが、お前なら出来るだろう。ラクチェも出来るであろう。何故なら、お前達は、ホリンの子供であり、アイラの子供だ。だが、『流星剣』はおそらく、ラクチェの方が使いこなせるであろう。だが、『月光剣』は……」
 シャナンは最後まで言わず、スカサハに微笑した。

 

 

 黒斧隊の反撃が始まったが、意外と振るわないのに、巨人を遠くの森から、魔導で遠隔操作しているカッシェルは不思議に思う。
 動きが鈍いのだ。訓練された暗殺部隊の動きが目に見えて落ちているのだ。
 「どうしたのだ?」
 カッシェルが尋ねるが、その内の一人が嘔吐しながら、苦しそうに倒れこむ。
 「……これは」
 ギルデスターンが倒れた仲間の一人の顔を覗き込む。
 顔は青ざめ、全身に吹き出物が浮かび、目が異常に充血している。
 その者の奥歯がかみ合わず、ガチガチと音を立てている。
 (まさか……)
 その時、ラクチェが襲いかかってきた。
 彼は素早く反応し、物干し竿の様に長い長刀で、その攻撃を受け流し、反撃に出る。
 二人は三撃交わした後、間合いを取り合う。
 「仮面の男。早く撤退しろ!我々の仲間の一人が卑怯な手段に出た。高熱にうなされる前に撤退しろ」
 「……何をした?」
 その時、ラクチェに再び、巨人が襲い掛かった。
 「くっ!」
 回避するのは簡単だが、攻撃は不可能に近い。
 (だが、あれなら……)
 ラクチェは息を整え、鋼鉄の甲冑に身を纏う巨人に、戦闘準備を整える。
 またもや、巨人の右腕がラクチェに襲い掛かる、明らかに捕らえる行為らしく、掌が開いた。
 刹那!
 ラクチェの呼吸が独特の息吹音を響かせ、長刀が煌いた!
 瞬時に、剣が風を斬る音を起こし、風よりも疾く動き、ラクチェの手に持たれた長刀が分身した!
 「いけぇ! 『流星剣』!!」
 一瞬の間に連続して剣戟を数発与えるイザーク王家の奥義であり、大陸最強の剣の奥義である!
 イザーク王家の者にしか極められぬ奥義が、今炸裂した!
 その連続の剣戟が巨人の右掌を襲った!
 一撃目は中指を粉砕した!
 二撃目は、掌を大きく切り裂いた。
 だが、三撃目は、見えない障壁で弾き返され、四撃目は剣が折れてしまったのだ!
 「何!?」
 右掌は、その攻撃の前にラクチェを捕まえる事は出来なかった。

 遠くの森の幌馬車。中で、黒水晶に魔導を送り、巨人を動かしているカッシェルの右手の中指に激痛が走り、掌に斬れた痛みが走る。
 「……やりよるわ。だが、『人形』は無敵!」
 『人形』と呼ばれる巨人が木製の身体を包む金属鎧を響かせ、ラクチェに襲い掛かる。
 ラクチェは折れた剣を捨て、地下の武器庫で見つけた、長刀を抜き、応対した。
 ギルデスターンは、その中でラクチェに襲いかかろうとするが、ランドルが間に入り、大剣で、彼の物干し竿か釣り竿の様に長い刀に応対する。
 ギルデスターンは、目の前の小柄だが活発に動く大剣使いの中年の男が、意外な強敵だと悟った。
 仮面で隠れた顔から唯一除く口元が引き締まり、集中する。
 「逃げろ、仮面の男。悪い事は言わん」 
 「奇妙な。勝敗はまだ決まっておらぬ戦争で逃げろとは?」
 だが、この男の強さといい、自分がアイラと信じている女も、先程逃げろと言った。
 これほどの強さを持つ二人が、である。
 先程の空から聞こえた爆発音と共に、粉塵が降って来た。
 あれと関係あるのであろうか。

 

 

 手斧を持った黒斧隊の一人が、イザークの剣士を一人倒し、近くの建物に隠れ、そこで一息付いた。 
 暗殺の訓練を受けたとは言え、戦いが長引くとさすがに暗殺者とて疲れるものである。
 建物内の部屋に入り、床の上に腰を降ろし、傍にあった瓶から、水で乾いた咽喉を潤した。
 大きく深呼吸をして身体を落ち着かせ、今までの戦いを振り返った。 
 さすがはイザークの剣士達であると思わずにいられない。
 あれほど無敵を誇った、『熊』、『蟷螂』、『犬』、『鼠』の四人のうち、三人は、倒されたのだ。しかも、自分達が捕らえようとしている双子の剣士に。
 (捕まえられるのか? あんな化物……)
 熊をも絞め殺し、素手で二桁の熊を殺してきた『熊』こと、ベアリス様だって倒せなかったあの巨大な剣を使った小僧など、正直身震いした。
 だが、あの化物は、用水路に落ち、流され、滝に落ちていった。
 滝の下は、この村にやってくる前に渡った吊り橋の下の絶壁だ。
 生きているはずがない。そう思いながら、両手を床に落とした時、左手に冷たい感触が走った。
 「水?」
 そう思いながらも、左手の場所を見ると、確かに水たまりがあった。
 室内の床の上に、何故?俺は水を飲んだが零していないぞ。
 そう思いながらも、その水溜りが、続いているのに気付いた。
 明らかに何かの水に濡れた存在が通った後である。
 彼は直ぐに臨戦体勢を整える。
 だが、雨も降っていないのにどうして、こんな水溜りが?
 彼が隣の部屋に入った瞬間、強烈な衝撃が彼の顔面を捕らえた。
 骨の砕ける音と同時に、男は倒れ、絶命した。
 倒れた男の手斧を奪い、ずぶ濡れの男が撲殺した男に目をくれずに、手斧を振り回す。
 馴れぬ武器だがないよりましであろう。
 スカサハは、そう思いながらも、この室内から風の様に出て行った。

 

 

 黒斧隊は、恐怖に襲われていた。
 一時は、自分達に戦況が有利に傾いたものの、目前に現れた恐怖の集団に、怯えていた。
 動きは鈍く、覇気もない集団であったし、こちらの攻撃はいとも簡単に受けて、腕を吹き飛ばしたり、身体に深く斧を叩き込んだりも出来たが、それらを全く気にせずに集団は、攻撃を加えてきた。
 生気のない、虚ろな目をし、動きも鈍い、剣を持った軍団。
 まるで死人が動き出した感じだ。
 その証拠に斧で叩いても斬っても、血は流れず、斬られた痛みを全く感じずにこちらに攻撃をしてくる。
 斧が彼等の身体に食い込んだ後に、彼等の攻撃が襲い、頭を砕かれ、身体を斬り裂かれる。
 当然、こちらは痛みを感じるし、激痛が走るし、死への恐怖もある。
 だが、この死霊の軍団は…。
 「頭だ! 頭を砕け!」
 その場の指揮官的立場にある黒斧隊の一人が叫ぶ。
 「させるかぁ! 全員、盾を使用せんかい!」
 その死霊の様な部隊の背後で、顔の半分が火傷で覆われ、目と口元から明らかに狂気が零れている初老の男が叫ぶと、彼に脳味噌を弄られ、死体から操り人形に改造された屍達が、左腕に持っていた大きな盾を前面に出し、横一列に並び行進する。
 黒斧隊が攻撃に転じると、彼らは攻撃より防御を優先し、盾で防ぐ。
 死体を操る技である以上、彼等は当然ながら、屍である。
 痛みや、筋肉による持ち上げる物体の重量の疲労感はない。
 敵の斧の一撃を盾で防げば、その衝撃でよろめくものだが、彼等はよろめかない。
 また、その大きな盾を片手でたやすく操れる。屍に筋肉疲労はなので、無理な動きや重量を簡単に持ち上げられるのだ。
 敵の攻撃を完全に防ぎ、頭を重点的に守れば、後は腕がもげようが、痛みを感じずに攻撃に転ずる。
 まさしく、呪われた無敵の軍団であった。
 「ば、化物か!」
 黒斧隊は、怯え、次々と呪われし屍部隊に殺され、破壊されていく。
 その背後で、初老の男、ウォルツは、嬉しそうに笑い、豪快に発狂寸前の人間の様な奇声を上げた。
 「見たか、我が最高の芸術品である、屍軍団を! これぞ無敵! 最強の軍団よ! まさしく神々に選ばれた聖なる軍団ではないかぁ! これを絵に取れば、宗教画として、後世に残る傑作となるぞぃ!」
 狂ってやがる!
 黒斧隊の殆どがそう思ったであろう。
 だが、目前に近付く青白い顔の屍の軍団は、彼等にとって恐怖でしか過ぎない。
 しかも、黒斧隊の何人かは、原因不明の嘔吐感や、高熱に見舞われている。
 それは、急に襲ってきたのだ。何人かは顔や腕に吹き出物が出来て、目が充血しているものもいる。
 明らかに戦闘に不向きになっているのだ。
 その彼らが、屍に教われ、次々と殺戮されていく。
 「効いて来たようじゃな、儂の先程の武器が!」
 ウォルツが嬉しそうに叫ぶ。
 「武器だと?」
 「ああ、そうじゃ、空中で爆発させて、粉塵をばら撒いたが、あの粉塵が、儂のこれまた傑作兵器でなぁ、イザーク王国拠点防衛用最終兵器じゃよ」
 嬉しそうに腹を抱え、自分の作った兵器を説明できる嬉しさに歓喜している。
 「『風土病』と言うモノを知っておるか? その土地や国にしか派生しない病気じゃよ」
 説明しながらも、屍の軍団に彼らを追い詰めさせる。
 ウォルツの説明を聞ける余裕は、黒斧隊には誰一人もいずに、袋小路に追い込まれていく。
 「ドズルの神よ!」
 「うゎあああああ! 助けてくれ!」
 生きる屍達が、追い込んだ彼等に盾で押しつぶしながら、剣で攻撃し、粉砕していく。
 「儂は、その『風土病』を研究していたのじゃ。何故、特定の場所でしか発生しないかとなぁ」
 だが、黒斧隊はすでに、彼の操る部隊に斬殺されている最中であった。

 

 

 「……まあ、ようするに、その土地の自然環境を守るのが風土病だよ」
 ランドルが、ギルデスターンの長刀を回避し、反撃に開始する。
 「分かるか! 『風土病』とは、自然の摂理を守るために、神々が大地に与えた物だ」
 ギルデスターンは、静かに冷笑した。
 「笑止、人を守る神々が、どうして、人に悪影響を与える病を与えた?」
 「聞け! シレジアには、シレジア風邪と呼ばれる風土病が存在する。アグストリアには、ノディオン黄熱病と呼ばれる病がある。貴様等の帝国でも、カスパー病と呼ばれる病が存在する! これらは、他の国々では全く見かけられぬ、その国独特のものだ!」
 二人の長刀と大剣がぶつかり、間合いを取る。
 「不思議な事に、これらの『風土病』は、確かに危険であり、その国々でも兇悪な病である事には間違いないだろう。だが、その現地の人間より、他国の人間にその『風土病』が感染した時、死亡率は高くなる!」
 「何?」
 「あの、ジジィはそこに目を付けたんだ! 『風土病』は、その土地の生物を苦しめるのではなく、その土地の自然状態を守る為の存在と気付き、イザーク独特の『イザーク出血病』と呼ばれる『風土病』を採取し、イザークに攻め込む侵略者にばら撒く兵器にしたのだ!」
 「……馬鹿な」
 「『イザーク出血熱』は、我々イザーク人には、死亡率はそれ程高くないが、イザーク人以外には、極めて高いぞ!……もう一度言う。『風土病』は、その土地に進入してきた他所の生物を撃退するための、その土地の自然状態を守る為の者! 早く逃げろ! 正々堂々と戦うのは、イザーク剣士の誉れ! なれど、この様な事で勝つのは恥と言うもの! 感染する前に逃げろ!」
 「貴様等は、大丈夫だと言うのか?」
 「イザーク人は、『イザーク出血熱』は、若い頃に発病する。一度発病すれば、もう発病する事はない!」
 そこまで言った時、ギルデスターンは笑い、反撃に転じた。
 疾風の様な剣戟に、思わずランドルは冷汗をかいたが、それを防ぎ対応する。
 ギルデスターンは不敵に笑い、呟いた。
 「なら、私は大丈夫だ。一度この地を訪れた時に、その病に感染したのだから」
 その長い刃が竜巻となり、ランドルに襲い掛かる。
 小柄だが、均整の取れた肉体を巧みに動かし、間合いを開けた。
 その後ろではラクチェが、倉庫で手にした、鋭利な刃の長刀を抜き、巨人からの攻撃を回避している。
 ラクチェはこの巨大な木造人形には、正直焦りを感じている。
 こちらの攻撃が全く効かないのだ。シャナンから直々に教わった『流星剣』ですら、この巨人は耐えたのだ。
 (化物は、スカサハに任せればいいのだが……)
 滝から落ちたそうだが、ラクチェは兄の生存を確信している。それは双子だからお互いの居場所を見抜ける力であろうか。
 巨人の両腕が、ラクチェに襲い掛かるが、その両腕の間にラクチェは飛び込み、曲芸に近い動きですり抜け、巨人の股間の間をすり抜け、背後から一撃を与える。
 だが、硬い頑丈な鋼鉄で覆われた鎧は、そう簡単に刃を通さずにいる。
 その時であった、数人の黒斧隊が、悲鳴をあげながら、巨人の『人形』に助けを求めるように、走ってきたのは。
 「カッシェル様!」
 「カッシェル様、お助けを!」
 全身、吹き出物を出した仲間を担いでいた男が、屍の戦士達に、追いつかれ、悲鳴をあげながら、屍戦士達の前に潰されていった。
 「ば、化物だ!」
 「エッダの神よ!」
 彼等の後から、生気のない、屍戦士達が、ゆっくりと近付き、不気味な動きを見せ、彼等に槌で潰しながら襲い掛かる。
 「ワーハハハッ!どうじゃ、儂の傑作兵器の数々を!」
 後方で杖を持ったウォルツが、心底嬉しそうに大声で笑い、巨人の方に目をやる。
 「……まだ、いたのか」
 「貴様は……」
 巨人の額のルビーに映る物を、自分のいる幌馬車の中の黒水晶に映し見ているカッシェルは思わず唸った。
 「貴様が噂のウォルツか」
 「そうよ、天才の名をほしいままにする魔導士にして鍛治士のウォルツよ」
 「ゾンビを製造するとは恐れ入った」
 「死体の再生利用よ。地球に優しいぜ」
 その会話を聞きながら、近くのイザークの剣士が、傍にいた仲間の一人に呟いた。
 「どう見ても悪は、ジジイに見えるのは俺だけか?」
 「じゃあ、俺達は悪の手先だな」
 イザーク兵達が、洒落にならぬ会話をしている頃、突如、ギルデスターンが、ランドルに襲い掛かっていた。
 だが、そこに止めに入ったのはラクチェであった。
 ギルデスターンは口元を緩ませ、相手をラクチェに代える。
 「ランドルさん!あの木像を倒すには、『月光剣』しかありません!」
 ソファラ家の血を引くランドルは頷き、大剣を構え、巨人を見る。
 ラクチェも使えるのだが、ラクチェの使う長刀では、『月光剣』は向いていない。それどころか、ラクチェは他の『月光剣』の使い手よりは、巧みに扱うが、あの化物を倒すほどの力はないと思っている。だからこそ、使いこなすランドルに任せるのだった。
 その巨人は、大きく踏み出し、屍戦士達に襲い掛かる。
 青白い屍の軍団は、死んでいる以上、恐怖も感じずに立ち向かった。
 背後でウォルツが杖の先端を巨人に向け、念力を杖先に集中させる。
 対城壁用のマグマ砲である。強力な力を持っている分、使い捨てであり、一発しか撃てない欠点はあるが、威力は絶大である。
 「舐めるな、小僧!」
 尖端から灼熱のマグマ弾が発射された。
 巨大なマグマ弾は、前方にいた数人の屍戦士を蒸発させ、巨人に命中した。
 「何!?」
 黒水晶で操るカッシェルの全身に焼け付く痛みが走る。
 強烈な熱風が周囲に襲い、逃げ遅れた者を容赦なく膚を焼き、蒸発させる。
 巨人が炎に包まれ、ぐらついた。

 

 

 ラクチェとギルデスターンの戦いはこの広場の裏路地を入った、狭い空間に移る。
 日当りが悪く、周囲を壁に囲まれた空間であり、中央に噴水が設けられているが、噴水の中央の銅像が、不気味な鬼神であり、恐怖感を与える顔と威圧感のある態度を取って、二体並んでいる。
 その銅像は、異様な殺気を放っているように感じられこの噴水の傍には、子供達は怖くて近寄れないほどだ。
 その空間で、二人は対峙し、剣を構えあう。
 二人とも、『流水の防』を使う身であり、うかつな攻撃は出せないでいる。
 ギルデスターンは向き合って、両手で長刀を持ち、上段に構える。明らかに攻撃態勢を取っている。
 だが、ラクチェはうかつに攻撃出来ない。自分の見た所、ギルデスターンの実力は、僅かに自分より上だと判断した。
 ゆえにラクチェは腰を落とし、自分の長刀を両手でギルデスターンの方へ突き伸ばしながら、構える。頭は無防備だが、頭を割られる前に敵の心臓を貫く、言わば捨て身の構えである。
 それに気付いたギルデスターンは無言で唸り、構えを解き、長刀を鞘に戻し、居合の体勢を整える。
 それに対してラクチェも、鞘に長刀を戻し、同じく居合いの体勢を取った。
 二人はそのまま微動すらしなくなった。
 ラクチェから見て右側の建物の背後から、巨人の動く振動が響いている。

 

 

 一時的に形勢逆転したと思われた黒斧隊だが、生き残った黒斧隊のうち半数近くが、吐き気と悪寒に襲われ、全身から赤い発疹を浮かばせ、倒れていく。
 発病しなかった(まだ、発病していない)者達は、倒れて震える仲間に驚愕する。
 「大丈夫か?」
 「なんだこの病気は?」
 ウォルツの撒いた『イザーク出血熱』の病原菌は、確かに効力を発揮したが、中には未だ感染していなかったイザーク兵士達にも感染し、倒れる者も現れる。
 その中、甲冑を溶かされ、全身煤だらけになった巨人の人形だけがぎこちなく動き出し、周囲を見渡した。
 「…ウォルツ……貴様は鬼か!」
 病原菌に犯された仲間を見て、カッシェルは歯軋りをしながら怒りを込めて呟く。
 だが、ウォルツはマグマ弾を放つ杖を投げ捨て、周囲の屍戦士に、病に苦しむ敵を斬殺するように命じながら、嬉しそうに笑う。
 「戦争は勝てばいいんじゃよ。貴様等帝国の常套手段じゃろ?シグルトをはめた貴様等の台詞とは思えんぞ」
 周囲で屍戦士達が、病で動きの鈍くなった敵の戦士を追い詰め、次々と心臓を貫き、斬殺していく。
 「剣で心臓を貫けぇ! 脳味噌を壊したら、屍戦士に出来ぬからの!」
 楽しそうに呟くウォルツに、カッシェルは、この男の狂気に驚愕した。
 「しかし、さすがは魔導金属。マグマ弾でも鎧を溶かしただけで、本体は煤を付けただけか……」
 「そうだ、貴様はもう終わりだ」
 巨人が動き、ウォルツに近付き剥き出しになった木像が動き拳を振り上げる。
 「潰してやる!」
 「ランドル!」
 カッシェルとウォルツは同時に叫んだ!
 その瞬間、ランドルが間に入り、大剣を大きく振りかざし、跳躍した!
 独特の呼吸法で全身全霊の力を腕に集中し、ランドルは叫んだ!
 「行けぇ!『月・光・剣』!!」
 ランドルの大剣の刃が青白く輝き、巨人の右肩に食い込んだ!
 その刃は、その硬い樫木をまるでスポンジ・ケーキの様に斬り裂く。
 カッシェルの右肩に激痛が走るが、巨人が斬られた事に、カッシェルは驚いた。
 「馬鹿な! 無敵の巨人を!」
 …だが、いくら『月光剣』が、強度、硬度等を関係なく斬る技だとしても、敵はあまりにも大きく、切断まではいかず、胸より下の辺りで剣は止まり、微動すらしなくなる。
 「くっ!」
 剣を引き抜こうにも、完全に食い込み、抜く事も出来ずに、その場から離れるランドルに、巨人の拳が襲い掛かる。
 拳は空を切り、ランドルは体勢を立て直し、近くの巨人に殴り潰された味方の兵士の大剣を取り構えなおす。
 巨人の額のルビーから、カッシェルの声が響く。
 「ううむ、さすがはイザークの剣士。だが、『人形』の敵ではない」
 ランドルは舌打ちをして、策が尽きた事を悟った。
 「爺さん。何か良い武器はないか?」
 「『マグマ弾』を撃つ杖はもう無いしの」
 その時であった。ウォルツの背後から敵の一人が襲ってきたのは!
 戦斧を振りかざし、両目や鼻、耳、口から出血し、全身に発疹が目立つ。
 明らかに、『イザーク出血熱』に感染したのだが、最後の力を振絞り、この邪悪な兵器を使った男に復讐を開始した。
 だが、男の戦斧は振り下ろせなかった。
 何故ならそれより先に、突如高速回転し飛んできた手斧が、その男の首を吹き飛ばしたからであった。
 瞬間的に首を落とされ、首は吹き飛び、大量の血が噴出し、ウォルツに掛かる。
 だが、ウォルツは返り血をあびた事をも気にせずに、手斧を投げた男を見た。
 そこには、スカサハがいた。
 余裕ある笑みを浮かべ、
 「爺さん、危なかったなぁ」
 「小僧、生きていたか」
 ランドルと、巨人を通して、カッシェルも驚き、スカサハを見る。
 「スカサハ! 滝から落ちたのじゃ?」
 「不死身か!?」
 最初に安堵の表情でランドルが叫び、後でカッシェルが驚く。
 「俺を殺したけりゃ、世界の果ての、奈落の底に落としやがれ!」
 そう言いながらも、その辺に落ちている武器を探しながら、あの巨人に有効な武器を考える。
 その瞬間に、巨人が襲い掛かった。
 「貴様等に武器を渡すと危険だ! 全員叩き潰してやる!」
 「舐めんな、若僧!」
 ウォルツが叫び、杖を地面に叩き付ける。
 すると、地面から火柱が次々と浮かび、巨人に向かって疾走する。
 だが、巨人は、火柱を潜り抜け、三人に襲い掛かった。
 三人は独自に逃げ、周囲を見渡す。
 (あった!)
 スカサハは、近くの壁に走った。
 そこの壁は大きくひび割れ、そのひび割れの中心には、肥満力の大男が、微動すらせず、壁にもたれていた。
 ベアリスである。
 右腕には、彼の愛斧、『斬牛斧』が握られ、この状態でも離さずにいた。
 スカサハは、仲間に殺されたこの強大な敵に同情しながらも、その『斬牛斧』を握った。
 巨大で、恐ろしい程の重量感が両手に伝わる。
 (これは、使える!)
 スカサハは、その巨斧を壮絶な戦いを繰り広げた強敵から奪い、巨人に振り向き、構えた瞬間、突如彼の腕を掴むものが現れた。
 スカサハは驚き、振り向くと、その鋭い眼光だけで人を殺せる様な、兇悪な眼光を放つ男がいた。
 ベアリスだ!
 もたれたまま右腕でスカサハの腕を掴み、鋭い眼光を彼に向けている。
 「しぶとい親父だな……」
 兇悪な面構えのまま、ベアリスは、血まみれの顔を向け、スカサハの腕を掴んだ右腕を離し、親指を立てながらスカサハの目の前に持っていき、その親指を天から地に手首をひねって半回転させた。
 ベアリスはニヤリと笑い、スカサハも余裕と自信有りげな笑みを浮かべ、頷いた。
 「来やがれ、木偶の坊!」
 スカサハは叫ぶと同時に、その斬牛斧を両手に持ち、最上段に構える。
 凄まじい重量感が両腕に伝わるが、この重量感こそ、スカサハが求める武器だ。
 だが、剣は重量のバランスが良いが、斧は、先端の方に重量が集中している。
 馴れぬ武器であり、スカサハは少しよろめくが、迫ってきた巨大な木像にその斬牛斧を振りかざした。
 大気をぶった斬り、その斧の刃が、巨人の左腕に大木を砕く音と同時に食い込む!
 「なるほど、尖端の重量に任せて叩く武器か……」
 巨人は、左腕に食い込んだことを気にせずに、右腕でスカサハを殴りにかかった。
 スカサハはそれを跳躍で回避し、斬牛斧を抜き、一気に巨人の頭上に叩き付けにかかった。
 馴れぬ武器に、ボロが出る前に一気に勝負にでたのだ。
 だが、付け焼き刃の技では、敵の回避を余裕にさせ、巨人は再びスカサハに拳を振りかざす。
 スカサハはそれを斬牛斧で弾き返しながら、間合いを一気に空け、斬牛斧を頭上で回転させ、構える。
 (くっそう、重量は問題ないが、斧じゃ……斬馬刀クラスの剣が欲しい!)

 

 

 物干し竿の様に長い長刀と、普通の半月の弧を描く長刀がぶつかった。
 甲高い音と共に、両者の刃が、両者の刃をすべり、お互いバランスを崩しながらも間合いを取り、ラクチェとギルデスターンは、同時に構える。
 ラクチェの背後には噴水があり、ふたつの鬼神の銅像の腕や胸から水を流し、清流の音を奏でている。
 両者の額に汗が浮かび、焦りと憔悴の表情が浮かんでいる。
 お互いに全く隙を見せず、あえて隙を作り相手に誘わせるが、両者は必要以上の動きを見せずに、構えあう。
 (お父様とお母様は、この様な仮面の敵を倒したのか?)
 顔を知らぬ両親の偉大さと腕に驚愕と尊敬の念を込め呟き、両手で長刀を構え、腰を落とし、横に長刀を寝かせる。 
 (…だが、私はアイラお母様とホリンお父様の娘。……無様な結果にはしない)
 二人は一度、間合いを大きく取り、距離を置きながら移動し始め、二人の傍に、噴水が、水の音を奏でている。
 その時であった。
 噴水とは逆の方向の建物が砕け、二人の間をある物体が飛び越し、噴水の泉に水飛沫をあげて、叩き落ちた。
 「人間?」
 ギルデスターンは、自分が吐いた台詞に、飛んできた物体を見抜いた。
 二人の剣士は、戦いを中断し、噴水から立ち上がり水浸しになりながらも、巨大な斧を手にして立ち上がるスカサハの姿を見た。
 「畜生! いくら重量感があっても、斧じゃな!」
 再び、建物が粉砕され、巨人の『人形』が建物を砕きながら、入ってくる。
 「しぶとい奴め。まだ生きているのか……」
 感心と驚愕を込め、カッシェルが呟くが、巨人を構えさせ、スカサハに近付く。
 巨人が砕いた建物の中から、ウォルツが入ってきて、楽しそうに笑いながら、水袋に入った蒸留酒を口に入れ叫ぶ。
 「スカサハ。死んだら骨を拾ってやるから安心しろ!」
 見物を決め込み、近くの瓦礫の上に腰を下ろし、酒盛りを始める老人に、スカサハは、舌打ちをしながらも、斬牛斧を大きく振りかざし、その巨大な斧を投げつける。
 だが、巨人は片腕でそれを払いのけ、丸腰になったスカサハに近付く。
 「スカサハ!」
 ラクチェが叫び、兄の間に入り巨人に立ち向かおうとしたが、ギルデスターンが邪魔に入る。
 「どけ!」
 「貴様の敵は私だぞ、アイラ!」
 何気なくギルデスターンは叫び、ラクチェと向き合ったが、その叫びは、ウォルツの耳に入り、二人の方に振り向く。
 「アイラ……様だと?」
 首を傾げ、彼はラクチェの方を見た。
 今まで自分の兵器を扱うのに楽しみを感じ、興奮していた彼が、突如硬直し、ラクチェの顔を見て震え出した。
 そして、ゆっくりと立ち上がり歩き出した。
 ラクチェの方へ!

 また、巨人も丸腰のスカサハに近付く。
 巨大な拳を振り上げ掌を広げる。
 「小僧。これで終わりだ。儂の魔導力の前に握り潰されるが良い」
 「なに?魔導?……」
 この『人形』は魔法によって動いているのかと彼は推理した。と、なると、魔導士の精神力で動かしているだけで、他に動力はないのか……。
 突如スカサハは、不敵な笑みを浮かべ、上半身の服を破り捨て、両手で構える。
 「さあ、来いウドの大木!」
 ギルデスターンと向き合いながら、ラクチェが叫ぶ!
 「スカサハ! 何している。逃げろ!」
 「武器が効かなけりゃ、素手で勝負よ! 俺は怪力だ。心配するな!」
 「無茶言うな! 重量に差がありすぎる!」
 「大丈夫だラクチェ! 俺の底力は大陸最強だ!」
 「馬鹿め! 力で『人形』に勝てるか!」
 そのカッシェルの叫びと同時に、巨大な拳がスカサハの身体に襲い掛かり、それをスカサハは両腕で受け止めるためにキャッチした!
 確かに受け止めたのは最初の一瞬だけであっただろう。だが、そのまま噴水の底に拳ごとスカサハは叩き付けられた。
 「スカサハ!」
 思わず、ラクチェが叫ぶ。
 その瞬間、ギルデスターンが攻撃に出た。
 「くたばれアイラ!」
 その攻撃を弾き返し、ラクチェは構える。
 「アイラではない、私は……」
 間合いを取り、離れ、ラクチェと言おうとした瞬間、突如ラクチェの足元にしがみつく男が現れた。
 ウォルツであった!
 ウォルツは、嬉しそうに泣きながら、ラクチェの足にしがみつき、落涙滂沱している。
 「アイラ様!お会いしとうございました!」
 「なんだ、このジジィは!?」
 いきなりの老人のこの行為に、ギルデスターンも驚くが、
 「御老体。やはりこの女はアイラか?」
 「貴様、アイラ様を呼び捨てにするとは許せんぞぅ!」
 杖をふりかざすと、ギルデスターンの背後から、ゆっくりとした動きで、屍兵が近付いてくる。
 「死体に対する冒涜だ!」
 ギルデスターンは叫びながら長刀を振りかざした。
 その間にも、本来男嫌いなラクチェは、この気色悪い老人を蹴飛ばすが、蹴飛ばされたウォルツは、直ぐに平伏し、額を地面に擦りつける。
 「ははぁ、アイラ様に飛びついた御無礼。深く反省します。もし、アイラ様が死ねとおっしゃるなら、このウォルツ、見事に死んで見せます!」
 「私はラクチェだ! これ以上話をややこしくするな!……スカサハ!」
 巨人は、スカサハを叩き潰した拳を噴水の底に叩き付けたまま微動せずにいたが、顔だけがラクチェの方に向いた。 
 「さあ、小娘。貴様は生きたまま捕らえるぞ……」
 ラクチェが舌打ちをして、長刀を構えた瞬間、巨人の右の拳が動いた。
 巨人が動いたのかと思われたが、カッシェルが一番驚いたのにラクチェは気付いた。
 「何?」
 拳の沈んだ水面から泡が浮かび、巨人の拳が徐々に持ち上がる。
 そこに、巨人の拳を掴み、全身の力を使って押し返すスカサハの歯を食いしばった姿があった。
 その姿に、思わずカッシェルは驚愕し、叫ぶ。
 「しぶとい奴め! このまま潰してくれる!」
 再び拳が沈み、スカサハを水面に押しつぶそうと動き出す。
 「ふざけんな! ヤケクソになった俺は無敵だ!」
 全身から大粒の汗を噴出し、歯を食いしばりながらも、その拳の圧力に耐え、その拳を押し返す。
 再び、拳が浮き上がり、スカサハが強引に押し返しつつある。
 この異常な怪力に、さすがのカッシェルも、冷汗と焦りと驚愕を顔に浮かべ、
 「……怪物めぇ…!」
 念力を込め、全身全霊の神通力を漆黒の水晶に込め、巨人の拳に力を込める。
 その瞬間、破壊音が響いた。
 何かが砕ける音であり、誰もが、スカサハの骨格が砕ける音だと思ったらしい。
 ただ、ラクチェだけが、骨格にしては鈍い音だと思っていた。
 音の正体は、巨人の右肘であった。
 肘から腕にかけて、木製の腕に亀裂が入り、その亀裂がさらに裂けていく。
 「ば、馬鹿な!?」
 カッシェルが叫ぶが、スカサハは構わず、強引に両腕で押し返す。
 亀裂がさらに激しくなる。
 スカサハを叩き潰そうとする力と、それを押し返そうとするスカサハの怪力の作用が、逃げ場がなく、その力が巨人の肘に負担が掛かったのだ。
 「てりゃああああああああああああぁぁぁぁ!!」
 スカサハが獣の様な方向と共に、全身全霊の怪力が放出され、一気に巨人の腕を押し返す。その瞬間に肘の部分が破片を飛び散らし、一気に砕け、巨人の右腕の肘から拳までが巨人の体から吹き飛んだ。
 それは、まさしく想像を絶する光景であった。
 木製の巨人が、人間と力比べに敗れ、人間に素手で右腕を粉砕されたのだ。
 その粉砕した右腕を掴んだまま、スカサハは全身を回転させ、一回転させ、再び巨人の顔に、その腕を叩き付けた。
 その衝撃波はかなり強力で、巨人がよろめき、地響きを立てて転倒したのだ。
 「貴、貴様は本当に怪物か?!」
 思わずカッシェルが声を震わせて叫ぶ。
 見ていたラクチェは思わず呆然とし、ギルデスターンも、常識では、考えられぬ異常な光景に、思わず言葉を失い、巨人の腕を粉砕した若者に驚愕の目を向けている。
 ただ、一人。ウォルツだけは嬉しそうに拍手喝采し、楽しそうに酒を飲んでいた。
 大きく全身で息をしながら、スカサハは次の作戦を考える。腕を破壊したものの、武器がなくてはこいつを止める事は、出来ないのだ。
 「爺さん! 『斬竜刀』はどこにあるんだ?!」
 ウォルツは胡座をかいで座り、酒を呑みながら無視をしている。
 右腕を失った巨人の『人形』はゆっくりと立ち上がり、左足を大きく上げる。
 「こうなったら、踏み潰してくれるわ。この化物が!」
 スカサハは、再び構え、大声で叫ぶ。
 「来やがれ! 球技大会の反則魔神を甘く見るなぁ!」
 巨大な身体を支えるためか、巨人の足は太く、足の裏も大きい。その足に全体重がかかり、スカサハに向かって踏み潰しにかかる。
 スカサハは、躱し、噴水の中央にある石像の方に逃げる。巨人の足が、水飛沫をあげ、噴水の底の石畳を粉砕し、スカサハに再び攻撃する。
 ラクチェが思わず、ウォルツに叫ぶ。
 「爺さん! 『斬竜刀』はどこだ?…あの化物を倒すのは『斬竜刀』しかないんだ!」
 ラクチェが叫んだ瞬間、突然ウォルツは、酒の入った水袋を投げ捨て、ラクチェに向かって平伏する。
 「はい、アイラ様の『勇王剣』と、『斬竜刀』は近くにあります」
 「……ラクチェだ…」
 「アイラ様。アイラ様とホリンの剣はあそこに……」
 平伏したまま、ウォルツが指を指した時、ギルデスターンは、全ての屍戦士を斬り捨て、息を整えてラクチェに振り向く。
 「アイラ! 決着をつけるぞ!」
 ラクチェは、再びギルデスターンに意識を向けた瞬間、スカサハは巨人の左拳の攻撃を躱したのだが、その左拳が噴水の中央の石像を粉砕した。
 その瓦礫が吹き飛び、スカサハに襲い掛かる。
 スカサハは、その瓦礫を回避しながらも、その崩れた石像の中から、『何か』が飛び出し、水面に落ちたのに気付いた。
 (あれは?)
 気を取られた瞬間、巨人の脚がうなりを上げて横からスカサハに襲いかかった。
 「しまっ…!」
 その横蹴りを受け止めたと同時に全身の力を抜き、蹴られた方向に逆らわずに飛び、衝撃を和らげたが、それでもアバラの骨が二本程折れた事を激痛で感じる。
 スカサハは残る一体の鬼神の石像にぶつかり、口から大量の血を吐き出した。
 巨人が接近し、スカサハの倒れた場所に残った左拳を叩き込む。
 激しい水飛沫と共に、石像が砕かれ、スカサハは水中に沈んだ。
 そのスカサハの沈んだ場所に大量の石像の破片が重なり沈み、スカサハを押しつぶす。
 その瓦礫が埋まり、沈んだ場所の水面から、真紅の血が浮かび上がった。
 「これで死んだだろう」
 カッシェルは、大きく息を吸い、吐き出し、満足げに笑う。
 それに気付いたラクチェは、ギルデスターンの攻撃を弾き飛ばしてから、間合いを開けて叫んだ。
 「スカサハ! その石像の中だ! その中に『斬竜刀』がある!」
 その石像の製作者であるウォルツが傍で頷き、笑っている。
 「小僧! アイラ様からの許可を貰った。その『斬竜刀』は貴様の物じゃぁ!」
 (何を叫んでいる)
 巨人の人形を動かすカッシェルは冷笑する。
 その精力漲る顔だけに、その冷笑は異様な迫力がある。
 (いくら怪物でも、水の中では力は出ないし、これだけの瓦礫がのしかかっている。窒息死以外、小僧の運命はない)
 恐ろしい怪物ではあったが、死んでしまうと哀しいものだ。これがここに来る前にギルデスターンが言っていた剣客の意地だとしたら、その気持ち今は分かる気がする。
 余裕が出来たのか、カッシェルはそこまで考え、怪物じみたスカサハの死を想った。

 

 

 (何だ、あれは?)
 カッシェルは漆黒の水晶に映る噴水の水底に沈む、「それ」に気付いた。
 瓦礫の崩れた巨人の立つ反対側に、巨大な鉄の塊が沈んでいるのに気付いたのだ。
 「…剣…?」
 自分の吐いた言葉に、思わず驚き、その巨大な鉄の塊が半分ほどしか見えていない事に気付いた。
 どうやら剣の様だが、それにしてはデカ過ぎる。このスカサハが最初に持っていた斬馬刀も巨大であったが、それより大きいと思われる程の大きさである。
 「……ほう、この『人形』の武器にはもってこいだな、貰うとするか」
 見えているだけで、一メートルは間違いなくある。しかも横幅も太く、とても人間の武器とは思えぬ大きさであり、巨人が使うには良い剣だと思えたのであろう。
 カッシェルは、巨大な手を伸ばし、その剣をつかもうとした。

 

 

 ……一瞬の出来事であった。
 その巨人の腕が伸び、剣をつかもうと水面近くまで手が伸びた時、その巨大な剣がひとりでに動いたのは!
 巨大な剣が水中に浮かんだかと思うと、向きが水平から垂直に変わり、刃が巨人の方に向いたのだ。
 その瞬間に、瓦礫が爆発したように吹き飛び、巨大な剣が水を斬る……と言うよりは砕くように吹き飛ばし、瓦礫をも吹き飛ばし人影が現れ、その鋼鉄の巨大な刃は、巨人に襲い掛かったのだ。
 その猛威は、一瞬であったが、威力は絶大であった。
 巨人の残った左腕が拳から肘にかけて砕けるように斬られたのだ!
 あまりの一瞬の出来事に、カッシェルは何が起こったのか理解出来ぬまま、砕き斬られた左腕を見た。
 その巨大な剣は、瓦礫から飛び出し、大気を斬り新たなる所有者の両腕に握られていた。
 その所有者は、大男で、その男の背丈程もある巨大な剣を持ち、自分の体重を凌駕するその巨大な剣を両手でガッチリ持ち、不敵に笑っていた。
 全身血まみれではあったが、男は生命力と闘争本能に満ち溢れた気迫を剥き出しにして、その手に入れた巨大な剣、『斬竜刀』を見て満足そうに笑った。
 「……これが、親父の剣か!」
 その想像を越える重量感が両腕から両肩、そして全身に伝わる。
 だが、重いのだが、不思議と若者は、使いこなせると確信を持った。
 若者はその無骨で重量感と巨大感を相手に与え続ける『斬竜刀』を構え、巨人を睨む。
 カッシェルは、その精力漲る顔を強張らせ、全身から精力を放出させ、恐怖感に支配されつつあった。
 「か、か、怪物めぇ!」
 そう叫んだが、それはすぐに誤りだと確信した。
 怪物?
 怪物な訳がない。
 そうだとも、この小僧はそんな『優しい』存在じゃない!
 スカサハが全身の力を込め、腰を振り、その反動で『斬竜刀』を横に振るい、その巨大な鋼鉄の塊を巨人の胴体に叩き付けた。
 『斬竜刀』は、巨人の胴体を砕き、えぐりながらその巨体を吹き飛ばした!
 その四メートル近い巨体は宙に舞い、地響きを立てて地面に叩き付けられた!
 スカサハは笑った。まるで大型の猫科の肉喰獣が笑うとしたら、その様な笑みであろうと思われる気品と恐怖心を与える笑みであった。
 「……ば、馬鹿な! に、『人形』を吹き飛ばしただと!」
 その異常な、そして信じられぬ出来事に、ギルデスターンも、ウォルツも、そして妹のラクチェですら、動きが止まり、息を飲み込んだ。
 スカサハは、柄を合わせると自分の身長を超える大雑把で無骨だが、単純ながらも洗練されたその『斬竜刀』を片腕で天に突き刺すように持ち上げた!
 その力強いを通り越し、怪物をも通り越した姿は、喩え様のない畏怖と厳粛さを重ねた姿であり、誰もが存在しない世界に紛れ込んだ様な意識に支配された。
 スカサハは、『斬竜刀』を肩に担ぎ、残った左腕で噴水の下に落ちてある『何か』を拾った。
 それは澄み切った海の様な紺碧色の鞘に収まった刀であった。
 スカサハが最初の石像の鬼神が壊れた時に観た物である。
 (あれは!)
 ラクチェは確信した。あの刀こそ私が求めていた母上の!
 「ラクチェ、受け取れ!」
 スカサハはその刀をラクチェの方に投げた。
 ラクチェは、今持っている長刀を投げ捨て、その刀を片腕で取り、鞘を投げ捨てて刀身を抜いた。
 白銀に輝く眩い刃が、魔性の光を放ちラクチェの瞳を刺激した。
 その刀、『勇王剣』を手にして構えるラクチェは、自分自身の奥に誰かが問い掛けてくる様な気がした。
 それは、妄想かも知れなかったが、妄想を起こすだけの厳粛さと気持ちが、この刀に込められていたのであろう。
 (…我が娘よ、今こそこの刀を授けよう)
 また、スカサハの方も、『斬竜刀』から自分に語りかけられた様な気がした。
 (我が息子よ。お前が手にするのを待っていたぞ)
 戦っている相手は違ったが、双子は同時に構え、敵に手に入れた両親の剣を向けた。
 ギルデスターンは唖然としてスカサハを見ていた。
 (あの剣は、……だが、奴はホリンではないぞ! 誰だ!)
 「父上…、いや、そんなにホリンに会いたいか、ギルデスターン」
 ラクチェが母親の刀を構え、ゆっくりと近付く。
 「……アイラ……」
 先程とは違い、凄みと気品が増したラクチェの姿に驚きながらも、口元を緩ませる。
 「……覚えていないのか、あの時、貴様はホリンに倒されたが、貴様もホリンを倒したのだ」
 「……なに?」
 意外な答えにギルデスターンは驚く。
 「今、『斬竜刀』を持っているのは私の息子のスカサハだよ。私が育て上げた…。さあ、来いギルデスターン、我が夫の仇を討たせてもらう」
 ラクチェは、真剣な顔でそう呟き、この強敵に嘘をついた。
 ギルデスターンは最初は驚いていたが、徐々に微笑し、微かに笑い声を出した。
 「……そうか、……そうだったのか。私はホリンを倒していたのか」
 ギルデスターンは、そう呟くと、仮面を突然外し、素顔を晒した。
 左半分が潰され、左の頭から頭蓋骨が露出し、右目が異様に飛び出した顔が曝け出される。
 「来い、アイラ。返り討ちにしてくれる」

 その傍で巨人が両腕を失いながらも立ち上がろうとしていた。
 だが、両腕を無くしてはうまく立ち上がれず、近くの建物に身体を預け立ち上がる。
 さすがのカッシェルも、恐怖に支配されながらも、スカサハが持ってきていた斬牛斧を探していた。
 両刃の巨大な斧。あれを腕にうまく突き刺せば武器として使えるのではと思ったのだ。
 だが、残牛斧は見つからず、せまり来る巨大な剣を持つスカサハに後ずさりする。
 ……それは思いも寄らぬ光景であろう。
 かつて猛威を振るった古代兵器の『人形』が、両腕を失ったとは言え、人間に恐れ、後ずさりしているのだから。
 その時、突然『人形』がバランスを崩し、片膝を付いた。
 カッシェルの左足のふくらはぎに痛みが走る。
 「何?」
 その巨人の額のルビーに、そのバランスを崩した理由が映った。
 何時の間にか背後に立っていた肥満力の兇悪な眼光を放つ大男が、斬牛斧を巨人の右足に叩き付け、歯を剥き出しにして笑っていたのだ。
 「ベアリス! 裏切ったのか!」
 「先に俺を殺そうとしたのは誰だ!……小僧!」
 ベアリスが叫んだ瞬間、スカサハは跳躍した。
 巨大な斬竜刀を振りかざし、その重みを感じさせぬ程跳躍し、大きく剣を振りかざし、息を吸い込む。
 「くたばりやがれぇ! 『月・光・剣』!!」
 その巨大な鋼鉄の塊が、青白く光り、巨人の頭上に叩き下ろされた。
 その剣とは思えぬ巨大さと重量感。それを扱いこなすスカサハの空前絶後の怪力。そして跳躍による頭上からの加速をつけての攻撃。
 それは想像を絶する破壊力を産むが、それが巨大岩をも砕く『月光剣』で襲いかかった。
 斬竜刀の一撃は、巨人の頭上から股間にかけて疾った!
 大木が軋む音が響き、巨人の身体は打ち砕かれる様に真っ二つに砕かれ、粉砕された。
 「ば、馬鹿な!」
 カッシェルが叫んだと同時に、今まで巨人を動かしてきた黒水晶は砕け、巨人の額に付いていたルビーも砕け散った。
 それでも威力があり余り、『斬竜刀』は石畳の地面をも粉砕し、地面に食い込み、刃の大半を大地に埋め込ませたのだった。
 巨人の体が真っ二つに砕かれ、切断され、全ての動きを停止し、ただ、ただその場に自然に倒れたのであった。

 

 

 ギムルの村から離れた森の中で、カッシェルは砕けた黒水晶を呆然と見つめ、汗を額に浮かばせていた。
 外は肌寒く、幌馬車の中とは言え寒いのだが、それでもカッシェルは汗を滲ませていた。
 「……『人形』が……倒された……」
 かつて、古代兵器の中でも屈強の強さを誇った『人形』が、巨大過ぎる大剣を持った若者に倒されたのだ。
 『人形』の無敵さに自信を持っていただけに、カッシェルの精神的痛撃は大きかった。
 「……あんな巨大な剣を振るえるなんて……デタラメにも程があるぞ!……『人形』を倒すなんて、常識外れもいい加減にしろ!」
 一人しかいない場所で、カッシェルはわめき続けた。
 「たったの一撃で粉砕なんて、そんな事が……」
 その瞬間、甲高い音が幌馬車内に響いた。
 突然の出来事にカッシェルは何が起こったのか分からぬまま振り向こうとした瞬間、幌馬車が突然沈んだ。
 いや、沈んだのではなく、幌馬車が何かの手に寄って切断され、中央に向かって沈み、カッシェルも切断された場所に向かって転がり落ちたのだ。
 「な、なんだ?!」
 カッシェルはすぐに起き上がり、切断された幌馬車を見て驚き驚愕する。
 「これが『月光剣』だ。ソファラ家に伝わる奥義だよ。……この奥義によって、『人形』は倒されたのだ」
 何時の間にか、カッシェルの目の前には、小柄だが逞しい肉体をしたランドルが大剣を持って立っていた。
 「俺もソファラ家の武人出身でな。そこそこ『月光剣』を使える」
 ランドルは不敵に笑い、大剣を肩に担ぎカッシェルを見下ろしている。
 「ウォルツの爺さんが教えてくれたよ。『人形』は倒せぬが、操っている人間は周囲にいるはずだと。そいつを倒せば良いとね。……だが、甥のスカサハが倒してしまうとは、心底俺も驚いたよ」
 「き、貴様!」
 「無駄だ。距離を置いてあれば、俺も魔法使い相手に苦戦するだろうが、もはや剣士の間合いだ。お前に勝ち目はない」
 ランドルが言うが、それでもカッシェルは呪文の詠唱に入った。
 だが、呪文の詠唱と指の動きによって、初めて魔法の奇跡は起こるのだが、それには多少の時間が必要である。
 しかし、その多少の時間は、イザーク剣士にとっては、充分に反撃出来る時間であり、ランドルまでになれば、余裕がありすぎた。
 一瞬、ランドルは微笑しながら、彼の操る『人形』に殺された部下達の恨みを込め、大剣を振るった。
 『人形』を倒され、精神的に動揺していたカッシェルは何の反撃も出来ないまま、胴体を真っ二つに切り裂かれ、大量の血と内臓を噴出し、切り裂かれた幌馬車内を鮮血に染めて、肉塊に変わり果てて、彼個人の歴史を終らせてしまった。

 

 

 スカサハは『斬竜刀』を地面から簡単に引き抜き、再び構えた。
 周囲にいた黒斧隊は、『人形』を倒し、今までの信じられぬ圧倒的でデタラメな強さを発揮したこの若者に怯えていた。
 「か、怪物だぁ!」
 「逃げろ!」
 「待ってくれ!俺を置いていかないくれぇ!」
 黒斧隊は遂に逃亡を始めた。
 イザーク出血熱で倒れた仲間を助ける者や、置いていく者も現れた。
 中には、一人スカサハに無謀にも立ち向かう者がいた。
 その男は、戦斧を振りかざし、スカサハの頭上に叩き付ける。
 だが、スカサハはその戦斧に向かって、斬竜刀を振るい、その戦斧を打ち砕いた。
 「!」
 男は驚き、その衝撃を腕に感じながらも、近くの建物の中に隠れる。
 だが、スカサハは斬竜刀をその壁に向かって全身全霊の体力を振絞り、敵の隠れた壁に叩き付ける。
 壁は打ち砕かれ、斬竜刀は壁ごと隠れた敵を粉砕した。
 恐怖は伝染する。壁に隠れた者を壁ごと砕くスカサハの前に遂に全ての黒斧隊が恐怖と助かりたい一心で逃げ出したのだ。
 ………二人を除いて。

 その一人はギルデスターンである。ギルデスターンは物干し竿の様に長い刀を片手で横に向かって構え、ラクチェと対峙している。 
 ラクチェも、『勇王剣』を下段で構え、その顔の半分潰れた男と対峙している。
 ウォルツも顔半分が潰れているが、ギルデスターンはホリンによって潰された傷であり、ウォルツは火傷による傷であった。
 「我が夫の仇を取らせてもらうぞ、ギルデスターン」
 ギルデスターンはラクチェの嘘を信じていた。
 これほどまで強いのはアイラしかいないし、敵とは言え、この二〇年近くの間、強敵として心で思い続けた男の相棒である。剣客として神聖化し、尊敬の念をも抱いていたらしく、ホリンやアイラが嘘をつくとは思えないのであった。
 「あの時、ホリンを倒していたのなら、後はお前を倒すのみ。……来い、アイラ!」
 二人の剣が同時に動く。
 両者の洗練された長刀が、眩い輝きを放ちぶつかり、お互いの刃を弾き返すが、次の一手を先に行なうのはラクチェであった。
 弾き飛ばされながらも、その弾き飛ばされた力に逆らわずに身体を回転させ、ひねりを咥えてから再び攻撃に出る。
 「!」 
 その攻撃にギルデスターンは一瞬、冷汗を滲ませながらも受け流した。
 (これが、お母様の剣!)
 初めて手にした武器でありながら、これほど手にしっくりと来て、自分の思い通りに扱える剣に、思わずラクチェは驚嘆と興奮を覚える。
 (凄い! 私の剣の癖に対応している!)
 無理もない。アイラを心底崇めているウォルツが、彼女の為に全身全霊の気迫と技術を込めて製造した剣である。
 彼女の剣の癖と、動きに完璧に対応した剣なのだ。
 そして、そのアイラの類い稀なる剣技と体術、その癖と動き。そして容姿と体格まで完璧に受け継いだ娘が、その剣を手にしたのだ!
 まさしくラクチェの、そしてアイラの戦闘能力を完全に引き出せる母娘だけの剣だ!
 (重みを感じない!)
 (凄い、大気ですら斬れそうだ!)
 (思った通りに疾く動く!)
 ラクチェが『勇王剣』を振り払う。
 大気中に浮かぶ埃や微粒子ですら斬りさく様な斬撃がギルデスターンに襲い掛かる。
 それを、巧みに躱しながらも、舌打ちをせずにいられず、ギルデスターンは体勢を整える。
 (やるな!)
 二人は再び向き合い、ラクチェは中段に構え、ギルデスターンは物干し竿の様に長い長刀を天に掲げ最上段に構える。
 暫くの間微動すらしなかったが、電光石火の動きで同時に動いた。
 激しい金属音が響き、二人は状態を入れ替え再び剣を振るう!
 (凄い! やはりこいつは強い! お母様の剣じゃなければやられていた)
 (アイラ! やはり貴女は、強い!)
 激しい斬撃が続くが、両者の動きは全く無駄がなく、清流の流れの様に優雅であり、風の様に疾く、見えない!
 優雅だが、その優雅さに見惚れると首を奪われる死の舞踏である。
 そして、ギルデスターンが再び、『流水の防』を使った。
 その防御により、ラクチェの攻撃はギルデスターンの頭上から、彼の長刀に沿って、彼の右下のほうへ流れていく。
 流れていくと同時に無駄のない最速の動きで、その長刀がラクチェの頭上を捉えようと閃光の様に疾走した。
 刹那!
 ラクチェが宙に舞った。
 流されたのに逆らわず、そのまま長刀を地面に突き刺し、その力を利用し『勇王剣』をつかむ両腕に力を込め、両足で大地を蹴った。
 彼女の肢体は『勇王剣』を軸に回転し両足が宙に舞い、すれすれでギルデスターンの攻撃を回避し、そのまま彼の後方に着地し、『勇王剣』を地面から引き抜いた。
 ギルデスターンの背後をに回ったラクチェはここで渾身の一撃を叩き込もうとするが、ここで彼女特有の危険察知が動いた。
 アイラとホリンの血を受け継ぎ、シャナンに直々に剣術を教わり、幼い頃からの英才教育と修羅場をくぐってきた彼女ならではの直感であった。
 その直感は正しく思わず彼女は間合いを遠く開ける為に飛ぶ。
 その瞬間、ギルデスターンの右腋から彼の物干し竿の長刀が勢いよく突いて来たのだ。
 躱された瞬間に剣を逆手に持ち、自分の腋の下から突き技に出たのだが、回避されたのを悟ると素早く反転し、長刀を鞘に収め、居合の体勢を取り、腰を落とし、低く構える。
 ラクチェも息を整え、最上段に構える。
 二人が向き合い、間合いを徐々に縮める。
 剣先の長い分、ギルデスターンの方が先に間合いに入る。ギルデスターンは当然自分の間合いで戦おうとする。
 (近付いて来い……。このお母様の剣なら、一瞬に私の間合いに入れる!)
 ラクチェは確信し、あえて敵の間合いの寸前まで近付いた。
 二人はそのまま構えたまま。蝸牛より遅いが、緊迫した動きで間合いを徐々に詰めだす。
 そしてラクチェの間合いではないが、ギルデスターンの間合いに入った瞬間、ギルデスターンが電光石火の抜き打ちを放ち、物干し竿の長刀とは思えぬ閃光の動きで、ラクチェの首に襲い掛かる!
 だが、その電光石火の抜き打ちより疾く、ラクチェが一気に間合いを詰めた。
 ギルデスターンが自分の間合いと判断した瞬間にである。それはアイラの剣を手に入れ、自分の思い通りに操れる剣だからこそ確信を持った動きであった。
 ギルデスターンの抜き打ちを察知し、一気に間合いを詰め、母親の剣を相手の抜き打ちの襲ってくる方向に剣先を下げ、斜めに構える。
 その瞬間、物干し竿がラクチェの長刀の剣先に当たった。
 だが、その抜き打ちは、全く衝撃すら感じず、ラクチェの剣の刃に沿って斜め上に流れていく。
 (『流水の防』!)
 それにしては構えが疾い!
 ギルデスターンが思った瞬間、彼の一撃は一気に上空に流されラクチェに脇腹をさらす結果となる。
 その一瞬に、それこそラクチェの疾風怒涛、電光石火、閃光一閃の一撃が彼の脇腹を斬り裂いた!
 激しい痛みと熱い痛みがギルデスターンの脇腹を襲う。
 その時にはラクチェは彼の背後を取り再び『勇王剣』を振り降ろした。
 今度は背中に激痛が走り、大量の血が吹き出るのを自分で感じる。
 (……疾い……)
 ギルデスターンは呟きながら、自分の意識が遠のいていくのを感じた。
 自分は、今何を思っているのか分からないままに。
 俺は悔しがっているのか?それとも……?
 その答えは自分では気付かないまま、地面に倒れ、二度と起き上がっては来なかった。

 

 

 ラクチェは『勇王剣』を力強く振るい、刀身に付いた血肉を振り払い、この自分の能力を最大限に引き出せる剣に感謝し、刀身に軽く自分の唇を触れさせる。 
 (……お母様。感謝します。お母様の剣で、この偉大なる親子二代に渡る宿敵を倒せました……)
 そう呟いて、倒したばかりの敵を見る。
 まだ地面に血を流しながらも微動すらしなくなった敵が転がっている。
 だが、その顔を見てラクチェは息を飲み込む。
 左半分が潰れた顔をしているが、それが気にならない程、穏やかな死に顔であったのだ。
 (……貴様…。いや、ギルデスターン。剣客として死ねた事に満足したのか?)
 ラクチェは姿勢を正し、両手で『勇王剣』を持ち、剣先を天に向け、自分の額を刀身に当て、ギルデスターンに黙祷を捧げた。
 偉大なる我が親子二代に渡る宿敵に……

 

《  エピローグ  》

 

 一週間後のティルナノグ城。
 バルコニー内から中庭のテラスを見ながらシャナンは横に立つラクチェの腰に装着された『勇王剣』を見ながら、今のラクチェの姿を少年時代に見たアイラとダブらせている。
 「……そうか、実に大変な旅だったようだな」
 「シャナン様もお人が悪過ぎます! ウォルツが、異常者だと言ってください」
 口調は強いが笑いながら言う姪に、シャナンも微笑で謝る。
 「大変だったんですから、その後、私の靴にキスしたり、常に目の前で平伏し、邪魔だから死んでくれと言ったら、本当に喜びながら首吊りしようとするしで……」
 シャナンは苦笑しながら謝りながらも、
 「……ところでスカサハは、流石に重体で帰ってきたな。『人形』がそんなに強かったのか?」
 「確かに私やシャナン様では勝てなかったと思います。でもあの傷は……人間にやられたのです」
 意外な言葉にシャナンも驚く。
 「……ベアリスですよ。『人形』を倒した後も、戦う理由もなくなったのに、また二人で激しい殴り合いをはじめて、ああなったのですよ」
 「……まあ、良い喧嘩相手を見つけたみたいだな」
 そう言いながらも、複雑な表情を隠せないシャナンである。
 「左腕二箇所骨折。肋は四本程骨折。片足も骨折。全身痣と切り傷だらけですけど、またスカサハもそれだけ敵にやり返しましたから……」
 「誰も止めなかったのか?」
 「止めた人間は、二人に殴り飛ばされたのですよ。どっちも激しい眼光で、『止める奴はブチ殺す!』って、叫びながら」

 そのころティルナノグの医務室では、全身に包帯を巻いたスカサハが、イビキをかきながら眠っていた。
 その彼の傍では彼の背丈程ある刀身と、彼の肩幅程ある刀幅。そして彼の腕ほどの長さがある柄の巨大な剣が置かれている。
 『斬竜刀』であった。
 『人形』を倒した後、もう一人の敵であるベアリスと睨み合う。
 「戦争は終ったが、テメーは嫌いだ。小僧!」
 「だったら、ぶん殴り合いだ! オッサン、殴り殺してやる!」
 そう言って二人は無意味だが、激しい殴り合いを再び始めたのだ。
 一晩に渡る激しい殴り合いの後、両者はさすがに力尽きて倒れ、今に至る。
 何時の間にかスカサハのベッドの傍でシャンとラクチェが来ている。
 「……それで、ベアリスと言う男は?」
 「消えました……私達が馬車に乗って帰る日に牢屋を破って……」
 それを聞いてシャナンは自分の形の良い顎に手を当て静かに笑う。
 「まあ、スカサハには宿敵が生まれたようだな」
 「周囲は迷惑ですけどね。シャナン様は笑っておられますけど、周囲にいた私達は大迷惑だったのですから」
 二人は笑う中、眠っている筈のスカサハの口元が静かに微笑した。

 

 ……後に解放戦争における聖戦において、死神兄弟と呼ばれる二人は、こうして両親の剣を手に入れて戦う事になり、帝国軍から最も恐れられる双子の剣士となる。
 後の最終決戦に起き、ユリウス直属の一二戦士。その中の一人がベアリスであり、三度スカサハと、怪物じみた大激突を繰り返す事を、未だ誰も知らない。

 

(  双子の剣  − 完 − )


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