双子の剣 (3)


 ギムルの村が、山向こうの麓に見えた。
 馬を連れて、スカサハとラクチェの双子の剣士は、山道の開けた場所から、ギムルの村を見る。
 「あれか?」
 地図を見るのが苦手なラクチェが、地図を見ながら頷く。
 「ああ、間違いない。結構大きな村だな」
 大きな斬馬刀を背負ったスカサハと、右腰に長刀を下げているラクチェが、今歩いている道を下った場所にある吊り橋を見る。
 あの崖に掛けられた吊り橋を渡り、再び山を登っていけば良いみたいだ。
 ラクチェは静かに笑い、
 「あそこに私達の両親の剣が保管されているのだな」
 「ああ、親父の使っていた『斬竜刀』。今、俺の使っている斬馬刀より重くて大きいそうだ」
 「さすがのスカサハも、両手でしか使えないのでは?」
 意地悪っぽくラクチェが言うが、悪意はなく好意的に感じる。
 「まあ、そうだろうな。この斬馬刀ですら、片手でやっとだ」
 だが、普通の人間は、両手で、『やっと持ち上がる』剣を、片手で持ち上げるのだから、スカサハの怪力は、常識を超えているとしか言い様がない。
 吊り橋のほうまで歩き、二人はよく揺れる吊り橋を、まずは馬を曳いてラクチェが渡り、渡り終えるとスカサハが続いて渡る。
 渡り終えた後、スカサハが一息つき、
 「結構怖いな。俺は吊り橋初めてだ」
 「怖いのはこれからだ。厄介なのがいる」
 「全くだ」
 二人は振り向き、吊り橋を渡ってくる二人を見た。
 黒いマントとフードで顔を隠した男達が、吊り橋を全く揺らさずに渡ってくる。
 それが、二人を警戒させる。
 中背の男と、小柄な男である。
 幼い頃から剣士としての英才教育を受けてきた双子である。相手の動きで、戦士か樵かの区別は付く。
 中背の男は、端正な顔をしているが、頑固そうな顔をしており、小柄な男は、口元が異様な程歪み、生理的に嫌悪感を抱かせる笑みを浮かべている。
 その二人が、吊り橋を渡り切り、双子の横を通り抜けようとする。
 ラクチェは思わず、中背の男は犬に、小男は鼠を連想させる顔をしているなと思いながら、スカサハと会話する振りしながら警戒している。
 男達が横を通り過ぎ、背中を向けた頃に二人の動きが止まった。
 刹那!
 四人が同時に、静から動への激しい動きを見せつけ、瞬時に動きながらふたつの激しい金属音を響かせた。
 スカサハは、鼠の容姿をした小男と、両刃の斧と斬馬刀をぶつけ合い、鼠の様な男は、間合いを取る。
 ラクチェは、犬の容姿の男と、長槍戦斧と長刀をぶつけ合い、互いににらみ合う。
 鼠の容姿の男が叫ぶ。
 「小僧の方は殺す!その小娘は捕まえろ!吐かせるなら女の方が面白い」
 残忍な笑みを浮かべる鼠に対し、犬は無表情のまま、ラクチェに長槍戦斧を振りかざした。
 二四〇cmはある長槍の先端に斧が付いた武器で、威力は高く、汎用性も高い。
 槍の様に突く事も出来て、斧の様に叩く事も出来る。
 鼠は、白い歯を見せながら、スカサハに向き、両刃の斧を構える。
 片方の刃は、斧であるが、もう片方は鎌になっており、それを両手に持ち、鎌の方をスカサハに向ける。
 「女の方が、吐かせるのが楽しいものさ」

 残忍な笑みであるが、スカサハは余裕たっぷりに答える。
 「俺の妹に目をつけるとは、女を見る目は確かだろう。だが、性格までは見抜けぬようだな」
 「どう言う意味だ、スカサハ?」
 ラクチェが、不満そうに答える。
 その瞬間、犬が、長槍戦斧を大きく横に振り、ラクチェの足を切り裂こうとする。
 ラクチェは背後に飛び、剣を構える。
 (出来るな。足元はどうしても人間の防御は甘くなる……)
 感心しながらも、リーチの長い敵の武器に間合いを一気につめようとする。
 だが、相手はその隙を与えそうにもなかった。
 しかし、そうなると笑うのがラクチェの癖である。
 ラクチェは口元を緩ませ、左腕で長刀を握り、右肩の上にその握った拳を置き、右手を相手に向ける。
 (……この女は右利きのはず?じゃあ、なぜ左腕で?)
 不思議がる『犬』。だが、彼も笑う。
 面白い。自分は暗殺者で、影でこそこそ戦う事が多かった為か、一度真正面から自分の実力で戦ってみたい気持ちはあった。
 (この女を生かして捕らえる?……俺の知った事じゃない)
 『犬』は長槍戦斧を構え、ラクチェと対峙した。
 …その頃、『鼠』は、小柄な身体に相応しい跳躍力と、瞬発力で息もつかせぬ波状攻撃をスカサハに続ける。
 スカサハは、斬馬刀を楯にして、その攻撃を受けながら、反撃のチャンスをうかがう。
 その巨大な剣では、俺の小さくて振り回しの効く鎌斧のスピードに対抗出来ずにいた。
 「くたばれ!俺と戦ったら楽に死ねないぜ」
 (この野郎!戦い馴れしてやがる!)
 重い斬馬刀では、彼の軽い鎌斧に反撃出来る余地はなさそうだ。
 (しかも、小さいくせに、力は結構強い。だが)
 スカサハが笑った。余裕のある笑みを浮かべ、突如斬馬刀を手放し、横に飛ぶ。
 「何!?」
 『鼠』は驚き、武器を捨てた小僧に驚きながらも鎌斧を構えながらもそのスカサハの動きに合わせた。
 「死ねぇ!」
 『鼠』が両手の二本の鎌斧をスカサハに叩き付けようとした瞬間、腕の動きが止まった。
 「!」
 意外な防御手段に『鼠』は驚愕する。
 スカサハは、両手でガッチリと、『鼠』の両手首を掴んでいたのだ。
 恐るべき握力で、思わず『鼠』は両手首に激痛が走り、思わず武器を落としてしまう。
 「俺と戦ったら、楽に死ねないだって?」
 スカサハは、にやけた笑みを浮かべて問い返すが、何時もの涼しげな瞳は、残酷な色を浮かべていた。
 「…俺はお前みたいな高慢ちきな奴が、大嫌いなんだ。何故だか分かるか?」
 答え様にも、手首の骨がきしむ音がし、『鼠』苦しそうにもがいているだけであった。
 「俺は、本来そんな人間だからだよ!」
 スカサハが雄叫び。『鼠』の手首の骨が砕ける音。『鼠』の絶叫のみっつは同時であった。
 両手首の骨を握力だけで砕かれ、地面に倒れ、のたうち回る『鼠』の顔にスカサハが蹴りを一発見事に叩き付ける。並みの蹴りではない。斬馬刀を片手で振り回し、片手の握力だけで、男の手首の骨を砕く怪力無双の男の蹴りである。
 鼻の頭の骨は砕かれ、大量の鼻血を噴出して倒れる。
 その激痛を生々しく感じ、激痛に支配された時、スカサハは再び斬馬刀を握り、その巨大、無骨、大雑把な鉄の塊を大きく振りかざし、『鼠』に振りかざした。
 「俺と戦った奴は、綺麗な屍を晒せねぇぜ!」
 『鼠』は、その巨大な剣に吹き飛ばされたと同時に、体が真っ二つに砕け散り、大量の血肉と内臓をばら撒きながら、吊り橋の谷底に落ちていった。
 「ラクチェ!」
 一人倒し、スカサハは妹の名を叫びながらも、彼女の方を見る。
 ラクチェと『犬』は、膠着状態であった。
 ラクチェが、相手に向かって横向きになり、左手で剣を握り、右肩の方に振りかざし溜めていて、右手を相手に向けている。
 『犬』も長槍戦斧の尖端でラクチェに突きに掛かる体勢を整えている。
 「手を貸そうか?」
 スカサハが言うが、ラクチェは無言のまま構えている。
 (真剣だな。確かにあの犬面は、強そうだ)
 手は出さないが、ラクチェが危なくなったら、助ける用意を整えるが、
 (だが、勝負は長引くか、一瞬のどっちかだ)
 そう思った瞬間、『犬』が動いた。
 一瞬に間合いを詰め、先端の槍で一気にラクチェの身体に貫きに掛かる。
 瞬間。ラクチェの無手の右手が動いた!
 その手は、迅速無比の槍の動きを見切り、その穂先に合わせ、横から払いのける。
 槍の突きは、突く能力は強力だが、横からの力には無力である。ラクチェの手が、槍を横に払いのけた瞬間に、ラクチェも一歩前に出て、自分の間合いに持ち込み、溜めていた剣を振るった。
 それはまさしく一瞬の出来事であり、二人が動いてから瞬間までの動きであった。 
 ラクチェの剣は、『犬』の首を斬り飛ばした。

 一瞬の動きだが、汗を大量にかき、汗を拭きながら一息つき、剣を鞘に戻し一息突いた。
 「さすがだな。こいつも素手で武器に触ってくるとは思わなかっただろう」
 「それが帝国軍の限界さ。イザークの剣術が、大陸でも最強と謳われるのは、剣だけではなく、体術も組み合わせたからだ」
 そう言いながらも、周囲に誰もいない事を確認してから、ラクチェは、斬馬刀を片手で持つスカサハの右腕にしがみつき、震えだす。
 「大丈夫か?」
 「まあな、……だがやはり私は女だ。敵とは言え、人を殺した後は後味が悪すぎる」
 身体を小刻みに震わせ、双子の兄にしがみつくラクチェ。
 この姿は、セリスやラナはおろか、シャナンやオイフェですら知らない、意外なラクチェの一面である。
 「まあ、俺だって後味が悪いが…」
 「民と国を守ってこそ、王族だろう。わかっている。…わかっているさ」
 「それと、生き残る為だ」
 多くは語らなかったが、それでも、お互いの意思の疎通が充分に出来るのは、双子の特権であろう。
 ラクチェは直ぐに気を取り戻し、凛とした顔を取り戻し、ギムル村へと顔を向ける。
 「…行こう、スカサハ。私はお母さまの剣を。スカサハはお父さまの剣を手に入れるために」
 「それと、もうひとつ」
 「ああ、ここで現れた敵の事だな」

 

 

 双子の近くの樹木に一匹のモズが止まっていた。
 モズは、飛び立ち、南東へと下っていく。森林を抜け、山を抜け、川を越えると、大きな公道を進む隊商を見つける。
 モズは、急降下し、大きな幌馬車の中に入って、そこに座っている灰色の法衣を身に付けた男の肩に止まった。
 すると、その男は目を覚まし、精力的な笑みを浮かべ、太い眉毛の下にある太い眼光をぎらつかせた。
 「奴等の居場所がわかったぞ」
 傍でいた仮面の男、ギルデスターンは口元を緩ませる。
 「近いですか?」
 「ああ、昼頃には着くだろう。だが、『犬』と『鼠』が殺られた」
 その一言は、周囲にいた人物達を、沈黙させた。
 「『蟷螂』。部下は何人残っている?」
 「四〇人程」
 「うむ、『人形』を前に出せば勝てるだろう」
 この幌馬車の中で、堂々と横たわる四メートルはある巨大な物体は、微動すらしない。
 『人形』とは、良く言ったもので、人の姿をしている。
 全身、檜で作られた『人形』だが、人間の戦士と同じく、各場所に鋼鉄製の鎧を纏っている。
 そして顔にあたる部分は、人の顔ではなく、獅子の顔に彫られており、その額に大きなルビーがはめ込まれていた。
 「そのルビーと、私の手に持つ黒水晶が反応しあうのだよ」
 カッシェルは笑い、部下達に二交代で休憩を取るように指示を出した。

 

 

 ギムルの村。
 スカサハとラクチェが到着した時に、ランドルが迎えてくれた。
 数多くのイザーク正規軍も、双子の到着を迎え入れ、ランドルが皆を代表して迎えてくれた。
 「スカサハ様!ラクチェ様!」
 ランドルは、甥と姪の二人を暖かく迎え、両手を広げる。
 「ランドルさん!」
 「ランドルさん!」
 スカサハ、ラクチェの声が同調して、笑顔を向ける。
 「大きくなられましたな。スカサハ様は、シャナン様に似てこられました。ラクチェ様は、アイラ様の生き写しですな」
 しみじみとランドルは言うと、二人は顔を合わせ頷き。
 「ランドルさん。先程そこで敵に襲われました」
 その言葉に、ランドルは思わず首を傾げる。
 「敵?」
 「ええ、死体が転がっています。万が一の為にも、用心したほうがいいのでは」
 スカサハが言うと、ラクチェに、
 「ラクチェ、悪いが皆にその場所を案内してやってくれ。俺はその間に、父と母の剣を貰ってくる」
 「また楽な方を選んだな、スカサハ」
 「別にお前が取りに行っても良いが、父上の一〇〇kgあると言われる剣を持って俺の場所まで運べる自信はあるか?」
 「……頼むぞ」
 そこまで言うと、ランドルは頭をかきながら、
 「残念ですが、私達は誰もアイラ様達の剣の場所を知らない。知っているのはウォルツだけです」
 「大丈夫、シャナン様からの手紙を見せるから」
 「それが通じる相手であればいいのですがね」
 その言葉に双子は再び顔を見合わせ首を傾げた。首を傾げる角度とタイミングが全く同じであった。
 「ウォルツは、偏屈にして、性格破綻者です。自分の作った武器で、死んだ人間を見るのが趣味であり、その死体を絵に画いて残すという趣味があるのです」
 ラクチェは顔をしかめ、スカサハは口元を緩めた。
 「悪趣味な……」
 「面白そうな人じゃねぇか」
 そして、ラクチェがスカサハの肩を叩いて、
 「任せたぞ、スカサハ。そういう奴。好物だろう?」
 「わかった。その代わり皆に先程の敵に襲われた事の説明を頼むぞ」
 「わかった」

 スカサハは、若い女性剣士の後を着いて行く。彼女が、ウォルツの住む屋敷に案内する。
 「え、母上の別荘だったのですか?」
 スカサハが思わず大声を出すと、若い女性剣士は頷く。
 「はい、アイラ様の別荘だった屋敷です。でも、アイラ様がウォルツ老の作る武器をお気に召し、常に自分の愛用の武器は、彼に作らせていたほどです」
 意外な母親との関係に、思わずスカサハは笑顔がこぼれる。
 (母上の住んでいた屋敷…)
 「スカサハ様。お気を付けて下さい。ウォルツ老は、めったに人に心を許しません。シャナン様にですら心を許しませんし、マリクル様やマナナン様にすら心を許しませんでした。……アイラ様以外に今まで心を許していないのです」
 「まあ、大丈夫だろう。俺はそのアイラの息子だ」
 それを聞くと、女性も安堵した。

 

 

 荒れ果てた屋敷とまでは行かないが、普通の街では、幽霊屋敷と噂されても不思議ではないほど荒れている。
 斬馬刀を担ぎながら、スカサハは、雑草が伸び放題の中庭を回り、屋敷に入る門を探す。
 先程の女剣士は消え、彼は中庭から屋敷に入る門を見つけ、ノックする。
 返答はなく、スカサハは黙って入る。
 中に入ると大きなロビーになっており、両端から二階に上がる階段も付いている。
 ……もし、ここにラクチェがいたら、吐き気を感じたであろう。
 何故なら、壁のいたるところに、悪趣味としか言いようのない絵画が飾られているのだ。
 弓矢で頭を貫かれた死体。焼き殺された人間の死体。頭が砕け、中味を飛び散らした死体。何か重い物で叩き潰された肉体の死体……。
 恐ろしい程生々しい絵柄で、悪趣味としか言い様のない絵ばかりだ。
 (だが、俺が今までしてきた事だ…)
 スカサハは、心の中で呟いた。
 イザーク王家の一員として、一人の剣客として戦場に立ち、敵を倒してきた。
 御伽噺や、英雄談で語られる剣劇は、斬られて死んだですむだろう。
 だが、現実はそうではない。
 重い鉄の塊の剣が、頭に命中すれば、両眼は飛び出て、頭蓋骨は割れ、筆舌しがたい光景が広がる。
 胴体や四肢であってもそうなのだ。残酷だからこそ、戦争なのだ。
 スカサハは、そう思いながらも、無造作に右手が斬馬刀の柄に触れていた。
 一六歳とはいえ、剣客としての英才教育を受けてきたスカサハならではの身の危険を感じる本能だったかも知れない。
 だが、その彼の目の前に、一枚の大きな絵画が飛び込んできた。
 それは、鎧の戦士と、竜が同時に切断された絵画であった。
 無残な死体を描いた絵ながら、不思議と嫌悪感がなく、むしろ、「なんで斬られたんだ?」と、思ってしまうほどの絵であった。
 その無残な竜騎士の分断された骸の傍には、逞しい美丈夫な肉体の金髪の剣士が、巨大な剣を手にして立っている絵が画かれていた。
 (……父さん…?)
 思わず、スカサハは口にした。父の顔、容姿も知らない彼が、何故そう呟いたのか。
 突如、スカサハは、斬馬刀を抜き、自分の身体の前に構えた!

 

 

 警戒態勢を整えつつも、ギムルの村は、ランドルの下、様々な武器を手にしている。
 ラクチェが気付いた事は、不可思議な武器の多さであった。
 引き金式のクロス・ボウと呼ばれる弓がある。
 俗に、ボウガンとも呼ばれる代物だが、弓矢の発射する場所が大きな竹筒に覆われ、中の弓矢が見えないようになっている。
 そのクロス・ボウを持つ若者が、腰にも同じ様な竹筒をぶら下げながら、
 「これは、ウォルツ老の傑作兵器のひとつです。引き金を引くと、中から一〇本近い弓矢が一斉に発射され、敵をハリネズミにしてしまう兵器です」
 他にも、剣の柄に焼けた石を入れている者もいる。
 「これも、ウォルツ老の傑作です。焼けた石を中に入れる事によって、剣の刃に高熱が伝導され、敵を焼き斬る仕掛けになっています」
 また、普通の弓矢を持っている人物も、
 「この矢先には、爆薬が仕掛けられています。命中してから、暫くしてから爆発します。つまり、体内で爆破する事によって、殺傷力を高めているわけです。これも……」
 「ウォルツ老の発明か…」
 ラクチェは頭を押えて、大きく溜息を付いた。
 (お母様は、どうして、こんな異常な武器を作る人を、丁重に扱ったの?)
 強くて、勇敢で、戦いの女神の化身と呼ばれ、今や大陸中で伝説となっている母親の、意外な一面に、ラクチェは驚きを隠せない。
 (正気の沙汰とは思えぬ老人だ。スカサハの奴は大丈夫か?)
 こうなると、やはり兄を心配する。
 (敵がくる前に、お母様の剣を手に入れたいのだが……)
 ラクチェも人の子である。得手不得手というものがある。
 ラクチェが苦手とする者は、異常性格者である。
 常識では考えられぬ行動や思考する人間を、ラクチェは苦手とする。あまり係わりたくない。
 だが、うれしい事に、兄はそんな人間と、興味本位で付き合うのだ。
 そんな苦手な人間が来たら、兄にまかせっきりになる。
 (まあ、スカサハの事だ。負けることはあっても、死ぬ事は有り得ない)
 ラクチェは真剣そう考えている。
 もし、自分がスカサハと真剣に勝負しても、自分が勝つだろうと思っているが、スカサハを殺す事は不可能だと思っている。何も血の繋がった双子の兄だからと言う、家族愛からではなく、真剣に殺しに行っても、スカサハは死なないと思っている。
 シレジアのセティ王子は、一般的に『神童』と呼ばれているようだが、スカサハは、『怪童』と呼ばれている。
 素手で、馬を殴り殺し、大蛇をも絞め殺す恐ろしい程の怪力と耐久力を持って生まれてきた男。
 大怪我は負っても、死ぬ事はない。 ラクチェは、そう思いながら兄の事を暫く思考回路から除外した。

 

 

 普通の剣なら折られていただろう。 それ程の衝撃が、スカサハに襲い掛かった。
 巨大で、幅のある、分厚い斬馬刀だからこそ、鉄槌の一撃に耐えられたのであろう。
 目の前には青白い生気のない顔の男が、鍛治屋が使うような、鉄槌を手にして、再びスカサハに襲い掛かった。
 強烈な一撃の前に、スカサハはバランスを崩したが、敵の武器がハンマーであることが幸いした。
 鉄槌は、振り回してこそ、初めてその鎧を無視して強烈な衝撃を敵に与える武器である。ゆえに、大きく振りかざすのに時間を必要とする。
 その時間は、スカサハがバランスを取り戻すのに十分な時間であった。
 次の一撃をスカサハは、身体を反らして躱した。そしてその反動を利用して斬馬刀を振り回した。
 青白い顔の敵の動きは鈍く、その人馬を同時に切断する斬馬刀の一撃をまともに喰らい、脳天から股間まで一気に両断され、斬馬刀は床をも砕き、敵を粉砕した。
 敵はそのまま倒れるが、スカサハは再び斬馬刀を構える。
 気配は感じないが、物音が聞こえる。
 気付けば、周囲から囲むように、五体の青白い顔をした生気のない武装した男達が現れる。
 (なんだ、こいつら?)
 素直な意見を心の中で呟く。
 動きは鈍いが、殺気や生気を全く感じさせない敵である。その顔色の悪さは死人の様だ。
 「死人?」
 自分で思った言葉に、思わずハッとする。
 暗黒魔法のひとつに、死体を操り、屍鬼(ゾンビ)と呼ばれる、生きた死体を操作する魔法があると聞いた事がある。
 「待てぃ!」
 突如、声が響いた。大きな声だが、明らかに老人の声だ。
 その声に反応し、青白い顔をした四人の戦士の動きが止まった。
 人間とは思えない、文字通り時間が止まったように、命令が下った瞬間のポーズで動きを止めたのだ。
 スカサハは、斬馬刀を声のした方向に向け、構える。
 そこは、床から地下貯蔵庫へ向かう、扉であった。
 大きな床の一部が動き、中から老人が現れた。
 その容姿は小柄で猫背の老人だが、その顔は異形であった。
 顔の左半分は、焼け爛れ、右目は大きく開き、異様輝きを放っている。
 大きく開いた口からは、歯並びの悪い、それで抜けた歯も多いので、異形の顔を更に強調している。
 「小僧。何しにきた?アイラ様から授かったこの屋敷に勝手に入り込むとはいい度胸だ」
 スカサハは動じず、口元を緩ませ、斬馬刀を地面に置いた。
 「爺さんが、ウォルツ老か?」
 「人の名前を聞くときは、まずは自分から名乗るのが礼儀であろう」
 「…そうだな。俺の名前はスカサハ。イザーク王家、アイラ・キール・イザーク大公女と、ソファラ家の血筋を引く、ホリン・ク・ソファラの間で生を受けた者。スカサハ。王家の習慣に従い、未だ性を名乗る事を許されてはいない」
 異形の顔をした老人が、一瞬驚いたが、直ぐに笑い、
 「アイラ様の子供だと?確かにアイラ様は双子を産んだ……」
 そう言うなり、スカサハに近付き、彼の顔を見る。
 その異形の顔に、スカサハは驚きながらも、
 「名乗ったんだ。御老体も名乗られよ」
 「ふむ、……確かにホリンに顔が似ているの……。巨大な武器を使う所もな…」
 そう言ってから、
 「確かに儂が、ウォルツじゃ。ウォルツ・シギ・シルマ。かつてはアイラ様の専属武器職人だった男だ」
 「母上の?」
 「そうじゃ」
 ウォルツは手を上げると、青白い顔の戦士達が、武器を下ろし、部屋から出て行く。
 それを見送りながら、スカサハが質問をぶつける。
 「あの者達は?」
 「儂の傑作のひとつじゃ」
 抜けた歯と、並びの悪い歯を見せながら、ウォルツは指で自分の頭を軽く二回叩いて、
 「死体のここを、ちょっと弄れば、あの様に儂の忠実な『人形』となる。死体ゆえに、痛みを感じる事も泣く、筋肉や骨の負担を気にせずに怪力を発揮できる。……どうじゃ、素晴らしい傑作じゃろう」
 大きく開いた右目を輝かせ、子供の様に無邪気に笑う。
 (……噂通りの、【差別用語なので削除】ジジィだな……)
 何時もは余裕のある態度と口調を崩さないスカサハだが、さすがにこの時ばかりは眉間に皺を寄せずにはいられなかった。
 「ところで、アイラ様の息子が儂に何か用なのかい?」
 「ああ、我が父上と母上の剣を授かりに来ました。これはシャナン様からの手紙です」
 そう言って、胸から手紙を出すと、ウォルツは鼻で笑い、背中を向けた。
 「アイラ様とホリンの剣を?…駄目だ駄目だ!あれは、アイラ様とホリンだけの武器だ!いくら息子といえども、渡す訳にはいかんなぁ」
 吐き捨てる様に言った後、続けて大声で、
 「シャナンのケツの青いガキに言っておけ!あれはお前の物じゃない!アイラ様の物だ。ホリンの剣も、ホリンだけのものだ!それに匹敵する剣士でないと、渡せない!あの二人に匹敵する剣士!……すなわち、もうこの世に居ないって事だぁ!」

 

(続く)


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