双子の剣 (2)


 グランベル帝国軍、イザーク統治部隊の指揮官は、帝国でもブルームと肩を並べる名将ダナンである。
 ダナンは、武人としては有能であり、将軍としても才覚は平均以上の能力を持っているが、支配者としての才能には、疑問符が残る。
 戦略的には、支配した街や国に対しては、今まで通りか以上の生活を保障させるのが、戦略的に必要な事ではあるが、ダナンは、イザークの民に対して恐怖政治によって支配している。
 それは確かに効果的であろうが、長期に渡ってすると、恐怖はやがて憎悪に変化して、爆発するものである。
 爆発とは、つまり反乱である。
 イザーク正規軍の数は確かにダナンの手によって、確実に数を減らしていっているが、それが逆に、正規軍の総指揮官であるシャナン王子の指揮体勢を取りやすくして、今では数は少なくとも少数精鋭で、指揮系統がしっかりしており、神出鬼没のゲリラ戦術により、帝国軍は苦戦を強いられている。
 「本来、イザークの民は遊牧民族が多く、野宿や野営を得意とします。つまりゲリラ戦に向いていると言う事です」
 ダナンの直属の部下である、品はあるが神経質そうな顔をしたシュミットが答える。
 「うむ、確かに。柔らかいベッドに眠れずとも、身体の疲れが取れると言うのは、さすがは野蛮人というところか」
 ダナンが城の西にある大きな兵営館の庭に足を向けると、会う予定であった男がそこにいた。
 灰色の法衣を着た太い男である。
 眉毛、眼、唇、首、胴、四肢が太く、精力漲る力強さを感じさせる男である。
 その男が灰色の法衣を身に付け、精力的な自信に満ちた笑みを浮かべ、頭を下げる。
 「ダナン大公。お久しぶりです」
 彼の背後には、五人の男が立っている。
 その五人も頭を下げる。
 一人は仮面の男。顔を口だけしか晒していなく、全体の風格から四〇代と思われる。
 他の四人は、動物に喩えるなら、熊。犬。鼠。蟷螂を連想させる顔と肉体を所有している。
 「……カッシェル。久しいな。またドズル公国の宮廷魔導師に戻りたくなったのか?」
 「皮肉はお止めください。確かに大公を裏切る真似をしたのには、謝罪します。だが、私とて魔導を高める為。…だが、宮廷魔導師の地位は捨てても、私は大公に従います」
 するとダナンは、口元を緩め笑うが、目元は笑っていない。
 「冗談だ、許せ。だが、その貴様の忠義を確かめたい」
 カッシェルは頭を上げ、ダナンを見る。
 「……かつての古代兵器を、操作出来る様になったのなら、それでシャナンを倒せ」
 「御意」
 カッシェルは再び礼節に忠実な服従の姿勢をとる。
 「イザークの正規軍は、シャナンと言う頭を潰せば烏合の衆。……頼むぞ」
 「委細承知」
 カッシェルは立ち上がり、五人に指示を出す。
 「例の古代兵器、『人形』を幌馬車に隠せ。これから隊商に化け、シャナンを倒しに行くぞ」
 彼等が動き出すと、シュミットが思わず、ダナンの耳元で囁いた。
 「『人形』ですと!?あれは確か?」
 「そうだ、我等がドズル家の英雄シンが、その『人形』の軍団を自分の命と引き換えに全滅させた筈だが、まだ残っていたのだ」
 「……シン様は、他の聖戦士達を守るために、自分の命と引き換えに倒した…」
 「そうだ。聖戦士とて、『人形』を倒すのは難しいのだ。それに加え、カッシェルと、彼の直属の暗殺部隊、黒斧隊よ…。シャナンとて殺せる」
 ダナンは豪快に笑うが、シュミットは首を傾げ、
 「では、あの仮面の男はいったい誰でしょうか?」
 「む?……儂は知らぬが、名前は確か、ギルデスターンとか言ったな」

 

 

 朝から城を出て、ギムルの村へ向かったスカサハとラクチェだが、山の麓に作られた公道を突き進む。
 北へ北へと馬を引っ張り向かい、正午頃に休息を取る事にする。
 公道に平行して流れる中規模の清流の傍で馬を休ませ、馬は清流の水を飲み始め、スカサハが馬の背中に乗せてある荷物を降ろしてやり、ラクチェが馬の手綱を近くの木にくぐり付けた。
 その後、二人は近くの大き目の岩に並んで腰を下ろし、早朝にラナが作ってくれたお弁当を開ける。
 お弁当を開ける仕草といい、開けたと同時に首をゆっくりと横に振る仕草が殆ど同時であり、この辺はさすがに双子である。
 「まあ、ラナは料理上手だからな、安心して食べられる」
 小麦粉を水と胡椒で練って焼いたパンの様な食べ物。鳥肉をバターで炒めた料理、野菜料理等が美味しそうに竹網の箱の中に入っている。
 「同感だ。私はどうも料理が苦手だ」
 下手ではないのだが、巧くもない。包丁は巧みに扱えるが、味付けは今ひとつのラクチェである。
 二人はゆっくりと食べる。急いで食べると消化に良くないし、血や肉にならずに脂肪になってしまう。
 ゆっくり食べる事により、身体を動かす力となり、血肉になる。
 口に入れたら、唾液と徹底的に混ぜよく噛み、流動体になってから胃袋に入れる。
 この食べ方はシャナンに教わり、双子は忠実に守っている。
 そして食べ終わった後は、ゆっくりと横になり身体を休める。
 横にはなっているが、二人の利腕の傍には、斬馬刀と長刀が常にあり、何時でも反撃出来る体制を整えている。
 二人は、眠りはしなかったが、川のせせらぎや、小鳥の囀り、木々を抜けてくる風の音を聞いている。
 二人は喋らない。仲が悪いのではなく、信頼しているからこそである。
 双子と言う、特殊な肉親関係である二人にとって、一番不安な状態は、お互いが傍にいない事である。
 だが、何よりもお互いを知っている。
 二人は、シャナンを何よりも尊敬しているが、そのシャナンですら話せない悩みや気持ちもあるのだが、お互いにだけは話す。
 気の強いラクチェも、スカサハと二人になれば、弱さを曝け出すし、余裕を見せるスカサハも、ラクチェと二人きりになると、弱みを曝け出す。
 それが、当たり前となっている二人であった。
 目を閉じて、横になっているスカサハが、静かな声で呟く。
 「ラクチェ……」
 すると、ラクチェは、長刀の鞘に組み込まれている小型のナイフを抜き、横になったまま右腕の力だけでナイフをスカサハの方へ投げ付ける。
 ナイフは、スカサハの首筋を掠めるように通り抜け、スカサハの背後の木に突き刺さった。
 だが、ナイフはただ突き刺さったのではなく、毒蛇の頭を貫き、木に突き刺さったのだ。
 口の中を貫かれた毒蛇は苦しそうに暴れているが、二人は気にせず目を閉じたままである。
 毒蛇の動きが止まり、息絶えた時、二人はゆっくり起き上がり、馬に荷物を載せ、再び歩き出す。
 蛇の口からナイフを抜き、ラクチェが長刀を腰に付け、スカサハが斬馬刀を背中に担いだ。
 見るからに剣士の格好をした双子が歩き出す。 顔は似ているし、引き締まった身体もそっくりである。
 だが、スカサハは長身であり、力強い肉体の中に瞬発力を感じさせる虎を思わせる肉体なら、ラクチェは、瞬発力の中に力強さを感じさせる豹の様な身体である。
 二人は歩き出す。
 イザークの剣士達の間で学ぶ歩行術を身に付けた二人は、独特の歩き方と呼吸法を取る。この歩行術を身に付ければ、疲労知らずで一日中歩く事が出来る。
 「日が沈むまでに、ラムゼイの村に着くな。そこで今日は泊まろう」
 「分かった」

 

 

 イザーク王国の北西にあるギムルの村。
 スカサハやラクチェの休息をとった川の源流近くにある村。
 山の麓にある村で、近くの山の鉱山から、希少金属や石炭が取れ、鍛治、炭鉱、狩猟で生計を立てた村である。
 特に、希少金属を使った武器や鎧の製造はイザークでも優秀で、王室でもこの村で作られた剣や鎧を愛用している程である。
 それゆえ、この村にはイザーク正規軍が存在する。
 人数は少ないが少数精鋭であり、隊長格のランドルは、小柄だが逞しい肉体の青年で、大剣を武器にして戦う剣士であり、ソファラ家の血を引いている。
 その彼等の砦に、一羽の伝書鳩が飛んできて、専用の止まり木に着地する。
 それを、まだ少女の面影を残す若き女性剣士が伝書鳩から足に付いた手紙を取り出す。
 それをランドルの元まで持っていき、彼はその手紙を読む。
 「ランドル様?」
 「……シャナン様からだ。例の双子が、剣を受け取りに来るそうだ」
 「スカサハ様とラクチェ様が?」
 「そうだ。ウォルツによろしくだと。……シャナン様も人が悪い。あのウォルツに会わせるそうだ」
 「ウォルツって…、あのウォルツですか?」
 「そうだ」
 ランドルは肩を竦め、意地悪そうな笑みを浮かべる。
 「魔術師にして学者にして、本業は鍛治師。性格は異常な程に研究熱心にして、性格破綻者」
 「そして、自分が作った武器で死んだ人間を絵画に残すのが趣味」
 「ああ、個性的な趣味だ」
 ランドルは、そのまま少女の横を抜けて、
 「その狂気の鍛治師は?」
 「何時もの通り、自分の鍛冶場で一人、研究しています」

 

 

 その夜。
 出撃したカッシェルは、隊商を装いながら野営に入り、焚火の傍で、漆黒の水球を手にしながら笑っている。
 傍では、頭半分を覆い隠す仮面の男が、腰に自分の背丈はある長い刀をつけ、立っている。
 「それですか、『人形』を動かすものは?」
 「そうだ。これと私の念力によって始めて『人形』は動くのだ」
 仮面の男、ギルデスターンは顔で唯一露出している口元を緩める。
 「シャナンは強いそうで。一人の剣客として、一度は戦ってみたいですな」
 「フンッ、剣に生き、剣に死すか…。魔導師には理解出来ぬ世界よ」
 「だが、私が真剣に戦いたい相手は一人…」
 すると、カッシェルは精力的な笑みを浮かべ、
 「『斬竜刀のホリン』か。……だが、奴は死んだと聞いているが?」
 「私は信じません。奴は生きている。奴に無残に顔を潰され、剣客としての死に様を奪われました」
 ギルデスターンは仮面を取る。
 その顔を晒した時、さすがのカッシェルもその異様な顔に思わず息を呑む。
 顔の左半分は崩れ、頭は皮膚がはがれ、頭蓋骨を剥き出しになっている。左眼も大きく飛び出し、異様な顔立ちになっているのだ。
 「奴の剣の一撃でこうなりました。奇跡的に命は取り留めましたが、剣客としての死に場所は奪われました」
 そう言って再び仮面で顔を隠す。
 「……惨いな」
 「そこで死ねたら、私も本懐でした。未だに傭兵達の間で伝説になっている男に倒されたのなら……だが、生き延びてしまった。仲間の四九人は、ホリンとアイラに倒されたのに…」
 ギルデスターンは笑い、踵を返す。
 「ホリンは生きています。生きていないと私は死ぬ事が出来ません。奴に本当に倒されるか、奴を殺すかしないかぎり、私は死ねません」
 「剣士としての拘りか?」
 「はい、ちゃんと生きないと、ちゃんと死ねません。奴ともう一度戦うその日まで……」

 その頃、スカサハとラクチェは、ラムゼイの村の宿屋で泊まっていた。
 別々の部屋を取っていたのだが、ラクチェがスカサハの部屋に入り、同じベッドで背中を向け合い眠りに付いている。
 二人は安堵の表情で眠っている。
 同じ部屋で寝ているのは、兄妹愛ではなく、剣士としてで、一人より二人の方が、反撃の時に生き残る可能性が高くなるからだ。実際、幾度も戦場に出て、二人は背中を向け合って常に睡眠を取っていた。
 背中を向け合うのは、お互いの死角を無くす為である。
 二人は毛布を腋まで被り、両手は毛布から出している。
 外ではフクロウの鳴声が聞こえる中、双子の右腕が同時に動き、枕の下に隠してある小剣の柄に手を当てる。
 その時、窓側から侵入しようとしていた猫が、踵を返し外へと逃げていく。
 二人は、そのまま再び右腕を元に戻し、軽い寝息を立てて何事もなかった様に、眠りに入った。

 

 

 次の日の朝。
 朝食を取り、ゆっくり休憩を取ってから、二人は馬を連れて北へ向かう。
 山道を行こうとも考えたのだが、残念ながらこの周辺は熊の出没が多く、今の時季の熊は凶暴なので避け、予定通りに公道を進む事にした。  
 二人は目立った。
 良く似た顔の男女、明らかに剣士と思われる姿、特に男の方が背負う斬馬刀は嫌でも目立つ。
 並みの剣よりも大きく、分厚く、無骨で大雑把な剣であり、重量も並みの大剣の八倍はある。
 しかも、スカサハはイザーク人にしては長身であるので目立つ。
 本来、イザーク人はグランベル人やアグストリア人、シレジア人と比べると背が低いのが特長で、イザーク人の中でも長身と言われるシャナン王子ですら、一八〇もない。
 だが、スカサハは一六歳にして、一八五もある。
 後の、聖戦において、解放軍総指揮官のセリス皇子の親衛隊隊長として活躍する時には一九〇を超える程になる長身である。そんな大男が、大きな剣を持って歩いているのだから、目立つ。
 すれ違う人々は、スカサハの大きさと巨大な剣に驚き、ラクチェの硬質で凛々しい美貌に見とれていく。
 その二人が、山の渓谷に沿って、曲がりくねった道を進みながら歩いていると、ラクチェが右腰に下げている長刀の柄を握る。
 「スカサハ」
 双子の天才剣士達は、お互いの名前を呼ぶだけで全てを理解する。双子と言う奇跡が生み出す意思の疎通である。
 右に曲がる道から、その山の陰に隠れた場所から、悲鳴をあげて逃げてくる三人の男を見て、スカサハが彼等を止める。
 「どうした?何があったのですか?」
 男達は、若いが剣士の姿の二人に驚きながらも、怯え、恐怖に支配された声をあげる。
 「行かない方がいい!イザーク正規軍が全滅した!」
 「何?」
 スカサハとラクチェが目を合わせる中、三人の商人らしき男達は、正しく脱兎の如く走り去ってく。
 「この辺に正規軍がいたのか?」
 「いや、シャナン様の話では、警備隊がこの辺を巡回している筈だ」
 ラクチェの言葉に、スカサハは口元を緩ませる。
 スカサハには困った癖がある。それは危険が近付くと口元を緩ませる癖である。まるでその危険を楽しむかの様に笑い、対応する。
 「危険と興奮は、俺の三つ子の兄弟」
 スカサハが余裕たっぷりに呟き、背中に背負った斬馬刀を片手で持ち上げ、構える。
 その台詞に双子の妹のラクチェがあきれ返りながらも、長刀を抜く。
 「行くぞ」
 ラクチェが呟くと、スカサハも頷き、二人は早足で急ぐ。

 ……そこは、まさしく地獄絵図であった。
 一〇人ものイザークの剣士達が、頭を叩き割られ、ぶった斬られ、無残な屍を晒している。
 二人は近くに馬を置き、死体に近付く。
 「凄いな」
 ラクチェが死体の一人の胸に鋭くも大きな切り口のある致命傷の傷を見て、
 「どの死体も、重量のある武器で叩き斬られた後だな」
 「ほう、犯人は俺かな?」
 スカサハがとぼけながらも周囲に目をやり、斬馬刀を両手で構える。左側は川。右側は山の雑木林。
 「いや、訂正する。確かに重量のある武器だが、これらは手斧か鉈による傷だ」
 「斧?……て、事はドズル家の正規軍か」
 その瞬間、スカサハは片手で斬馬刀を持ち上げ、ラクチェの身体の前に、その刀幅の広い斬馬刀で隠すように置く。
 それと同時に、斬馬刀に鈍い音と、激しい振動がスカサハの腕に伝わり響いた。
 それは、手斧であり、斬馬刀がなければ、ラクチェの首を捕らえていた。
 「雑木林か?!」
 スカサハが叫ぶと、茂みから一人の黒衣の男がフードで顔を隠し、両手に手斧を持って、突進してくる。
 スカサハが、再び斬馬刀を振りかざし、持ち上げた。その巨大な重量感溢れる武器が、小枝の様に振りかざされ、その黒衣の男は驚いた。
 いや、その武器に驚いたのも事実だが、斬馬刀の影に隠れていたラクチェの姿が消えた事に驚いたのだ。
 (どこだ?)
 その時、男の目の前に突如としてラクチェが現れた。
 (何!)
 男は、直ぐに右に飛ぶ、だが、ラクチェはそれに合わせ飛び、長刀を振るった。
 男は回避し、地面に着地……するはずだったが、巧く着地出来ずに尻餅を付いた。
 こんなヘマをする男ではない。だが、両足の脛から切り落とされては、着地もままならないのは当然であっただろう。
 斬り落とした脚を飛び越え、長刀をその男の頭に叩きつける。
 男の頭が真っ二つに切りさかれ、両目は飛び出し、血と脳味噌の白液にまみれた死体を作った。
 「ラクチェ!」
 スカサハが叫ぶが、ラクチェも気付いている。
 何時の間にか、二人の周囲に、二〇人程の黒衣とフードで顔を隠し、両手に手斧を一本づつ持った男達が取り囲んでいた。
 二人は直ぐに互いの背中を重ね、攻撃態勢を整える。
 「何時の間に?」「まいったな、今日の占星術を見ておくべきだったかな?」
 ラクチェが腰を少し落とし、剣を構える。
 「こいつ等、ドズル軍の、『黒斧隊』」
 「暗殺専門のか?」
 「ああ、特殊な戦い方をするぞ」
 その時、二人の男が並んでスカサハに立ち向かってきた。
 スカサハは斬馬刀を、上段に構え待ち構える。
 その瞬間に、二人のうちの一人が、跳躍した。手斧を構え、上空から襲いかかり、もう一人は地を滑るように突進し、低姿勢でスカサハの脚を狙った。
 だが、スカサハは何のためらいもなく斬馬刀を縦一文字に振るった!
 巨大な剣が、凄まじいスピードで空中の敵を腹から股間まで叩き潰して吹き飛ばし、そのまま剣の勢いは止まらず、低空でせまって来た男の身体を叩き潰す。
 激しい骨と肉が叩き潰れる音が、潰された男の断末魔と共に響いた。
 残る男達が驚き、腹から股間まで叩き潰された男が、地面に叩き落され、激痛のあまり悲痛な絶叫を上げ、陸に上げられた魚の様に暴れ苦しむ。
 黒斧隊の男達が、驚愕する。あの巨大な剣は一体何なのだと?
 彼等が一斉に手斧を双子に投げ付けた。
 ラクチェはそれを天性の動体視力と瞬発力で躱し、彼等に近付く。
 スカサハは、分厚く幅広い斬馬刀を楯代わりにして防ぎ、その八〇kgある斬馬刀を持つ者とは思えぬスピードで間合いを詰めた。
 ラクチェの動きは、稲妻であった。鋭く疾く動き、敵の横をすり抜けると同時に、長刀で敵の首や腹、脛などを斬り、鮮血の雨を降らせる。
 その疾い動きに、黒斧隊達はついていけず、何時の間にか首の頚動脈を斬られ、血飛沫と断末魔に沈んでいく。
 一方、スカサハは竜巻であった。巨大で大雑把、そして無骨な刃が、縦横無尽に動き回り、スカサハの近くにいる敵を呑み込む様に引き寄せたかと思うと、勢い良く弾き飛ばし、敵を叩き潰し、ぶち壊し、砕き散らしていく。
 そう、正しくスカサハの斬馬刀は、竜巻であり、呑み込まれたら最期、無残に叩き潰されて、弾き飛ばされる。
 ラクチェが、敵を紙切れの様に、「斬る」のなら、スカサハはハンマーで岩を、「砕く」様に、敵を潰していった。

 

 

 その双子の殺戮劇が終った時、双子は再び背中を合わせ、息を整え、敵を確認する。
 周囲には、今までの正規軍の惨殺死体に混じり、『黒斧隊』の屍が混じる。
 人肉と血のこびりついた斬馬刀を大きく振り払い、そのこびりついた血肉を吹き飛ばし、敵の死骸を数える。
 数え終わり、気付いた事を口にしようとしたが、先にラクチェが口にする。
 「敵の数が一人足りないぞ」
 「ああ、だが、気配は感じられない」
 そう言うと、ラクチェは安堵の息を付き、倒れている敵のマントで長刀の刃を拭い、鞘に収める。
 二人の顔や服に、血は付いているが、殆どが返り血であり、僅かな怪我をしているだけである。
 「……逃げたな……」
 「賢明だ」
 二人は馬の安全を確認すると、地図を取り出し、周囲の確認をする。
 「……近くに村はないな。時間がかかるが味方の死体の埋葬だけはしてやろう、ラクチェ」
 「そうだな」
 スカサハが、スコップを馬から取り出し、ラクチェが死んだイザーク兵を集める。

 その頃、ギムルの村。
 川沿いの一番の上流にある、古びた煉瓦造りの建物。
 その古びた煙突から煙が出ている。
 広い建物だが、庭は荒れ果て、窓も半分近くが割れ、建物内は埃と蜘蛛の巣で汚れている。
 その建物内の中の作業場で、一人の初老の男が、焼けた石の中に鉄塊を入れ、そこから鉄鋏で運び、ハンマーで叩く。
 痩せた猫背の男で、細いが力強く痩せ老いた体が汗にまみれている。
 顔は、特徴的である。
 右半分が焼けただれ、眉や髪の毛が全くなく、左半分は爬虫類を思わせる大きく、冷徹な眼光。髪の毛も額から禿げ上がり、後頭部に長い白髪が残っている。
 開いた口も歯が数本抜け落ち、異様な存在感を感じさせる。
 「なんだとぅ。アイラ様とホリンの剣を差し出せだとぅ?」
 静かだが、どことなく狂気のこもった声である。
 傍ではランドルが立っている。
 「ああ、封印を解く時が来た。今こそあの二本の剣が必要なのだ」
 「ハンッ、笑わせるンじゃねぇ。あれを使いこなせるのはアイラ様とホリンだけだぁ」
 「シャナン様の命令だぞ、ウォルツ」
 すると、異形の初老の男が、大笑いする。
 光の全くない閉ざされた洞窟内に一人取り残され、発狂寸前の孤独な人間の笑いを思わせる笑いである。
 「笑わせるなぁ、シャナンか酒乱か知らねぇが、俺に命令を出せんのはぁ、アイラ様だけだぁ」
 独特の口調で喋りながらも、今度は泣き出す。大泣きである。
 「そうともっ、王家か包茎か知らねぇが、俺を無視しやがってぇ。俺の才能を分かってくれたのは、アイラ様だけだったじゃねぇかぁ!」
 焼けただれた右半分の顔に、焼け爛れた右腕で涙を拭く。
 部屋の周りには、惨殺された人間の絵が飾られている。数本の弓矢に顔を貫かれた死体。焼死体。肉喰獣に噛み殺された様な死体の絵がある。
 趣味の悪い。ランドルはそう思う。
 この絵は、専属の絵師に描かせたもので、自分の作った武器で死んだ死体を見るのが趣味なもので、その死体をその絵師に画かせて、飾っているのだ。
 「武器なんてものは、人を殺す芸術品だろ?それなのに、俺の作った武器を惨殺兵器と決め付けやがってぇ。俺の武器を全部否定したマナナンやマリクルのガキや孫がエラそうに言うんじゃないぃ!」
 そりゃ、あんたの武器は異常だぜ。
 そう言いたかったが、頼りになる武器を作るので文句は言えない。
 魔法を封じ込めた、『炎の剣』、『風の剣』、『雷の剣』等を作ったのも彼だが、一六年以上も前の侵略で、どこに行ったのか分からない。
 「…アイラ様だけだぁ。俺の才能を認めてくれ、俺にこの屋敷をくれたのはぁ」
 号泣するウォルツに、「だったら、もっと部屋片付けろよ」とは、言いたかったが、言うのを止める。ウォルツの何時も持ち歩く杖が怖いのだ。その杖も、ウォルツの傑作のひとつだ。その威力は……。
 「アイラ様の武器と、アイラ様のご亭主の武器は俺がずっと守るぅ!」
 そう言うなり、杖の先端をランドルに向けると、ランドルは尖端から避けるように横に逃げるが、ウォルツは尖端を彼に向け続ける。
 「止めろ、爺さん!落ち着いてくれ!」
 真剣に叫ぶが、興奮しているウォルツが、怒鳴りながら、
 「アイラ様の武器はアイラ様だけのものだぁ!ホリンの武器は、ホリンだけだぁ!誰にも渡さんっ!」
 「いいから、尖端を向けるな!…だがな、爺さん」
 「うるさいっ!」
 杖が突然、先端部分が射出され、ランドルに襲う。
 「爺さん!」
 ランドルのその声は、絶叫というより、悲鳴に近かった。

 

 

 スカサハとラクチェが、次の村で宿泊している頃。
 隊商を装い、カッシェルがシャナンのよく見かけるイザークの北西側へ向かい野営を始めた頃、彼等の前に黒衣の男が突如と現れる。
 カッシェルが、その男に気付き、太い眼光を向け威圧的な態度で見る。
 「貴様は…?」
 「はい、先鋒隊です。味方は全滅しました」 
 「おめおめと一人逃げてきたのか?」
 「はい、だが、我々を全滅させたのは、あのシャナンの従兄妹にあたる二人です」
 「何?」
 その一言に、カッシェルの精力的な眼光が輝く。
 男は詳しく説明し、北へ向かった事も報告する。
 「……見事だ。だが、ひとりおめおめと逃げてきた罪は背負ってもらうぞ」
 「覚悟の上です」
 そう言うなり、男の口から血が流れ、足元にその男の千切れた舌が落ちた。
 それと同時に男は倒れ、動かなくなる。
 「……見事だ」
 カッシェルがそう言うと、後ろに二人の男が立った。
 動物に喩えると、『鼠』と『犬』の容姿をした男だ。
 「先に行き、奴等を倒すなり殺すなりしろ。だが、一人は捕らえよ。シャナンを誘き寄せる餌になる」
 二人の男は頷いた。

 

 

 その頃、狙われる立場となった双子は、背中を向け合い同じベッドの上で眠り、未だ見ぬ両親の剣に、思いを馳せらせていた。

 

(続く)


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