双子の剣 (1)


 …一六年前。

 シレジア王国ダッカー候の傭兵として雇われた男、剣士ギルデスターンは驚愕した。
 シレジアは極寒の大地である。その寒さに対する覚悟は出来ていたが、この事だけは覚悟は出来なかった。
 それは、シレジアの極寒以上に彼の血を凍結させてしまう出来事。
 この極寒の山岳地帯で、彼は傭兵仲間五〇人で進撃を開始し、途中でレヴィン王子のいるシグルト軍の二人と出会い、戦いとなった。
 敵は二人で、ギルデスターン達は五〇人いたのだ。
 敵の二人はお互いの背中を庇いながら、剣を構えた。
 男と女だ。
 男は金髪の髪を所有し、逞しい肉体をしている。逞しいといっても熊や牛の様な無骨さではなく、上半身が虎や豹の様な大型の猫科の肉喰獣を連想させる力強く瞬発力のある肉体で、下半身は、狼や猟犬の様に瞬発力の中に、力強さを感じさせた。
 女の方も、鍛え上げられた戦いの女神の様な強さと美しさを感じさせる美女であった。
 二人は、五〇人の敵に焦る訳でもなく、平然と剣を構えた。
 女の剣は洗練された芸術品の様な美しい剣で、剣自体に反りが入り、見るからに斬れそうな剣であった。
 だが、男の剣は…。
 …これは剣なのか?
 これから、なぶり殺しが出来る楽しみに喜んでいる五〇人は、男の剣(?)に驚いた。
 大きいのだ。並みの大きさではない。普通両手持ちの大剣は、いくら大きくても、メートルを超える位である。
 だが、男の剣は、この長身の男の背丈と同じだけの長さがあり、幅も、並みの大剣の倍はある。
 無骨で、大きく、巨大な剣である。重量も、普通の大剣より遥かにあるだろう。
 その巨大な剣を片手で持ち上げ構える。
 その光景は、常識を超えた光景であった。
 逞しいと言っても、熊や牛の様な無骨で怪力無双と言う様な身体ではないのだ。引き締まった肉体で、古代王国の卓越した彫刻家が作った傑作品の様な肉体なのだ。
 二人は笑っていた。
 「五〇人程だな、アイラ」
 「三〇人は私が倒す。残る二〇人は任せるぞ、ホリン」
 アイラと呼ばれた女は、硬質だが、芯の強さと気高き誇りを感じさせる笑みを浮かべた。
 ホリンと呼ばれた男は、巨大な剣を小枝の様に振り、余裕と不敵さを融合させた笑みを浮かべた。
 ギルデスターンは、その瞬間、我々が優位だと思っていたが、弄り殺されるのは、自分達だと確信した!

 …それは、戦争というより、一方的な虐殺であった。
 二人対五〇人。それは一方的な虐殺になるのは当然であろうが、虐殺を開始したのは二人の方であった。
 アイラの動きは迅速で、無駄がなく、敵の攻撃を受けもせず回避し、その鋭利な剣で、敵を斬り裂いた。
 彼女と戦う事になった傭兵達は、アイラの動きに、身体も目も着いていけなかった。気付けば斬られ、彼女の通った後には鮮血の雨が降り、断末魔と言う雷鳴が起こった。
 ホリンの巨大な剣は、まさしく『悪魔の武器』であった。無骨で巨大な重量のある剣が大気を潰す様に唸り、普通の剣を持つ者の剣よりも速い剣裁きで、敵を襲った。
 まさしく悪夢であった。彼の巨大な剣の前では、鎧や盾は全く意味を持たなかった。
 ホリンと戦った者は、鎧ごと叩き潰され、盾ごと粉砕した。
 アイラの剣が、敵を鋭利に斬り裂くのに対し、ホリンの巨大な剣は、斬るというよりは、潰す方であった。
 ギルデスターンは目前にせまって来たホリンに剣を向けた。
 (殺される!)
 そう思いながらも戦わずにいられないのは、傭兵生活の長いギルデスターンの習性であっただろう。
 巨大な剣が野獣の咆哮に近い唸りをあげた。それは大気を砕く音であった。
 ギルデスターンは死を覚悟し、戦いを挑んだ。  

 …この戦いにおいては、後にシアルフィ公国の大公となるオイフェの記録に記入されている。
 先陣を行った二人の護衛に向かったミデェールが、その時の光景をこう語っている。
 「まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。斬り殺された敵と、潰された肉塊が散らばり、周囲を鮮血と屍に染める。ホリンとアイラは、全身血に染まっていたが、自分達の血は僅かばかり…」

 

 

 現在。
 イザーク王国はグランベル帝国に占領されたものの、シャナン王子率いる反乱軍が帝国を悩ませていた。
 シャナンはイザークの王子であり、剣の達人である。
 占領されたイザークの民達によって、シャナン王子こそ、最後の希望であった。
 シャナンの強さは、イザーク中に知れ渡っている。
 「たったひとりの軍隊」「漆黒の剣士」「歩く軍神」…。
 噂半分としても、それらの異名だけでも彼の強さは尋常ではなかった。
 そのシャナンだが、反乱軍の隠れ家であるティルナノグの城で、反乱軍を纏めていた。
 その強さから、悪鬼鬼神の様な顔をしていると思われがちだが、三〇歳近い今でも、若々しい精悍な顔をしていて、ハンサムと言っても過言ではない顔をしている。
 彼は盟友のオイフェと肩を並べ、城の中庭に接した廊下を歩いていた。
 「…帝国に対する反乱の動きは、まだどこも微力か」
 シャナンが呟くと、オイフェは頷く。
 「シレジアの方でも、レヴィン様が反乱に失敗し、行方不明だとか…」
 「彼の息子は?優秀な若者だと聞いているが」
 「身を潜めているそうです」
 「アグストリア、ヴェルダン、レンスターでも似たようなものか」
 「はい、でもまあ、我々の様に力を蓄えているかも知れませんよ、シャナン殿」
 「…ああ、そう信じよう」
 シャナンは笑った。大陸最強と謳われる剣士とは思えないほど、品のある笑いであった。
 二人が中庭の方を見ると、二人の少年がいる。
 ひとりは、長身の少年で、一六歳とは思えぬ程、背が高く、逞しい肉体をしていた。
 もうひとりは少女であった。気の強そうな凛々しい顔をした少女である。
 二人の顔は良く似ている。いや、似ていて当たり前である。双子なのだ。
 シャナンもオイフェも、双子の方に目を向け、足を止めた。
 黒髪の双子は一本の若木を見ていた。
 大きさは長身の青年並みの大きさで、太さは、引き締まった肉体の少女の腰よりは太い。
 少女は、シャナンとオイフェに気付き、頭を下げる。
 険しい表情の少女だが、この時は少女らしいあどけない顔に変わった。
 「シャナン様、オイフェ様」
 シャナンは、甥にあたる双子に、親愛の笑顔を向けながら答えた。
 「どうした?」
 「この広場に、この若木は邪魔なのです。取っていいですか?」
 「どうして邪魔なのだ?」
 「私達の剣の練習場所に使いたいので、邪魔なのです」
 オイフェは、顎に手を当てて頷く。
 「まあ、あまり意味のない木だから構わないが」
 そう言うと、少女は、双子の兄の肩を叩いた。
 「スカサハ。許可が出たよ」
 そう言うなり、スカサハと呼ばれた少年は、妹のラクチェだけに笑顔を向け、その後真剣な顔になり、若木をがっちり掴み、腰を降ろす。
 その後、歯を食いしばり、力を入れる。
 それを見て、オイフェは首を傾げた。
 「…まさか、スカサハは、あの木を引っこ抜く気では?」
 「そのつもりでしょう」
 シャナンは苦笑する。
 「無理ですよ。いくらスカサハが怪力でも、大地に根をはった木は、人間の力では無理です」
 そう説明すると、シャナンは苦笑しながら、
 「スカサハに常識は通じない。非常識を常識にする男だ」
 苦笑しながら断言すると、若木の周囲の土が盛り上がり、浮き上がる。
 スカサハの雄叫びが響く。
 その光景に、オイフェは硬直し、シャナンは苦笑する中、スカサハが野獣の様な咆哮をあげる。
 若木は大地の土を絡めながら、強引に引き抜かれ、完全に大地から離れた。
 引っこ抜いた若木を持ち上げ、近くに投げ捨て、スカサハは一息つく。
 ラクチェは、別に驚かずに用意していたスコップで、穴の空いた若木のあった場所を慣らしていく。
 シャナンは苦笑を続け、オイフェは、抜かれ捨てられた若木を見ながら、恵まれた怪力のスカサハに驚きを隠せなかった。
 「しかし、まあ。…末恐ろしい双子ですね」
 「ああ、力だけなら、スカサハは私より上だ。スピードだけなら、私よりラクチェの方が上だよ。後、三年もすれば、私もあの二人に勝てなくなるさ」
 「まあ、あの二人の血を引く子供ですからね」
 双子はこちらに笑顔を向けている。
 良く似ている。だが、男の顔だと、スカサハの様に優しさと余裕を感じさせ、女の顔だとラクチェの様に、気が強くて、引き締まった顔に見えるのだな。シャナンはそう思った。
 既に二人の剣の練習が始まった。
 スカサハは、両手用の大剣を模った木製の大剣を手にし、ラクチェは片手用の木製の剣を手にする。
 二人は向き合い、剣を交え始めた。
 シャナンはそのまま自室に戻り、オイフェがその後に続く。
 「セリス様が自信を無くしていました。ラクチェと剣の練習して、一度も勝てないと言って」
 シャナンは肩を竦め、
 「セリスは弱くない。ただ、ラクチェは強すぎる。…おそらくセリスでは、スカサハにも勝てない」
 「同じ一六歳とは思えませんな」
 「…まあ、『ティルフィング』があれば勝てるだろう。それに、スカサハとラクチェは既に戦場で戦ったが、セリスはまだだ。実戦の差もある」
 「…するとセリス様もそろそろ戦場に?」
 「いや、まだ早い。もし、セリスの存在を帝国に知られると、帝国は大軍をこっちに向かわせるだろう。…もっと戦力が整ってからだ」
 「…ふむ。そうですな」

 

 

 木製の大剣と長剣がぶつかり、甲高い音と共に砕け散った。
 二人の剣がぶつかったと同時に、激しい衝撃に耐えられずに砕けてしまったのだ。
 二人は手の痺れを感じながらも、お互いに向き合う。
 「また砕けてしまったな、スカサハ」
 「ああ、この前の戦場では、本物の大剣が砕けてしまった。…あれはビックリしたな」
 「…で、どうしたのだ?」
 「素手で戦った」
 事実である。剣や斧や弓を持った敵相手に素手で戦い、五人殴り殺した後、殴り殺した敵の剣を奪い戦い続けたのだ。
 若木ですら引き抜く怪力のスカサハの腕力である。人間を殴り殺すのは訳がない。
 「相変わらず強引だな」
 鋼で出来た大剣の耐久力を上まわる怪力とは恐れ入った。双子の兄ながら驚嘆せざるを得ない。
 …とは言え、ラクチェの方も同じ事がたまに起こる。
 ラクチェの優れた剣技は、鋭角で確実に敵の急所を捕らえる。鎧の隙間に確実な角度と最小限の力で最大限の効果を発揮する。
 それゆえに、その正確さ故に、折れる。
 スカサハの様に砕けはしないが、折れるのである。
 「…スカサハ。廉価版の武器じゃなく、業物の武器が欲しいな」
 「ああ、シャナン様やオイフェ様の様な名剣が欲しいよな」
 「デルムットやセリス様、レスターなんかは親の武器があって、引き継いでいるけど、私達の親の武器はなかったのかな?」
 「・・・さあな」
 二人は近くの芝生に腰を下ろし、向き合う。
 スカサハは胡座をかいで座り、ラクチェは女らしく正座から脚横に崩したように座る。
 やはり、こういう時は女だなと思う。
 「…スカサハ。私達の両親って、どんな人だったのだろう?」
 二人の親は、ホリンとスカサハ。
 二人共、かつてのシグルト軍の斬り込み部隊であった。
 「シグルト軍の最前線は、アイラとホリンの居る場所だ」
 そう言われた二人が、彼等の両親である。
 シャナンやオイフェの話では、二人とも屈指の剣士であり、特にシャナンは、二人からよく剣を教わった。
 「お前達は、二人の子供だ。良く似ているよ。特にラクチェなんかは、本当にアイラの生き写しだ」
 シャナンは子供の様な邪気の無い笑顔で二人に語ったことがある。
 「…戦い方も、二人の血を引いている。スカサハ、お前の戦い方は父のホリンそのものだし、ラクチェはアイラの戦い方そのままだ」
 ラナとレスター兄妹には、母がいる。
 優しくて、聡明で、美しい母親がいる。
 二人とも、母親の優しく聡明な性格を受け継ぎ、年齢の割には物腰上品で、優しい性格になっている。
 「母親の存在って、大きいよな、スカサハ」
 「そうだな」
 「…もし、もしだぞ。…私達の父上や母上が生きていたら、私達は、今頃どうなっているかな?」
 「さあ、お尻をぶたれる年頃は過ぎたと思うが」
 「…真面目に答えろ」
 涼しげな瞳を妹に向け、優しげだが、鼻で笑い、
 「シャナン様の話では、母上はお前に性格も顔も生き写しだと聞いたから、さぞかし、おっかないお袋になっていたと思うがね」
 「…もういい」
 ラクチェは、凛々しい顔立ちの、硬質だが、生命力と独立心に漲る美貌の顔をしかめた。
 スカサハは、両肩をあげて微かに笑った。

 

 

 斬馬刀と呼ばれる巨大な刀が、イザークに存在する。
 人間大の鉄塊の刀で、柄は両手持ちの為に、太く長くなった刀である。
 その名前の如く、敵の騎士を人間と馬を一気に叩き潰す刀である。
 その六〇kg近い鉄の塊の重量で敵を叩き潰す武器ではあるが、あまりの重量と修得至難な武器であるが故に、使いこなせる人物が少なくなり、今では廃れ、数本の斬馬刀が残るのみである。
 だが、その斬馬刀が、ティルナノグ城の地下倉庫で兵士の一人が発見したとの報告を聞き、シャナンはそれを使いこなせる人材を兵士の中から探した。
 城の訓練場でその巨大な斬馬刀が置かれ、シャナンはその巨大な斬馬刀を手にした。
 さすがのシャナンも自分の体重より重い武器を、両手でやっと持ち上げ何度か振るうが、五回振るえば息も切れ、腕や肩が重くなり、まともに動けなくなる。
 周囲の兵士達も何人かの力自慢が使ってみた。
 さすがに使いこなせそうな者はいなかった。シャナンより使いこなせる人物が一人居たが、怪力自慢の彼も、
 「シャナン様。これは戦場で使うには、辛いものがあります。これでは長時間戦えません」
 そう弱音を吐いた。
 「ふむ、確かにこれほどの重量の斬馬刀を戦場で使いこなせるのは、私の記憶の中では一人しか居なかった」
 斬馬刀の中でも、特に重量のある物だ。
 普通は、六〇kgほどだが、この斬馬刀は、八〇kgある。
 「オイフェ。君は使いこなせるか?」
 傍でいたオイフェは、無言で首を横に振ってから、答える。
 「確かに、この武器は、あのお方の使っていた斬馬刀に近いものがありますね」
 「ああ。…だが、あの人。…ホリンの使っていた斬馬刀はこれより大きかったぞ」
 「ええ、一〇〇kgは、有りましたね。それを片手で振り…」
 オイフェが喋るのを止めた。何故なら兵士達の間で、ざわめきが起こったからだ。
 シャナンとオイフェがざわめきの起こった場所を見ると、双子が兵士達の間から割って出てきたのだ。
 巨大な斬馬刀を見て、スカサハは笑い、シャナンに礼節を尽くした姿勢を整える。
 「シャナン様。この斬馬刀。私が頂戴してもよろしいでしょうか?」
 周囲がざわめく。
 当然である。この武器はとても使いこなせるものではない。この重量を振り回し、戦場で戦い続けるものではないのだ。しかも、戦場まで持っていくだけでも、筋肉疲労を起こしかねないものだ。
 傍にいたセリス、レスター、デルムット、ラナの四人も驚いている。
 だが、シャナンは静かに笑った。
 「いいだろう。スカサハ、片手でそれを持ち上げたら、お前の武器にするが良い」
 片手で。その言葉に周囲が驚く。
 「シャナン様は、気は確かか?」
 「いくらスカサハ様でも片手で持ち上げられる物ではない」
 兵士達は常識で判断した。それと、一六歳のスカサハに、様を付けるのは、スカサハは、イザーク王位継承者順位は、二番目であり、シャナン王子の次に当たるからである。
 スカサハは一礼すると、斬馬刀まで近付き、右腕一本で斬馬刀の柄を握った。
 「シャナン様。この剣、頂戴します」

 …それは、想像を絶する光景であった。
 八〇kgの巨大な鉄の塊が、浮かび上がったのだ。
 しかも、いきなり浮かび上がり、それを天に突き刺すように、スカサハは掲げたのだ。右腕一本で。
 兵士達は、驚愕し、息を呑み込む。
 瞬間!
 スカサハは、巨大な斬馬刀を振りかざした。
 それは、慣性の法則と万有引力の法則を、全く無視した動きであった。
 まるでスカサハは、その斬馬刀を小枝の様に片手で振り回した。
 息も乱さず、自由自在にである。
 巨大な鉄の塊が、木葉の様に宙を舞い、軽々と乱舞する。
 その斬馬刀を宙に投げた。天高く舞った斬馬刀が、回転しながらそのまま落下してきたが、スカサハが腕を微動すらせずに斬馬刀を受け止める。
 その異常な光景に周囲は驚き、驚愕の声が周囲を支配する。
 それを見てシャナンは笑った。甥を見守る優しい眼差しであった。
 「見事だ、スカサハ。確かにその斬馬刀は、お前に相応しい武器だ。…だが」
 軽く拍手しながらスカサハに近付き、その斬馬刀を軽く小突いてみる。
 「あいにく、この斬馬刀は良い鉄を使っていない。何時か戦場で砕ける可能性が高い」
 「そうですか…」
 「…だが、お前にもっと相応しい剣がある。お前の父親が使っていた剣だ」
 意外な台詞にスカサハが驚き、ラクチェもシャナンの優しげな顔を見る。
 「私がまだ子供の頃、お前達の父親ホリンは、その斬馬刀より一回り大きい斬馬刀を使っていた。その巨大な剣を片手で振り回し、無尽蔵に近いスタミナと怪力で、敵を粉砕していった。味方も、お前達の母親でもあるアイラも、ホリンの使う剣を、こう呼んだ。…『斬竜刀』と」
 斬竜刀…。この名前に人々は息を呑み、沈黙を保つ。嘘の様な話だが、誰もシャナンが作り話を言う人ではないと知っていただけに、誰もが信じた。
 「ホリン殿は、その斬竜刀で、トラキア竜騎士団の竜騎士を、一撃で竜と騎士を叩き潰した。…その斬馬刀より、一回り大きく、一〇〇kg近い鋼鉄の塊を、スカサハ。…使える自信はあるか?」
 「…父上の…剣」
 スカサハは、シャナンをただ、身体を震わせ聞いている。
 あったのか、…我が父上の剣が!
 すると、シャナンは、ラクチェの方に向き、髪型の良く似た従妹に、
 「ラクチェ。君も剣士として、一流になってきた。だったら使ってみるか、君の母上の、私の叔母上の使った剣を」
 「お母様の?!」
 ラクチェも驚きの声を上げる。
 「あぁ、斬れ味だけを追求した剣だ。ただし、優れた技量がないと扱えない。的確な角度で敵に叩きつけない限り、ただの鉄の塊にしか過ぎない剣。優れた技量を持つ者しか、その真の斬れ味を発揮しない剣だ」
 双子の剣士は、身体が震え、シャナンを見ている。
 そう、自分達の両親が使ったと言う剣。それを聞き、不思議な感情に捕われる。
 思わず、スカサハが叫ぶ。
 「シャナン様!その私達の両親の剣は、今、どこに?」
 「ここにはない。お前達が使いこなせる日を待ち、ギムル村に住む鍛冶職人のウォルツに預けている」
 ウォルツの名前を知らぬイザーク兵はいない。何故なら、彼はイザークでも指折りの鍛冶屋だからだ。
 シャナンは長身の美丈夫な身体を翻し、双子に背中を向けながら、優しい眼差しを二人に向け、
 「取りに行くが良い。私の署名した手紙を持って」

 

 

 グランベル帝国イザーク占領軍の総司令官は、ダナンである。
 斧戦士ネールの血を引く正統血統者であり、逞しい屈強な肉体は、いかにも歴戦の勇者の印象を与える。
 だが、その鋭い眼光は、精悍と言うよりは冷酷と呼ぶに相応しいマイナスの印象を人々に与える。
 事実彼は、イザークの人間から見れば、冷酷な侵略者であり、最も倒すべき敵である。だが、ダナンは、現帝国内でも、屈強の将軍であり、フリージ家のブルームと並ぶ、帝国の力の象徴とも言うべき存在であり、将軍としての才能は、優秀である。
 その証拠に、イザークを八割制圧したのは彼である。
 だが、シャナンとセリスを探求する任務は未だ達成出来ずにいる。
 いや、何度かはシャナンと接触したのだが、神業に近いシャナンの卓抜した剣技に、多くの有能な部下を失ってばかりいた。
 副官のシュミットに彼は、
 「『スワンチカ』をブリアンに授けずに持ってくれば良かった」
 そう、弱音を吐いていると言う。
 「閣下、イザークは、野蛮人ですが、優秀な剣士が多いのも事実。遊牧民族ゆえに、定住せずに行動出来るゲリラ活動を得意とします。しかも、制圧し兵力が弱くなったとは言え、逆にシャナンが掌握しやすくなり、組織的に活動するようになっています」
 「ああ。…しかし、今のままでも我々が有利だ。…だが、シャナンは倒さねばならぬ」
 「はい、シャナンを倒せば、イザークの組織的抵抗も無くなり、制圧も簡単になるかと思います」
 ダナンは頷き、精力的な肉体を揺さぶり、その精力に漲る顔を破顔させる。
 「見つけたぞ、シャナンを倒す『古代兵器』を」
 その台詞に、シュミットは驚く。
 「…見つけたのですか?」
 「ああ、ダーナ神殿の奥で三〇〇年眠っていたのを、カッシェルが見つけたらしい」
 「…あの、カッシェルが…」

 

 

 スカサハは荷物を馬に乗せ、自分の背中には貰ったばかりの斬馬刀を背負い、腰には水筒や、よく使われるナイフや方向を示す磁石や地図の入った袋を付けた。
 ラクチェも同じ様な旅の姿になり、兄と同じくフード付きのターバンで顔を隠し、腰に長刀を身に付ける。
 そして自分の荷物を、馬に乗せ旅の準備を中庭で整えている。
 傍では、セリス、レスター、デルムット、ラナの四人が、旅に出る仲間を見送りに来ている。
 「…最近、近くまで帝国軍が来ているそうじゃないか、大丈夫なのか?」
 スカサハと並ぶ長身のデルムットが尋ねると、もう一人の長身の少年が、
 「心配しているのは俺達の方か?それとも帝国軍の方か?」
 相変わらずの自信たっぷりな答えに見送る四人は安堵感を覚える。
 「ギムルの村まで三日だが、食料は充分積んだか?」
 ラクチェが言うとスカサハは頷き、最後のチェックに入った時、彼等の元に、長身の美丈夫な肉体と、気品と強さを融合させた顔の、彼等の従兄であり、現イザークの最高責任者がやってくる。
 「シャナン様!」
 ラクチェが少し、声を高めて嬉しそうに言う。
 シャナンは静かに笑い、手に持っている手紙を二人の前に出す。
 「ウォルツ老への手紙だ。これを見せると、彼は協力してくれるだろう」
 「はい」
 「はい」
 双子は頷き、ラクチェがその手紙を受け取る。
 「気を付けてな。無茶はするなよ」
 「はい、シャナン様」
 「分かりました」
 「…特にラクチェ。お前は向こう見ずな所がある。スカサハの指示に従うのだ」
 「…でも、…は、はい」
 反論しようとしたが、シャナンに特別な感情を持つ彼女は引く事を選ぶ。
 「スカサハ。お前も時に手を抜く癖がある。ラクチェの脚を引っ張るなよ」
 「ええ、脚は引っ張りませんが、面倒な事はラクチェに任せます」
 涼しげな瞳で、相変わらずの余裕のある口調と態度。
 周囲が苦笑し、ラクチェが兄の頭を小突く中、シャナンは、二人が、両親の剣を持って帰って来る事を確信した。

 こうして双子が、一頭の馬を連れ北へ向かい、ギムルの村へ旅立ち、その背中をシャナンが見送る。
 その彼の背後で、オイフェが、困った顔をしながらシャナンに呟く。
 「シャナン様もお人が悪い。ウォルツがそう簡単に人に会うと思いですか?」
 「おや、言わなかったかな?」
 「言っていませんよ。シャナン様の手紙があると言っても、そんなもの通用する御老人とは思えぬのですが?」
 シャナンは身体を翻し、オイフェの横を通り抜ける時に、彼の肩を軽く叩いて、
 「大丈夫だ。あの二人なら無事に両親の剣を持って帰ってくるさ」
 「…スカサハの自信過剰は、シャナン様の血筋でしょうね」
 「私は自信過剰ではない。事実しか口にしないだけだ」

 

 

 …こうして、後に帝国軍から、『死神兄妹』と呼ばれる双子が、両親の剣を求めて旅に出た。
 これは、セリス王子が、反旗を翻す二年ほど前の話である。
 双子の前に、強力な敵が現れる事は、まだ、誰も知らない。

 


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