乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

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  第十五話 歯をくいしばって、がんばります  

「はい」
 私は答える。
「私は、国王陛下に仕える騎士ロレンツォだ。ソフィアさん、今からわれわれと城に来てほしい。陛下に対面して、ここであったすべてのことを話してくれ」
「もちろんです」
 私は言った。
「隊長。俺はジュリアの家に、ミケーレを助けに行きます。ソフィアをお願いします」
 リカルドがロレンツォに言う。しかしロレンツォは顔を厳しくした。
「それはならん」
「なぜですか?」
 リカルドはとまどった。彼は今すぐにミケーレのもとへ行きたいのだろう。私も同じ気持ちだ。
「相手は侯爵家だ。騎士ひとりが行っても、邸の中には入れてもらえない。さらにジュリアは、やみ魔法が得意な魔法使いだ。対してわれら親衛隊は、根が単純なやつが多いのか、光魔法が得意な者が多い」
 ロレンツォは言ってから、空を見やる。太陽はすでに落ちかかっている。夜が来るのだ。やみの魔法にとって有利で、光の魔法にとって不利な夜が。
「今から城に戻り、ことの次第を国王陛下にご報告申し上げる。おそらく陛下は、私たちに侯爵家に向かうようにお命じになるだろう。われわれは明日、日の出を待って、陛下の命令書を携えて侯爵家へ行く」
 それが正しいやり方だ、と分かった。だが私は唇をかむ。今すぐミケーレのもとへ行きたいのに。リカルドも、くやしそうにうつむいた。
「ソフィアさん、君の大切な人をすぐに救出できなくてすまない」
 ロレンツォは腰を落として、私より低い位置から謝ってきた。彼は誠心誠意、謝罪している。
「いえ。ミケーレ君をお願いします」
 私は笑顔を作る。あまり上手に笑えなかったが。
「わが主、アンドレア国王陛下の名にかけて」
 ロレンツォは力強い声を返す。彼はさっと立ち上がり、リカルドに命令した。
「リカルド、レディの扱いは心得ているな? 彼女を、王城の国王陛下のもとへお連れしろ」
「はい」
 リカルドが返事をすると、ロレンツォは立ち去った。私は、国王と会うのは初めてだ。正直な話、緊張する。けれど国王はミケーレの父で、息子を愛している。ミケーレのために尽力してくれるだろう。私はきっと、国王とうまく話せる。
 国王はゲームの世界では、主人公のサラがミケーレとくっつく場合にのみ現れる。このルートのときだけ、国王はわが子の卒業を祝うために、コルティーナ魔法学校の卒業・進級パーティーにやってくるのだ。そしてサラにほほ笑みかける。
「君は息子を笑顔にした。それは、やみのドラゴンを倒したことよりすごいことだ。ありがとう。心より感謝する」
 そこまで思いだして、私は考えた。私は、本編には出てこないモブキャラだ。悪役令嬢という主要キャラのジュリアに立ち向かうのは厳しい。悪役令嬢に勝つのは、誰だろう。それは……。
「リカルド。王城へ行く前に、寄ってほしい場所がある」
 私の唐突なお願いに、彼は驚く。
「彼女が味方になってくれるか分からない。もしかしたら、ジュリアみたいに敵かもしれない」
 前世の知識があるかもしれない。ないかもしれない。性格のいい子かもしれない。悪い子かもしれない。何もかも分からない。
「でも会ってみたい。助けてくれと頼みたい。ミケーレ君のためにやれることは全部、やっておきたい」
「彼女って誰だ? 俺の知っている人か?」
 リカルドは、まゆをひそめた。
「知らない人よ。私も会ったことはない。けれど私は彼女を知っているし、どこに住んでいるのかも分かっている。この国で、もっとも魔法の才能がある女の子。特に光の魔法が得意で、将来は光の聖女とまで呼ばれる」
 明るい性格で、ちょっと勝気な少女だ。みんなから愛されて、運も強い。運の強さは、主人公補正というものだ。私の説明に、リカルドは当惑している。しかし私は止まらない。私は彼女に、いちるの望みをかける。
「このゲーム、『光のスペランツァ』の主人公サラ。悪役令嬢ジュリアに勝てるのは、――ミケーレ君を助けだせるのは、ヒロインのサラだけ」
 リカルドは少しの間、黙って悩んだ。私の言っていることが理解できないのだろう。だが彼はすべてをのみこんで、うなずいた。
「分かった。お前を信じる。行こう」
「ありがとう」
 私は感謝した。リカルドのさきに立って歩きだす。たとえサラとミケーレが出会って、ゲームの展開どおりにふたりがひかれあっても構わない。ミケーレが笑顔でいるなら、私は身を引ける。どれだけつらくても、笑ってみせる。
「場所はどこなんだ? 城から近いのか?」
 リカルドはたずねる。
「ある程度、近いわ。それから、あなたの家の近所よ」
「え?」
 リカルドは目を丸くした。サラの両親は、王都で小さな食堂を営んでいる。パスタもピッツァもおいしく、スイーツも絶品だ。いわゆる隠れ家レストランで、テーブルが四卓、カウンター席が五席あるのみだ。
 地元の人たちから愛されて、いつも食堂は混んでいる。ときに、王侯貴族もお忍びで食べに来る。実際にゲーム本編では、ミケーレ王子がお忍びでサラに会って食事をするために来た。
 だがこじんまりとした食堂なので、リカルドは知らなかったのだろう。私は食堂の存在を知っていたが、サラと鉢合わせしたくなくて避けていた。
 日はどんどんと落ちて、あたりは暗くなる。私とリカルドが着いたとき、食堂はすでに閉まっていた。意気ごんでいただけに、私は落胆する。
「明日、出直した方がよくないか?」
 リカルドが提案する。常識的な意見だった。
「そうね。でも……」
 私はあきらめきれず、食堂の二階を見上げた。そこでサラと彼女の弟と両親は、暖かな夕食を囲っているはずだ。ところが私は首をかしげた。二階に、明かりがいっさい見えないのだ。誰もいないかのように、静まりかえっている。
 私は不審に思って、食堂の玄関扉に手をかけた。扉にはカギがかかっておらず、すんなりと開いた。
「どういうことだ?」
 リカルドが、けげんな顔をする。もしサラたちが旅行などで留守にしているのなら、きちんとカギをかけるだろう。なのにカギがかかっていない。リカルドは魔法の呪文を唱えて、剣を出現させた。私も臨戦態勢になって、杖を出す。
「俺がさきに入る」
 リカルドは警戒しつつ、食堂に足を踏みいれた。私は彼に続く。食堂の中は暗い。
「ルーチェ」
 私は魔法で、あたりを明るくした。
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