乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

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  第十四話 敗北。それから……  

 地面に落ちたのだろう、背中と腰に強い衝撃が走る。私はぐっと息を詰まらせた。意識が遠のく。どれだけ意識を失っていたのか、気づくと、ジュリアの声が近くで聞こえた。
「さぁ、剣を捨てて」
「分かった。だが、お前がソフィアから離れるのがさきだ」
 リカルドの声だ。私は仰向けに倒れた状態で、目を開けた。目の前には黒色の魔法の杖があり、私はぎょっとする。やみをまとう杖が、私の鼻さきに突きつけられているのだ。
 私は体を動かそうとした。とたんに、体中に痛みが戻ってくる。痛くてたまらない。体はほとんど動かず、声も出せない。魔法が使えない。
「あなたがさきに剣を捨てなさい。私の方が、圧倒的に有利な立場にいるのよ」
 ジュリアの怒った声。いきなり右腹に激痛が走った。私は、うめき声を上げる。おそらくジュリアが杖で、私の腹をたたいたのだ。私は両目をつぶって、痛みに耐えた。
「やめろ!」
 リカルドがさけぶ。駄目よ、リカルド。剣を離してはいけない。私は、そう言おうとした。ところが痛みが強く、声が出ない。ジュリアは、平気でうそをつく少女だ。リカルドが剣を手放したら、どうなるのか分からない。
 ミケーレは今、どこにいるのか? 無事なのか? 彼は私をかばって、まともにジュリアの魔法を受けた。ミケーレは私より、ひどい状態にちがいない。私の意識は遠のいていく。暗いやみに沈んでいった。
 次に目覚めたとき、私は変わらず地面に倒れていた。けれど私の額に、コルティーナ魔法学校の先生が片手を当てている。薄桃色の光を放つ回復魔法だ。体の痛みは、なくなっていた。
「気がついた?」
 先生は私にほほ笑みかけて、額から手を離した。初老の女性で、もう何十年も生徒たちにいやしの魔法を教えている。
「先生、おひさしぶりです」
 私は起き上がった。彼女に会うのは、卒業以来だ。
「助けていただいて、ありがとうございます」
 私は心から、お礼を述べた。空はすっかりと赤い。夕焼け空だ。公園の中には、学校の先生方と城の騎士たちがいた。リカルドは、同僚の騎士たちと話しあっている。リカルドは無傷だ。私と同じく、誰かに回復魔法をかけてもらったのだろう。
 どこを見回しても、ミケーレとジュリアの姿はない。私は不安に思ってたずねた。
「先生、ミケーレ君の居場所をご存じですか?」
「ごめんなさい。私はくわしいことは分からないの。あなたが重傷だったから、あなたにつきっきりで」
 先生は困った顔で答える。
「いえ。ありがとうございました」
 私は再び頭を下げた。先生の魔法のおかげで、私は今、ぴんぴんしている。服も汚れていないので、復元魔法をかけられたみたいだ。リカルドが私に気づいて、やってきた。
「よかった、ソフィア。心配したぞ」
 彼はほっとして、笑顔を見せる。
「リカルド。あなたが先生方や騎士たちを呼んでくれたのね、ありがとう」
 私はまずお礼を言った。しかしリカルドは苦い顔をして、首を振る。
「公園はこの惨状だ。俺が気絶している間に、みんな勝手にやってきた」
 改めて見ると、公園はまさに大火のあとだ。火は消えているが、樹木はすべて焼けこげている。花壇もベンチも消しずみだ。リカルドがあれだけ暴れたのだ。当然の結果だろう。
「学校に近い公園だからな。先生たちは校舎から、俺の落とした雷を見た。その後、公園の木が燃えているのに気づいて、あわてて来たらしい」
 先生方は、生徒同士が私闘をしていると考えたようだ。彼らは公園の消火活動をして、倒れている私とリカルドを発見した。私たちを炎と煙から助け出し、すぐさま回復魔法をかける。私たちが今、無事なのは先生方のおかげだ。
 城から騎士たちもやってきた。公園付近に住む住民たちから、公園が火事という報告を受けたのだ。リカルドは意識を取り戻して、騎士たちと先生たちに事情を説明する。そうこうするうちに、私が目覚めたらしい。
「リカルド、ミケーレ君はどこなの?」
 私は問うた。けれど本当は、察しがついていた。リカルドはつらそうに顔をしかめる。
「ミケーレはジュリアについて、彼女の家に行った。すまない、ソフィア。俺は、お前もミケーレも守れなかった」
 リカルドは謝罪する。私の気持ちは重くなる。私は一度、両目をつぶってから、首を横に振った。
「謝るのは私の方。ミケーレ君は私の命をたてに取られて、ジュリアに従ったのね」
 口にしたとたん、情けない気持ちで泣きそうになった。リカルドは答えない。おそらく、私の言うとおりなのだろう。私を人質に取られて、リカルドは剣を手放した。そして同じように、ミケーレはジュリアに連れていかれたのだ。
 自分の無力さがくやしかった。どうして私は脇役なのか。前世の知識があるだけで、チート能力がない。乙女ゲームの世界に転生するなら、主人公のサラとして産まれたかった。やみを打ちくだく、光の聖女に。
「ジュリアはミケーレに、また記憶改ざん魔法をかけると言った」
 リカルドは冷静に話す。
「だがミケーレは、同じ魔法に何度もかかるほど、まぬけではない」
 彼の青の瞳には、力があった。私はうなずく。ミケーレは強く、賢い少年だ。するとリカルドの背後から、ひとりの壮年の騎士がやってきた。
「リカルド」
 呼びかけに、リカルドは振り返る。
「ロレンツォ隊長、来てくれたのですね」
 安堵の声を上げる。このおじさんの騎士は、国王親衛隊の隊長なのだろう。つまりリカルドの上司だ。ロレンツォは厳しい調子で言った。
「ミケーレ様が連れさらわれた、と報告を受けたからな」
 彼は、公園の中を見回す。それから、まゆをひそめた。
「とんでもない惨状だな。お前がこれだけの力を出して、なおかつ負けるとは」
「申し訳ございません。ミケーレ、――様を救出した後で、どんな罰でも受けます」
 リカルドは頭を下げた。彼の肩を、ロレンツォはぽんとたたく。
「責めているのではない。お前が勝てなかったんだ、相手は相当な力の持ち主だな。十五才の少女とは思えない。やみの魔法が得意と聞いたが、合っているか?」
「はい。彼女がもっとも得意なのは、やみ属性の魔法です」
 私は遠慮しつつ、彼らの会話に割りこんだ。やみの魔法は、記憶や心を変える魔法と同様に難しい。四十代以上のベテランの魔法使いたちが好んで使う魔法だ。
 逆に十代の若者は、単純な光の魔法が得意になるケースが多い。だからジュリアは、やはり特別なのだ。ロレンツォは私に、優しくほほ笑みかけた。
「君がソフィアさんだね? ミケーレ様の婚約者で、王立魔法薬研究所所員の」
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