悪役令嬢と変態騎士の花園殺人事件

戻る | 続き | 目次

  8 危ない部屋で危ない男とふたりきり  

 そこは城の小食堂だった。いや、もと食堂だろう。長テーブルに、たくさんのいすがある。テーブルの上には、ノートや地図や、花園の校舎の見取り図が広げられている。飲みかけの紅茶のカップも、ふたつあった。
 壁は、背の高い棚で埋まっている。本棚には本が、ぎっしりと詰まっている。引き出しのたくさんついた棚には、何が入っているのか。棚の上には、箱やつぼが置いてある。とにかく、ものだらけの部屋だ。
「資料室というだけあって、いろいろなものが置いてあるのですね」
 私は好奇心から、部屋の中を見回した。
「そうですよ。たとえば、アイビーさん殺害時に犯人がはおっていた雨具、――黒色のコートもあります。返り血でべったりです」
 ヒューゴは楽しそうに笑った。私はぎょっとする。
「二階の第五学年の教室に、無造作に捨ててありました。見ますか?」
 ヒューゴは聞いてきたが、私は首を振った。そんなきみの悪いものは見たくない。
「殺害現場で発見したものはすべて、この部屋に保管しています。私たちは殺人事件の専門家です。ちりひとつ見逃しません」
 嫌な部屋だ、と私は思った。ヒューゴは私をイスに座らせると、テーブルの上のノートを取った。あるページを開いて、私の前にノートを置く。そこには、大勢の人の名前が書かれていた。
 アイビーを中心として、彼女の家族、恋人、友人、クラスメイトの名前だ。教師、清掃員、庭師など花園で働く天使たちの名前もある。当然、私の名前もあった。
「花園は、部外者の立ち入りに厳しい学校です。アイビーさんを殺したのは、通り魔ではありません。――誰が犯人ですか?」
 ヒューゴは私の向かいに腰かけると、にんまりと笑った。私はごくりと、つばを飲みこむ。彼の名前を探して、指さした。
「イネスさんですか。彼は私も、お勧めの容疑者です」
 ヒューゴはにこにこと笑う。レストランで昼食のメニューを選ぶような気軽さだ。私はげんなりした。気が進まないが、説明する。
「まず、イネスには動機があります」
「あるでしょうね。おとなしい彼が唯一、心を開いていた相手がアイビーさんです。アイビーさんの友人に聞きましたが、アイビーさんは誰にも打ち明けていない秘密を、イネスさんにだけ打ち明けていたそうです」
 その友人は、アイビーはイネスと恋人になると思っていたそうだ。
「なのにアイビーさんは、イネスさんを裏切りました」
 ヒューゴはにやにやと笑う。こいつはきっと、他人の不幸は蜜の味というタイプだ。こんな男とふたりきりになって、私は大丈夫か?
 さきほどのイーサンのせりふは、「おい、待て! その子は私の妹みたいな存在だ。おかしな場所に連れていくな。――変なことをしたら、殺すぞ、てめぇ!」だった。彼はブチ切れた。お兄ちゃんは私を、すごく心配している。
 私は不安になってきた。この部屋には、バールのようなものとか青酸カリとか、血で書かれたダイイングメッセージとかがありそうだ。……考えるのはやめよう。
「次にイネスには、アリバイがありません」
 私は気を取り直して言う。
「アリバイとは何ですか?」
 ヒューゴは目をぱちぱちさせる。しまった。この世界には、不在証明(アリバイ)という言葉はないのか。スマートフォンだの電車だの、変なことを言う天使と思われてしまう。私はあせった。けれどヒューゴには、すべて打ち明けるつもりだし、
「アイビーが階段の踊り場で刺されたときに、自分はそこにいなかった、別の場所にいたという証明です」
 私はどきどきしながら説明した。ヒューゴは感心したようにうなずく。
「おもしろい言葉を知っていますね。あなたを第三隊に引きいれたいほどです」
「いえ、結構です」
 私は断った。ヒューゴは気にせず、しゃべり続ける。
「そうなると、アリバイがあるのがイーサン殿下とノアさんとオスカーで、アリバイがないのがあなたとイネスさんですね」
 彼はのみこみが早い。一週間前、ノアとオスカーにはアリバイがないと、ヒューゴは言っていた。しかしアリバイが証明されたらしい。そしてなぜ、オスカーだけ呼び捨てなのか。少しふしぎだった。
「最後にイネスは、死体の第二発見者です。『犯人は現場に戻る』とよく言います」
 私は言った。ヒューゴの目が好奇心に輝く。また、やってしまった。これも前世で得た、推理ドラマとかの知識か。私は嫌な汗をかいた。でもヒューゴには前世のことを話すつもりだし、問題ない。私は気分を落ちつけて、話を続けた。
「イネスはアイビーを、階段の踊り場で殺しました。あそこの階段は、あまりのぼり降りする生徒がいないのです」
 だから案外、殺人に最適だ。ほかに適切なのは、中庭だろうか。冬なので、寒くて人が少ないのだ。
「その後、踊り場から二階に逃げました。血のついたコートを捨てて、別の階段から一階に降りました。それでまた、階段の踊り場へ向かいました。けれどさきに、私とアリアとエマがいたのです」
 イネスはアイビーの死体に、驚いたふりをしたのだろう。私には、本当に驚いたように見えたが。でも多分、演技だったのだ。ヒューゴは熱心に、私の話を聞いていた。
「アイビーさんの死体についていた白い羽は、どう説明しますか?」
 ヒューゴは、ふわりと翼を広げた。
「私たちは自分の意志で、翼を出したり消したりできます。しかし興奮すると、翼が出てしまいます。天使を殺すこと以上に、興奮することはありません。だからアイビーさんを殺したのは、翼のある天使です」
 彼はにやりと笑う。乙女ゲームでも、その設定はあった。しかし、恋心を抑えきれずに翼が出現するという、かわいい設定だった。
 私は三年前、イーサンと婚約した。イーサンは私の前にひざまづいて、私の手のこうにキスをした。だが彼の背中に、翼は見えなかった。イーサンは正直だ。
「イネスは翼を持っています。彼は翼を隠しているのです」
 私は言った。ヒューゴは驚いて、目を丸くする。彼の本気で驚いた顔は、初めて見たかもしれない。この秘密は、イネスの個別ルートで分かる。
「イネスは平民とされていますが、実は王家の血を引く王子です。その証拠に彼には翼があり、彼は王家の紋章の入ったナイフを持っています」
 ヒューゴはまじめな顔で、私を見る。彼は身を乗り出した。
「ナイフについて、もっと教えてください。どのような見た目のものですか?」
 私は前世のゲームで見たスチルを思い出した。ナイフについては、そこまできっちりと描かれていなかったが。
「護身用の小さなものです。ほとんど装飾はなくて、黒色です。王家の紋章だけが入っています。やいばは細く、まっすぐです。イネスはナイフを、いつも持ち歩いています。自分の本当の身分を証明する、唯一のものですから」
 そして個別ルートで、恋人のアイビーにだけ見せてくれるのだ。イネスは王子という身分を取り戻すことはないが、アイビーと幸せな結婚をする。
 ヒューゴは片手を額に当てて、考えこんだ。おそらく次に、なぜそれを知っているのか? という質問が来る。私は覚悟した。今まで誰にも内緒にしていたが、ついに乙女ゲーム転生の話をするときが来た。しかしヒューゴは、くっくっくとおもしろそうに笑いだす。
「あなたの話にのってみましょう」
 私を見て、楽しそうにしゃべる。
「私とあなたで、イネスさんに会いに行きましょう。犯人と直接対決です。心おどるでしょう?」
「いえ、まったく」
 私は引きつった顔で否定した。
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2018 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-