悪役令嬢と変態騎士の花園殺人事件

戻る | 続き | 目次

  9 犯人(仮)に当たってくだけろ  

 城外に出るので、ヒューゴは腰に剣をはいた。少し長い金髪を後ろでひとつにまとめ、しっかりとくくる。藍色のマントをはおると、マントの背には騎士団の紋章が刺しゅうされていた。銀色のワシと大きな剣だ。
「こんな小娘の言うことを当てにするとは、われながら酔狂だ」
 彼は低い声でつぶやいて、にたりと笑う。ヒューゴは、いつでも剣を抜いて戦える状態だ。私は緊張した。本当にイネスが、アイビーを殺したのか。自分で主張したくせに、不安になってくる。私とヒューゴは馬車に乗って、城外に出た。馬車の中で、ヒューゴが、
「イネスさんは自宅ではなく、貴族のレノン家にいます」
 と言う。レノン家の当主が、イネスのパトロンなのだ。当主はイネスの才能を認め、数年前から金銭的な支援を行っている。またイネスを花園に入学させたのも、彼だ。
 レノン家に到着すると、ていねいに応接室に通された。私はヒューゴと並んで、ソファーに座る。緊張してどきどきした。イネスと学校以外で会うのは初めてだ。しかもこんな風に対面するなんて。
 しばらく待つと、扉からイネスが現れた。彼は、線の細い美少年だ。もの静かな性格で、声を荒げることはない。もともとやせているイネスだが、一段とやせたように感じる。私はつらくなった。
「シエナ、なぜ君がその男と一緒にいるんだ?」
 イネスは心配そうに問いかける。
「あなたに聞きたいことがあって、ここまで来たの」
 私は座ったまま答えた。けれど、いざ本人を前にすると、アイビーを殺したの? とは聞けない。
「あなたがアイビーさんを殺したのですね?」
 ヒューゴが楽しそうに話しかける。私はがくっと、こけそうになった。この男に、まともな神経は存在しない。イネスは苦笑して、向かいのソファーに腰かけた。
「凶器は見つかったのですか?」
「残念ながら、見つかりません」
 ヒューゴは口をへの字にした。イネスは不満げに言いかえす。
「この邸にしょっちゅう来るより、花園で凶器を探してください」
「凶器は凶器で探しています。ですが、犯人を探す方が優先です。殺人犯が誰か判明すれば、凶器も見つかるでしょう」
 ヒューゴは気楽に笑う。
「そんないい加減な……」
 イネスは嫌そうにつぶやいた。それから彼は、私の方を心配そうに見る。
「シエナもヒューゴに疑われているのだろう。だからこんなところまで、連れられてきたのか?」
 私は申し訳なくなった。私はイネスを犯人と疑って、ここまで来た。
「いえ、私は自分の意志で来たの」
 イネスは、ため息を吐いた。
「君も、僕が犯人と考えている?」
 私はおずおずと、うなずいた。イネスは悲しげに笑う。
「犯人とみなされるのは、光栄だよ。僕はアイビーを憎んでいた。愛していたからこそ、強く憎悪していた」
 ヒューゴはおもしろそうに、両目を細める。イネスは話し続けた。
「君は僕の反対だ。君はイーサン殿下と仲がいいけれど、彼に恋していない。だからアイビーを殺した犯人は、君より僕がふさわしい。ノアさんとオスカーさんもそうだ。彼らはあまり、アイビーを愛していなかった」
 イネスは疲れているように見えた。目の下には、くまができている。
「だからアイビーさんを殺したのは自分、と言いたいのですか?」
 ヒューゴがにやりと笑う。イネスはぼんやりと、中空を見た。
「アイビーは自殺した、と僕は考えています。アイビーの死の前日、僕は温室にいました。美しい花々を描いていたのです。アイビーとイーサン殿下は、僕に気づかずに別れ話をしていました」
 嫌なものを見たと、イネスは顔をゆがめる。
「アイビーは、あなたに捨てられるなら死んでやると言っていました。死んで最初からゲームをやり直すと」
「ゲーム?」
 ヒューゴは笑みを消し、まゆをひそめる。私はぴくりと体を動かした。ゲームとは、「天使たちのティータイム―翼のありか―」のことだ。アイビーはイーサンルートで失敗して、自殺したのか? どこにあるのか分からないが、リセットボタンを押したのか?
 そしてゲームを最初から、花園に編入するところからやり直したのか。それともやり直しできずに、死んだままなのか。ただそれらは、今の私が考えても分からないことだ。イネスは、ふっとほほ笑んだ。
「それはアイビーが、僕にだけ教えてくれた秘密です。彼女は、特別な知識を持っていました。僕の秘密も、彼女は知っていました」
 アイビーは私と同じ、前世の記憶を所持する転生者だ。私は息をつめて、イネスを見る。アイビーは自分の前世を、イネスに打ち明けたのだろう。アイビーとイネスは、本当に親密だったのだ。ヒューゴは探るような目つきで、私とイネスを見ていた。
「アイビーにとって、世界は、――花園の美しい花々は自分を彩るためのものでした。僕にとっても、そうでした。そんな彼女にとって、恋人に捨てられるのは耐えられないことだったのでしょう」
 イネスは気だるげに、ソファーにもたれる。アイビーは主人公だから、彼の言うことは合っている。イネスは少し黙ってから、また口を開いた。
「昨日、オスカーさんから聞きました。ヒューゴはアイビーに思い入れがあると」
 私はけげんに思って、ヒューゴを見た。アイビーとヒューゴに、つながりがあったのか。ヒューゴは暗い笑みを浮かべる。
「そんなことを教えるなんて、あとでオスカーを説教しないといけません。えぇ、おっしゃるとおりです。アイビーさんを見つけ国王陛下に報告したのは、――彼女をムーア家に導いたのは、私ですから」
 アイビーは、ムーア家当主の弟の私生児だ。彼女は幼いころに母親をなくし、ひとりで貧しく暮らしていた。ある日、貴族の男が、自分はアイビーの父だと言って迎えに来る。アイビーはムーア家で、ぜいたくに暮らすようになる。
 彼女は当主の勧めで、花園へ編入する。そこからゲームは始まるのだ。花園で魅力的な男性たちと出会い、恋に落ちる。典型的なシンデレラストーリーだ。
 どういう形か分からないが、ゲームのプロローグにヒューゴがからんでいたらしい。私は静かに驚いた。ヒューゴは笑っている。
「アイビーさんが危険な目にあうとしたら、ムーア家の中と思いこんでいました。私も未熟ですね。彼女の死を無念に思っています。だからアイビーさんのために、できるだけのことをしたいです」
 ムーア家は危ない場所なのか、と私は疑問に思う。ムーア家は、あまりゲームに出てこなかった。私は転生してから、アイビーに異母兄がいると知った。花園の卒業生らしい。
「アイビーを殺した犯人として、ムーア家の天使たちを疑わなくてもいいのですか?」
 イネスはうっすらと笑んだ。
「生徒の家族や卒業生でさえ、花園には自由に入れません。学校長の許可が必要です。アイビーさんを殺したのは、花園の生徒、もしくは教師など花園で働いている天使たちです」
 ヒューゴは冷静に反論する。
「その一方で花園は、生徒たちの持ちものに無関心です。剣もナイフも、簡単に持ちこめます」
 あなたが犯人です、と彼はおごそかに告げた。
「そろそろ自白して、隠している翼を見せてくれませんか?」
 イネスの目が、驚きに見開かれる。私は怖くて、息ができない。イネスの顔を、暗い影が覆った。彼はつらそうに両目をつぶる。
「凶器を探してください。アイビーはみずから死を選んだのです」
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2018 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-