悪役令嬢と変態騎士の花園殺人事件

戻る | 続き | 目次

  7 王子と私の微妙な関係  

「そうです」
 ヒューゴは軽く答えた。それから、ちらりと私を見る。
「三年前に、私が花園に入学するとともに婚約しました。その後、イーサン殿下から交際したい女性ができたと言われ、去年の十二月に婚約を解消しました」
 私は説明した。婚約解消には、ゲームの知識がある私は驚かなかった。しかし私の周囲はちがった。特にアイビーのことを知らない家族は、びっくり仰天だった。花園でも、だいぶ驚かれた。婚約解消直後は、私は花園中の注目を浴びた。
 私とイーサンは結婚する、イーサンはアイビーと付き合わないと、周囲から思われていたのだろう。イーサンは申し訳なさそうに、私を見ている。彼を苦しめてしまい、私はつらくなった。ヒューゴは困ったように、私とイーサンを見る。
「恋人を取られて、恋人を取った女性を殺してしまう天使もいます。しかしあなたからは、殺しをするほどの情念を感じません」
 ヒューゴは、うーんと悩む。
「イーサン殿下は、まだ学生とはいえ、結構いい男と思います。あなたは約二年間も彼のそばに婚約者としていながら、彼を愛していなかったのですか?」
 ヒューゴは、ふしぎそうにたずねる。私は返事に困った。もしも私にゲームの知識がなければ、恋に落ちたのかもしれない。けれど私は、シエナはイーサンの妹のような存在で、イーサンは攻略対象キャラと知っていた。だからゲームの設定に従った。
 イーサンが私をかばうように、前に立つ。
「婚約解消の非は、すべて私にある。これ以上の詮索は許さない」
 私には、彼の広い背中しか見えなくなった。イーサンは私の家族にも、すべて自分が悪いと言った。私の父母がひどいことを言っても、黙って耐えた。でも本当は……。
「分かりました。別の質問をしましょう」
 ヒューゴはさっと引いた。
「シエナさん、あなたはアイビーさんが殺されてから今日まで、外出をしましたか?」
 私は意を決して、イーサンの背中からひょいと顔を出した。ヒューゴがぶっと吹き出す。
「何がおかしいのですか?」
 私ははずかしくなって、怒った。イーサンも怒って、ヒューゴをにらむ。ヒューゴは笑いを収めると、どうぞ答えてくださいと手ぶりで示した。ただ彼の両目は笑ったままだ。
「今回が初めての外出です。ひさびさに外の空気を吸いました」
 私は不機嫌なまま答える。けれどヒューゴのおかげで、感傷的な気分はなくなった。変態も、たまには役に立つ。
「なぜ家に閉じこもっていたのですか?」
 ヒューゴは意外そうに聞く。
「体調をくずしていたからです。アリアとエマも体調をくずし、今日、私の家に来たのが初めての外出です。……いえ、アリアだけは、アイビーの葬儀に出席しました。だから彼女だけは二回目です」
 私は思い出しつつしゃべる。私とアリアとエマは、手紙のやり取りだけはしていた。またおとといはクラスメイトのベッキーとロザリーが、私の家に見舞いに来てくれた。騎士たちが花園を封鎖しているという情報は、彼女たちから知った。
「最近、寒いので、三人そろってカゼでもひいたのですか?」
 ヒューゴはたずねた。イーサンがあきれたように口を開く。
「カゼなわけがないだろう。シエナたちは遺体の発見者だ。私だって……」
 イーサンは言いかけて、つらそうに黙った。眉間にしわが寄っている。彼も心身の調子をくずしていたのだろう。けれど彼は、それを表に出す天使ではない。ヒューゴはおもしろくなさそうにイーサンを見て、次に私に視線をやった。
「あなたとアリアさんとエマさんの家は、私たち第三隊の騎士が見張っています。なのにあなたたちは全員、体調不良でベッドだったのですね」
 私はうなずいた。ただ、見張られていたとは知らなかった。ヒューゴは疲れたように、ため息を吐く。
「あなたたちを一週間も、自由に泳がせたのに。あなたたちは犯人ではなさそうです。イーサン殿下も犯人ではなさそうだし、……困ったなぁ」
 彼はぼやいた。
「ちょっと待て」
 イーサンはヒューゴを制止する。
「今のでなぜ、私まで容疑者ではなくなる?」
 自分が無実になったのに、ちょっと待てはおかしな話だ。しかしイーサンは、まじめだから仕方ない。
「殿下は、隠し通路は花園の温室につながっているとおっしゃった。それが事実かどうか調べている最中ですが、もし事実なら殿下は無実です」
 ヒューゴは、にこにこと説明する。
「なぜなら温室から、アイビーさんの見つかった校舎内の階段は遠いです。誰にも見つからず、移動することは不可能でしょう。ましてや殿下は目立つ方。なので殿下も犯人ではなさそうです」
 イーサンはあっけにとられた。私も驚いてから、納得する。確かにイーサンに、犯行は無理そうだ。となると犯人は……。
「ヒューゴ、私とふたりきりになってくれませんか?」
 私は彼に詰め寄った。ヒューゴとイーサンは、目を丸くする。ヒューゴはうれしそうに笑った。
「やっぱりあなたが、アイビーさんを殺したのですね?」
「ちがいます」
 私はかちんときたが、こらえた。イーサンは私を、心配そうに見ている。
「大事な話があるのです。あなたにしか話せません」
 私はヒューゴの顔を見上げて、切実に訴えた。この世界は乙女ゲームだの前世の記憶があるだのなんて話は、変人のヒューゴにしか話せない。ヒューゴは気味悪そうに、まゆをひそめた。
「私に愛を告白したいのですか? それなら、ここで手短にお願いします」
「ちがいます。もっとあなたが喜ぶ話です」
 私はぶち切れそうになったが、我慢した。ヒューゴは顔をぱっと輝かせる。
「分かりました。では王城内にある第三隊の資料室へ行きましょう。部外者立ち入り禁止ですが、あなたは特別に招待します」
 ヒューゴは私の手を取って、スキップするようないきおいで部屋から出ようとする。
「おい、待て! その子は私の……」
 イーサンの声が追いかける。が、ヒューゴは無視して、私を連れて部屋から出ていった。
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2018 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-