悪役令嬢と変態騎士の花園殺人事件

戻る | 続き | 目次

  5 大好きな友だち  

 殺人事件が起きたために、花園は長期、休校になった。ものものしい騎士たちが、花園を封鎖している。ただ事情を話せば、忘れものを取りに教室へ行ったり、アイビーの死んだ場所に花をそなえたりできるらしい。
 アイビーの葬儀は、彼女が殺された日の翌日に行われた。私は体調不良のため、また容疑者として周囲から見られることが怖くて、出席しなかった。葬儀の日、窓から外を見ると、粉雪が舞っていた。きれいで悲しかった。
 そして今、アイビーが殺された日から、一週間がたった。再び、金曜日だ。
「まだ私たちも容疑者かな? 学校も、いつまで休みなんだろう」
 私の家に遊びに来たエマが、不安そうに問いかける。犯人はまだ捕まっていない。
「分からない」
 アリアも不安そうに答えた。私たちは丸テーブルを囲んで、イスに座っている。テーブルの上には、あたたかい紅茶とクッキー。私たちはしずんだ気持ちで、菓子をつまんでいた。
 アイビーの死体を見た日と翌日は、食欲なんてなかった。私たちがまともに食事できるようになったのは、つい最近だ。
 私は真犯人を見つけると息巻いていた。けれど実際に私にできたことは、食事がのどを通らない、夜も怖くて眠れない、外出するのも怖いという状態から、普段どおりに回復することだけだった。
「ノアさんか、オスカー先輩が犯人かな?」
 エマは悲しそうだ。
「あの親切なオスカー先輩が天使殺しなんて、ありえないけれど。ノアさんも信じられない」
 私とアリアは黙る。私たちは三人とも、暗い顔をしていた。ベランダに面した窓のそばにいて、日の光を浴びているのに。
 もしもノアかオスカーが犯人ならば、すでに逮捕されているだろう。ヒューゴは無能に見えなかった。なのにまだ、犯人は特定されていない。ならば犯人は、ヒューゴが犯人とうたがっていない天使だ。あのふたりのうちの、どちらかかもしれない。
 ヒューゴにこのことを伝えたい。しかし私があのふたりをあやしいと思う根拠は、乙女ゲームの知識だ。いきなり私が前世だのゲームだの言っても、信じる天使はいないだろう。私はあせり、まよっていた。アリアは、そんな私の表情を読んだのか、
「シエナは、犯人が誰か分かっているのね?」
 静かに問いかけた。私はぎくっとする。
「やっぱり」
 アリアは苦笑した。エマは目を丸くする。
「犯人は誰なの? なぜ分かったの?」
「分かっているわけじゃない。ただ、……ごめん、うまく説明できない」
 私は申し訳なくなった。もしもヒューゴに個別ルートの知識があれば、イーサンとイネスを容疑者から外さなかっただろう。ふたりを再調査すべきとヒューゴに言うべきか。けれど、どうやって?
「シエナは秘密主義。そしてなぜか、いろいろなことを知っている。あなたが犯人について黙っているのは、あなたにとって犯人は大切な天使なのね」
 アリアは悲しげに言う。エマも同じ表情だった。私は何も言えず、うつむく。私は、兄みたいなイーサンが好きだ。婚約解消に関して、彼はひとりで泥をかぶっている。彼は私が誰からも責められず、別の誰かと幸せな結婚をすることを願っているのだ。
 イネスは、仲のいいクラスメイトだ。彼の描く絵はすてきだと思う。イーサンもイネスも大切だ。だから私は動けない。けれど、こうやって黙っていていいのか? 私は悩んでいた。
「うん。ごめん。でも、私の友だちでいて」
 虫のいい話と分かっている。けれど私は、アリアとエマに懇願した。
「もちろん!」
 エマがすぐさま、力強く承諾する。にこっと笑って、翼を出して羽ばたかせた。白い羽の舞う中、アリアもほほ笑む。
「私もあなたが大好き。あなたがどんな秘密を持っていても、私たちの友情は変わらない」
「ありがとう」
 私は笑った。三人で手を取り合う。ふたりには、乙女ゲームのことも前世のことも打ち明けたい。けれど、ふたりは困るだろう。友人の言うことだから信じたい、けれど非常識すぎて信じられないと苦悩するだろう。
 普通の天使ならば、当たり前だ。むしろ信じる方が、頭がおかしい。そこまで考えて、私はふっと思いついた。ヒューゴは普通ではない。頭のおかしい天使だ。私は手を離して、いすから立ち上がった。アリアとエマが驚いて、私を見上げる。
「私は今からヒューゴのところへ行って、犯人さがしを手伝う。今のままでは、いつまでたっても私たちは容疑者のまま。真犯人を捕まえたい」
 私の決意表明に、ふたりは目をぱちくりさせる。私だけではなく、アリアとエマも容疑者になっているのだ。
「あなたたちが大切なの。だから行く」
 ヒューゴなら、私の話を信じるかもしれない。その可能性にかけてみる。アリアは心配そうに言った。
「なら、私も一緒に行く」
 せっかくの申し出だけど、私は首を振った。アリアは少し考えた後で、うなずく。私を信頼して、うなずいてくれたのだ。エマはじっと私を見る。
「犯人について、ヒューゴに教えるの?」
 私は彼女にも首を振る。
「犯人は私にも分からない。ただ私の知っていることが、犯人を見つける手がかりになると思う。とにかく今から、行くね」
 私はアリアとエマに見送られて、速足で部屋から出て行った。
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2018 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-