転生おばあちゃんの孫は、タンテイ王子
―婚約破棄からの毒殺未遂事件と少年探偵団―

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  問題編1 初めての依頼人、カミラ  

「ねぇ、エドウィン。僕の大切な友人である君に、頼みがあるのだけど」
 僕は、読んでいた本から目を上げて話しかけた。エドウィンは僕のそばに、直立不動で立っている。彼は、まじめな騎士なんだ。
「あなたからの頼みを、私が断るわけがありません。どのような用件でしょうか?」
 エドウィンはほほ笑む。彼は、こげ茶色の優しい瞳をしている。短い髪もこげ茶色で、ゆるくウェーブがかかっている。
「君に、僕の主催する少年探偵団に入ってほしいんだ。新しい団を作るに当たって、僕は初めに君を誘いたいのさ」
 ソファーに腰かけている僕は、彼の顔を見上げてお願いした。エドウィンは十九才だ。二十歳未満ならば、『少年』探偵団に入る資格はあるだろう?
「光栄な頼みごとです。ぜひ少年探偵団に入りましょう」
 エドウィンの返答に、僕はぱっと笑顔になった。頼もしい友人が、仲間になってくれたのだ。
「それで少年探偵団とは、何をすればいいのでしょうか?」
 エドウィンは、ちょっと楽しそうにたずねる。
「先月のブローチ探しみたいに、僕と一緒に冒険してほしい。普段の君どおりでいいんだよ」
 ブローチは、僕ひとりで探したのではない。僕のそばにはいつも、護衛騎士のエドウィンがいる。
「かしこまりました。全力で普段どおりに、殿下のおそばにいます」
「ありがとう。君が手伝ってくれれば、僕は立派な探偵になれるよ」
 エドウィンは、かすかに両目を見開く。
「アイヴァン殿下は、国王にならないのですか?」
「僕は国王になるより、困っている人たちを助けたい。だから探偵を目指すよ。この国のみんなを笑顔にしたいんだ」
 僕の言葉に、彼は納得したらしくほほ笑む。
「承知しました」
 しかし僕は、片手をあごに当てて悩んだ。
「ただ探偵団と名乗るからには、あとひとりかふたりぐらい仲間がほしい。僕とエドウィンだけでもいいけれど、せめて三人はいないと『団』とは言いづらい」
 今のままだと少年探偵コンビ、――もしくは相棒だよ。僕は右京さんになってしまう。そのとき、こんこんと部屋のドアがノックされた。ここは王城内にある図書閲覧室で、今は僕とエドウィンしかいない。エドウィンは僕から離れて、ドアの方へ向かった。
「どなたですか?」
 ドアの向こうに問いかける。高い目のかわいらしい声が答えた。
「アイヴァン殿下に、お茶とお菓子を持ってまいりました」
 女の子の声だろう。緊張して、おびえているようにも聞こえる。
「殿下は、お茶もお菓子も頼まれていませんが?」
 エドウィンは、けげんそうにまゆをひそめる。確かに僕は、何も頼んでいない。依頼していないものが来るなんて、ふしぎな話だ。姿は見えないが、ドアの向こうにいる女の子は黙る。それから、
「はい。分かっています。ですが、どうかアイヴァン殿下にお目どおりさせてください。私を、――いいえ、私たちメイドを助けてほしいのです」
 切実な声だった。
「殿下は先月、ソフィア様のブローチを探し当てたと聞きました。殿下ならば、真実を明らかにしてくれるのかもしれません」
 僕はソファーから立ち上がって、ドアに近づく。エドウィンが「危ないから、来ないでください」と目で訴えた。
「危なくはないさ。それに多少、危険でも、僕は彼女を助けたい。くわしいことは分からないが、彼女は困っているようだから」
 僕はほほ笑んだ。
「ましてや彼女は、この城に勤めるメイドだろう。僕にとっては、身内のようなものさ」
 僕は、城産まれの城育ちだ。おばあちゃんは僕を、「生まれながらの将軍」の徳川家光みたいだと言った。
「君、遠慮はいらない。ドアを開けて、部屋に入っておいで」
 僕は、ドアの向こうに呼びかけた。エドウィンが警戒する中、ドアがおそるおそる開く。メイドの女の子がお菓子とお茶ののったカートを押して、部屋に入ってきた。
 十五才くらいだろうか。制服の首元にあるリボンは赤色だ。赤色のリボンは新人さんのしるしで、おばあちゃんは若葉マークと言っていた。彼女は僕を見ると、さっと頭を下げた。くるくるにカールした長い髪が揺れる。黒に近いこげ茶色の髪だった。
「いつわりごとを申して、殿下のおそばに参った無礼をお許しください」
「許すよ。さぁ、顔を上げて。君の名前を教えておくれ。そして、どんなことに困っているのか話してほしい」
 女の子はおずおずと顔を上げた。瞳の色は紫。この国では少しめずらしい色だ。たいていの人はこげ茶色の目をしていて、僕とエドウィンもそうだ。
「私の名前は、カミラです。アイヴァン殿下は、先週のドミニク殿下の毒殺未遂事件を知っていますか?」
「城中が大騒ぎになった事件だね。それにドミニクは、僕のお兄さんだ」
 さっきも言ったよね、僕には兄が三人いる。同じ父母から産まれたけれど、みんな性格も個性もちがう。優しいお兄さんもいれば、意地悪なお兄さんもいる。ドミニクは次男で、十八才だ。僕は彼と、あまり仲がよくない。
「その事件の犯人かもしれないと、私は疑われているのです。私以外のメイドたちも、疑いの目で見られています。でも私たちは、王子殿下を暗殺しようとしていません」
 カミラは懸命に訴えた。
「しかしヴァレンティナ様は、私たちメイドのうちの誰かが犯人だとおっしゃって、……このままでは、私たちは殺人犯にされてしまいます」
 ヴァレンティナは、ドミニクの元婚約者だ。十六才で、侯爵家の令嬢でもある。そして、毒殺未遂事件の一番の容疑者だ。
 なぜならドミニクは、ヴァレンティナが持ってきたフルーツを食べたとたんに体調を崩したのだ。さらに、ふたりは不仲だ。彼らは新年のパーティーでもめて、婚約を解消した。
「ヴァレンティナが復讐のために、毒を盛ったんだ!」
 ドミニクは怒りで顔を真っ赤にして、そう主張している。ドミニク以外の人たちも、――王都にいるほとんどの人たちが、ヴァレンティナが犯人と考えている。
 だが彼女は、容疑を否認している。ヴァレンティナの父母も、そうだ。彼らは、ドミニクがヴァレンティナをおとしいれるために、自作自演で毒をのんだとまで言っている。そして今、ヴァレンティナたちは、カミラたちメイドが犯人と訴えているのだろう。
「君は、ヴァレンティナが毒殺未遂事件の犯人と、僕に証明してほしいのかい?」
 僕は確認のため、カミラにたずねた。
「はい!」
 彼女は元気よく答える。ヴァレンティナが犯人と確定すれば、カミラたちの無実は証明されるのだ。けれどまだ、ヴァレンティナが毒を入れたと決まったわけではない。
「ドミニクお兄さんの事件は、僕にとっても気がかりなものだ。さっそく調査に乗りだそう」
 僕はカミラを安心させるように、にこりとほほ笑んだ。
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