水底呼声 -suitei kosei-

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  弟からの手紙  

自治区にいる弟から,手紙が届いた.
自室のいすに深く腰かけて,バウスは目を通す.
セイキ族長が和平に協力してくれること,その見返りとして交易権の独占を求めていること,セイキ族長の義妹であるメイシーと結婚するつもりであることなどが書かれている.
バウスは,まゆをひそめた.
セイキ族長の要求は,いささか過大に思われた.
しかしこれに関しては,神聖公国は立場が弱い.
なんせずっと鎖国をしていたようなものだ.
外交の実績がほとんどない.
そんな神聖公国が和平交渉をしてきても,スンダン王国は信用しない.
よってスンダン王国が信頼する第三者に,間に入ってもらうしかない.
だからバウスたちは,のどから手が出るほどに自治区の協力がほしい.
セイキ族長はそれを分かっているので,強気に出られるのだ.
だが交易権の独占はまだしも,結婚は…….
バウスは弟に,和平の犠牲になってほしくない.
自分のように幸せな結婚をしてほしい.
バウスはゆううつな気分で,手紙を読み進めた.
結婚式は神聖公国の城で行い,ライクシードとメイシーはそのまま城で暮らすらしい.
なのでメイシーを,この上なく歓迎してほしい.
食事に関する好き嫌いはないと,彼女の周囲の者たちから聞いた.
寒いのは苦手だろうから,彼女の部屋は暖かくして,なおかつ自分の部屋のそばにしてほしい.
外国暮らしの苦労を自分はよく分かっているので,彼女を上手に守れるはずだ.
メイシーは音楽が好きで,とんでもなく歌も楽器もうまい.
彼女の大切な楽器を預かったが,どう保管すればいいのか分からなくて困っている.
親の形見でもあるので,傷ひとつ付けたくない.
彼女には,みゆやカズリとの一件は知られたくない.
メイシーが故郷に帰りたいと感じないように,できるだけ彼女をもてなしてほしい.
……などなどが,えんえんと書かれていた.
バウスは,さきほどとはちがった意味で,頭を抱える.
駄目だ,ライクシードの方は完全にほれている.
セイキ族長に紹介されて,一目ぼれしたのか?
嫌な予感がする.
ライクシードの片思いかもしれない.
彼は女性にもてるが,なぜか不運にも愛する女性からは愛されない.
けれどメイシーの気持ちは関係なく,政略結婚である以上離婚はできない.
さらにバウスは,弟に幸せになってほしい.
だからメイシーには,ライクシードを好いてもらわなくては困る.
だがみゆのときみたいに,すでに恋人がいたら,どうすればいいのか?
そしてなぜ,楽器なんて面倒なものを預かっているのか?
バウスは多少悲愴な気持ちで,いすから立ち上がった.
マリエに相談しよう.
聡明な彼女ならば,何かいい案を出してくれるだろう.
また案外,セシリアが力になるかもしれない.
メイシーとセシリアの年は近いから,うまくいけば友人どうしになるだろう.
バウスはふらふらとしながら,部屋から出ていった.
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