水底呼声 -suitei kosei-

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  メッセージ  

洞くつの崩落に巻きこまれたウィルたちは,馬車に乗って大神殿へ向かった.
大神殿の人たちは,サイザーを始め皆,親切だった.
みゆの人徳なのか,彼らに下心があるのか,ウィルには分からない.
なんとなく,後者ではないと感じるが.
ウィルが,みゆやマージと一緒に廊下で待っていると,
「お湯の準備が整いました.」
ふたりの巫女がやってきて,うやうやしく告げる.
「ありがとうございます.」
みゆは礼を述べる.
ウィルとみゆは,体も服も土で汚れきっているのだ.
ウィルはともかく,妊娠しているみゆはすぐに体を洗い,服を着替えるべきだろう.
キースも,巫女たちの後ろからやって来た.
「ウィルのためのお湯はこっちだよ.」
彼は大らかに笑う.
ウィルはみゆを女性たちに任せて,キースとともに別の部屋へ移動する.
板張りの部屋に,お湯をはった大きなたらいが置かれていた.
たらいのそばには,かごがあった.
「綿布と着替えはそこだから.」
キースが,かごを指でさす.
「困ったことがあれば声をかけて,俺でもほかの人でもいいから.」
「分かった.」
キースは部屋から出ていく.
ウィルは汚れた服を脱ぎ,綿布を湯でぬらして体をふいていく.
ウィルがきれいになるまで,五枚以上の綿布が茶色になった.
最後に残った一枚で水分をふき取って体を乾かして,服と下着に手を伸ばす.
「白い…….」
予想外なことに,上着は白色をしていた.
なぜ,黒ではないのか.
いや,そもそも黒服を指定していなかった.
だから,何色の服が準備されてもおかしくない.
しかしウィルは,黒以外はほとんど着たことがない.
黒がないときは,黒に近い色,――紺とかこげ茶とかをまとっていた.
けれどドナートには,黒猫をやめると宣言した.
よって黒以外を着用してもいいのだが,黒を選び続けた.
特に意味はなく,ただの惰性だった.
そして,黒以外を勧められたこともなかった.
ところで,こんなにも明るい色は初めてではないか.
ウィルは裸のままで,困った.
キースに頼んで,黒を用意してもらおうか.
だが服の色にこだわるより,みゆにはやく会いたい.
抱きしめたいし,キスしたい.
おのれの体が汚れていたので,ウィルは我慢していたのだ.
意を決して,下着を身につける.
服を着ようとしたとき,部屋の扉がたたかれた.
「入っていいかい?」
キースの声だ.
「いいよ.」
扉が開いて,綿布を持ったキースが入ってくる.
彼はウィルの体を見て,目を見張った.
「すごい傷あとだね.太ももに腕に,……何か所もあるね.」
キースが綿布を投げてきたので,ウィルは受け取った.
「足りないかと思って,追加を持ってきた.」
「ありがとう.」
彼は気がきくらしい.
ウィルは,まだぬれている髪をごしごしとふいた.
「君は何回も,神様に生きるように導かれたんだね.」
キースの言葉が理解できなくて,ウィルは首をかしげる.
「だって,大きなけがをいっぱいしているのに,死んでいないんだろ?」
キースは,にこにこと笑っている.
「それは神様が,死んだら駄目だよとおっしゃっているんだよ.」
ウィルは驚いた.
そんなことを言われたのは,初めてだ.
「俺も,目立つ傷あとがあるんだ.」
キースは左の脇腹を,右手でなでる.
ウィルは,薄黄色のズボンを手に取った.
これまた明るい色だ.
「今は痛くも何ともないけど,これを見るたびに妻が悲しそうでさ.」
キースは妻帯者らしい.
ウィルが彼に嫉妬する必要はないようだ.
「悲しまなくていいのに.悲しませたくないのに.」
「うん.」
ズボンをはき終えたウィルは同意する.
「この傷あとは,俺たちが神様から愛されている証拠なのにね.」
白色の上着に腕を通して,ボタンをしめる.
「その服でよかった? お湯を用意した巫女さんが,適当に選んだものだけど.」
「うん.」
ウィルは,にっこりとほほ笑んだ.
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