水底呼声 -suitei kosei-

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  傷あと  

最近,気づいたことがある.
ウィルが服を脱ぐと,みゆは悲しむ.
前は,そうではなかった.
彼女は直視できずに,恥ずかしがっていた.
ウィルの肌を見ることも,自分の肌を見られることも,不慣れな様子だった.
それがいつの間にか,やるせない切ない表情をするようになった.
ウィルに抱かれるのを嫌がっている風ではないのに.
「なんで?」
夜の宿屋でベッドに腰かけて,たずねた.
隣に座るみゆは,悲しげにまゆを下げる.
そしてそっと,ウィルの左の太ももに手を置いた.
「痛かったと思うから.」
そこには,二年前にカイルに刺された傷あとがある.
今は服の下に隠れているのに,みゆは場所を覚えているようだった.
彼女は次に,ウィルの右腕に,左腕に触れる.
両腕にも傷あとがあり,これらもまたカイルにつけられたものだ.
胸,右の足首,背中,体のあちこちに残る傷あとを,みゆはなでていく.
大勢の人を殺し,大勢の人から刃を向けられた体だ.
もちろん,単なる不注意による傷ややけどもあるが.
彼女は意外に,ウィルの体を観察していたらしい.
「あまり,けがをしないで.」
つらそうに声を落とした.
「分かった.」
彼女が望むのならば,できるだけけがをしないように気をつけよう.
みゆはウィルと目を合わせて,ほほ笑んだ.
ウィルは顔をかたむけて,口づけを交わす.
彼女が好きだ.
みゆを守るためならば,この身など惜しくない.
だからきっと,彼女の願いはかなえられない.
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