水底呼声 -suitei kosei-

戻る | 続き | 目次

  願い  

カーツ村で再会した日の夜,みゆはウィルとともに寝室に入り,今までのことを説明しようとした.
神聖公国のことや王国の滅亡のことや,村長たちの前では口に出せないものが多い.
しかし会話は,スムーズにいかなかった.
理由は明白だ.
ふたりの向き合う姿勢が悪い.
「ウィル.」
みゆはむっとして,恋人をにらみつけた.
「何?」
彼はにこにこしながら問いかける.
そんな風にほほ笑まれると,怒った顔を維持するのが難しい.
だがみゆは,がんばって表情を厳しくした.
「しゃべりづらいのだけど.」
「そう?」
ウィルは首をかしげた.
「ひざから降ろして.」
「嫌.」
にっこりと断る.
最初は,ふたり並んで,ベッドに腰かけていた.
なのに,いつの間にか,みゆはウィルのひざの上にいた.
横向きに抱っこされている.
さらには,すきをついてキスされるので,話しづらいことこの上ない.
みゆが逃げようとしても,腕でがっちりとホールドされる.
「さっきまでの話を聞いていた?」
「聞いていなかった.」
すがすがしい答が返ってきた.
「スミの背が高くなっていたんだっけ?」
が,ある程度は耳をかたむけていたようだ.
「それで,バウス王子とセシリアが来たの?」
右耳から入り,左耳へと抜けていったらしい.
みゆは,銀の髪を持つ美しい少女とは再会していない.
みゆはため息を吐いた.
今夜は,話をするのは無理そうだ.
そもそもみゆ自身,腹を立ててはいない.
一生懸命,怒ろうとしているだけだ.
何とも不毛な戦いである.
いろいろ考えていると,ほおにキスをされる.
恋人の腕から,ほんの一瞬たりとも逃げられない.
さびしかったとか会いたかったとか,言えない気がした.
きっとウィルの方がつらかった.
二年は長すぎる.
ずっとそばにいて,彼が少しずつ大人になるのを見ていたかったのに.
みゆはそっと,ウィルの首に腕を回した.
すると,もっと強く抱きしめ返される.
甘い拘束の中で,彼は耳もとでささやいた.
お願いというには,あまりにもささやかなことを.
けれどみゆは,ほとんどそれをしたことがなかった.
いつも受身で,楽をしていた.
「ウィル,目を閉じて.」
彼のほおに手を伸ばす.
そして自分から,唇を合わせた.
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2013 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-