水底呼声 -suitei kosei-

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  海賊船(後編)  

グレイが看板に降りると,三十人ほどの男たちが倒れていた.
血を流してにらみつける者,気を失っている者,矢が刺さったままおびえている者.
様子はさまざまだが,近づいてくる者はいない.
「念のため,下に降りよう.」
「僕はここで待って,軍を呼ぶ.」
「分かった.」
シャーリーとウィルは短い会話をして,シャーリーがひとりで船底へ続く階段を降りた.
ウィルはまた,ぶつぶつとひとりごとを言う.
少年の右手から,もくもくと煙が上がり始めた.
グレイは目を見張る.
唐突に燃えた帆といい,この煙といい,ウィルは何なのだ?
しばらくするとシャーリーが,黒い巻き毛の美女を連れて看板に戻ってきた.
「頭領の妻らしい.」
「誤解です.私はさらわれてきたのです.」
すぐさま女は否定した.
そしてシャーリーにしなだれかかり,甘えた声を出す.
「シャーリー殿下,どうかあなたの邸に連れ帰ってください.私には帰る故郷がありません.」
看板で倒れている男たちが,ものすごい形相でにらむ.
女は,ふんと鼻で笑った.
どうやら頭領の妻で正解らしい.
「軍船が近づいてきたね.」
ウィルが誰にともなく言った.
少年の視線を追いかけると,確かに水平線から二隻の船がやってくる.
少年の起こした煙を目印に,船はやって来たのだろう.
ウィルが手を振ると,煙はさっと消えた.
女は相変わらずシャーリーに身を寄せて,彼を口説き落とそうとしている.
つまり海賊の頭領から,王族のシャーリーに乗りかえたいのだ.
しかしシャーリーは,
「すまない.実は私はシャーリーではないんだ.この国の王族でもない.」
「え?」
女はまぬけに口を開く.
グレイにとっても,意外な告白だった.
いかにも王子様然とした容貌や振る舞いをしているのに.
「私の名はライクシードという.地位も財産もないただの男だ.」
「あぁ,そうなの…….」
女は,からませていた腕を解く.
二隻の軍船が,海賊船を左右からはさむように,船体を寄せてきた.
可能なかぎり近づくと,兵士たちが木の板で橋を作り,こちらの看板へ移動してくる.
彼らは手早く海賊たちを捕縛し,また傷の手当を始めた.
指揮官らしい男が,グレイたちのところへやってくる.
「海賊たちの頭領の妻だ.」
ライクシードは,女の背中を押して差し出す.
女はあわてて否定するが,指揮官は構わずに彼女を捕らえて,軍船に連れて行った.
次にライクシードは首をめぐらせて,看板に放置されていた皮袋を取り上げる.
さきほど彼が,小舟から海賊船の看板に放り投げたものだ.
中身をあらためてから,グレイに謝礼だと言って渡す.
中を見ると,金貨がぎっしりと入っていた.
「出よう.もう用はない.」
ウィルが言って,率先して海賊船から小舟に降りる.
次にライクシードが,最後にグレイが降りた.
舟をこぎながら,グレイはライクシードに問うた.
「事情を聞いてもいいか?」
「あぁ.」
あっさりと了承する.
「あの海賊船に,ミユがとらわれているのかもしれないと思ったんだ.」
「ミユ?」
たずねると,「僕の恋人だよ.」とウィルが口をはさんだ.
「黒髪の若い女性が船に乗っているといううわさがあってね.」
ライクシードはしゃべる.
実際にうわさのとおり,黒髪の若い女性は頭領の妻として乗船していた.
「ミユではないと考えたが,万が一彼女ならばと思って,来たんだ.」
ウィルは岸の方を,ぼんやりと眺めている.
「もしもミユが海賊たちにとらわれているのならば,ウィルひとりの手に余る.だから彼は,心底大嫌いな私に協力を頼んだ.」
心底大嫌いと,ライクシードはまったく普通の調子で口にした.
「さらに国王陛下にも頭を下げた.それで,軍資金をたくさんいただいて,軍隊とも連携を取った.そして私は,シャーリーの身分と名を借りた.」
どんな状況になっても,みゆを守れるように,とつぶやく.
「結局,ミユはいなかった.けれど,いなくてよかった.」
ライクシードの気持ちは理解できた.
もしも海賊船に彼女がいたならば,散々なぐさみものにされた後だろう.
グレイはさりげなく,ライクシードとウィルの様子をうかがう.
さっき,話の中に国王が登場した.
ウィルは,たかが恋人を探すために国王の協力をあおげるらしい.
それともその女性は,王国にとっての重要人物なのか.
そして,ウィルもライクシードもおそろしく強い.
好奇心がむくむくとわき起こった.
「君たちは何者なんだ?」
ライクシードは答えずに,ただ微笑した.
ウィルは,振り返りさえもしない.
すると少年は,背中を向けたままで呼びかけた.
「ライクシード.」
体がこわばる.
ものすごく嫌な仕事をしなくてはならないときみたいに.
「協力してくれてありがとう.」
ぎしぎしときしみを上げるような声だった.
グレイは思わず,笑いを漏らした.
“心底大嫌い”は真実らしい.
が,海賊たちと戦った二人の連携は見事だった.
あんなにも息が合っていたのに.
「礼には,およばないさ.」
ライクシードはうれしそうだった.
「私が彼女に会いたいだけだから.」
とたんに,ウィルの気配が非常にとげとげしくなる.
ライクシードは平然としていたが,グレイの方が冷や汗をかく.
しかし,なるほどと納得した.
二人は恋敵なわけか.
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