水底呼声 -suitei kosei-

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  海賊船(前編)  

おのれの欲深さを,今日ほど後悔した日はない.
小舟をこぎながら,グレイは思った.
大金に目がくらんで,危ない仕事を引き受けたことは何度もある.
が,今回ほど危ないのは初めてだ.
なんせ,この舟に乗っている三人だけで海賊船に乗りこむのだから.
まずひとり目はシャーリーだ.
銀髪碧眼の美丈夫で,どこで何をしていても女性たちの目をひく.
さらに一生金に困らない身分も持っているので,大変にうらやましい.
ふたり目はウィルだ.
愛想のない少年で,にこりとも笑わない.
その上,髪や服が真っ黒なので,陰気さに拍車がかかる.
三人目は自分,――グレイだ.
二十九才で,この中では最年長である.
王国西部の漁村に住む善良なる漁師だ.
たまに怪しげな仕事を引き受けて,臨時収入を得ているが.
グレイはうらめしそうに,シャーリーの後ろ姿を眺める.
彼とは,隣街の酒場で出会った.
シャーリーは,海賊船に行くための舟とこぎ手を探していた.
どうやら,海賊たちから買いたいものがあるらしい.
そして彼からは,金を持っているにおいがぷんぷんした.
安酒を飲み魚の干物をかじっているとは思えない,美しい食べ方だったのだ.
食事作法がしっかりと身についている,金持ちの息子である.
果たして報奨金は信じられないほどに巨額だった.
しかも金のうちの半分は,前払いすると言う.
なので,グレイは話にのった.
シャーリーはほかの男たちにも声をかけたが,依頼を受けたのはグレイのみだった.
海賊相手である以上,危険な旅路になることは決まりきっていたからだ.
シャーリーはグレイを宿に連れて行き,正体を明かす.
彼は,国王のおいであった.
次に,護衛のウィルを紹介する.
しかしウィルは,まだ十代の頼りない子どもだった.
「見るからに屈強な男を連れていては,海賊たちは警戒するだろう.」
シャーリーは,ウィルは腕がたつんだとほめる.
「ウィルは,国王の護衛を勤めたこともある.だから城から連れてきた.」
そして翌日,グレイは前金を受け取ってから,シャーリーとウィルを舟に乗せた.
けれど沖へこぎ出すに連れて,徐々に不安になってきた.
海賊たちと交渉するための金はたくさんある.
彼らがどのような宝を持っていても,これだけの金を提示されれば手放すにちがいない.
加えて,国王の信任があつい護衛もついている.
だが,大事なことを見落としていないか.
本当に簡単で,簡単だからこそ忘れているものを.
グレイは陸からある程度離れると,あたりをうろうろとした.
この海域で,漁をするものはほとんどいない.
魚が取れないことはないが,ほかにもっといい漁場があるので,みなそちらへ流れるのだ.
さらに海賊船がよく出る航路が近いこともあり,なおさらである.
そんな場所に留まり続ければ,必ず海賊たちに目をつけられる.
しばらく待つと,中ぐらいの大きさの帆船が現れた.
帆が,大小合わせて三つある.
ほかには取り立てて特徴はなく,あえて言うならば古く汚れている.
グレイはシャーリーの命じるままに,海賊船に近づいた.
海賊船の船べりでは,男たち,――中年の男ばかりだ,が不審そうな顔で見下ろしている.
グレイたちの小舟と海賊船では,大きさがまったくちがう.
近づけるぎりぎりまで,海賊船に舟を寄せると,
「船に乗せてくれ! 私は現国王ドナートのおいで,名前はシャーリーだ!」
シャーリーはさけんだ.
海賊たちの表情が,ますますけげんになる.
「王族が何の用だ?」
頭領らしき太った男が聞いた.
「お前たちが盗んだものを買いたい.盗みの罪は問わない.いくらでも金を出そう.」
シャーリーは,皮の袋を投げる.
袋はたやすく看板まで届いた.
彼の強健に,グレイは感心した.
海賊の男たちが船べりから離れて,視界からいなくなる.
グレイが上方の海賊船を気にしていると,
「いるか?」
と,シャーリーがたずねる.
「気配はない.」
ウィルが答えた.
「やはり,単なるうわさだったか.」
「ミユちゃん以外の,黒髪の若い女性がとらわれているのかもしれない.」
「ならば助けよう.もしくは,黒髪の男を女だと見間違えた可能性もある.」
何の話だ? とグレイが彼らに視線を移すと,
「金を置いて,舟から降りろ!」
海賊船から,怒声が降ってきた.
見上げると,船べりでは大勢の男たちが矢やヤリを向けている.
あぁ,なぜ気づかなかったのか.
グレイはあえいだ.
大金を持って,海賊船に近づけばこうなるに決まっているのに.
海賊たちが商談に乗るわけがない.
ただ金を奪うだけだ.
しかし舟から降りて海に飛びこめば,グレイたちを待っているのは死だ.
どんなに泳ぎが得意の者でも,岸に着く前に体力がつきる.
すなわち海賊たちに殺されるか,おぼれて死ぬかの二択だ.
グレイは,どうする? とシャーリーに目で問いかける.
ところがシャーリーもウィルも,まったく動揺していなかった.
「めぐみの国には,一適のけがれも許されぬ.」
ウィルが,わけの分からないことをしゃべりだす.
「愚昧なる民にふさわしき罰を,永劫なる苦しみを与えたまえ.」
シャーリーが弓を取り,矢をつがえる.
たったひとりで何をする? と海賊たちがせせら笑った.
すると,海賊船の三つの帆がいきなり燃え上がった!
海賊たちは驚き,帆の方を振り返る.
彼らの背に,容赦なくシャーリーが矢を放つ.
ウィルがカギのついた縄を投げて,船べりにひっかける.
少年は腕の力のみで,するすると縄を上った.
縄を切ろうとする海賊たちは,シャーリーの矢に射られる.
ウィルが看板に降りた.
けれど,海賊たちが待ち構えている.
無数の刃に囲まれて,漆黒の体がひらりと舞う.
悲鳴が上がる,乱れた足音が響く.
舟に残っているシャーリーが突然,足をけり上げた.
グレイはぎょっとする.
海を泳いで舟に乗りこもうとしていた海賊が,シャーリーにけられて海に落ちたらしい.
水しぶきが上がり,それがおさまると,波の音しかしない.
頭上を仰ぐと,船べりからウィルが顔を出している.
無言で,縄のはしごを下ろした.
つまり,信じがたいが,少年ひとりでほぼ全員の海賊をやっつけたようだ.
「ありがとう.」
シャーリーがはしごを受け取る.
ウィルは顔をしかめた.
「礼はいらないよ.僕はライ,――シャーリー殿下を利用したいだけだから.」
そうか,と返事して,シャーリーははしごを登る.
グレイもあとに続いた.
海賊船に乗るのは怖いが,ひとりにされる方が怖い.
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