水底呼声 -suitei kosei-

戻る | 続き | 目次

  皆でお食事  

夕食は,いつもより豪華だった.
暖炉のある部屋は暖かく,テーブルの上のろうそくは明るい.
セシリアも,普段よりおしゃれをしていた.
家族だけで楽しみたいと言って,メイドらによる給仕は最低限にしてもらっている.
なので部屋にいるのは,セシリアとバウスとマリエのみだ.
会話は適度に弾み,とても楽しい,……はずなのだが,セシリアは実は楽しめていなかった.
兄のマリエに向けるまなざしが,とろけるように甘い.
隣り合う席の,彼女の瞳にも同じ熱がある.
二人は恋人同士ということを,セシリアは実感していた.
少女は城で暮らす前から,マリエとは面識があった.
だが兄の恋人になってからの彼女とは,ほとんど顔を合わせていなかった.
だから彼らが,こんな親密な雰囲気を出しているとは知らなかった.
バウスとマリエは,いろいろあった末に婚約したばかりだ.
バウスが元恋人からなぐられたり,マリエが脅迫を受けたり,二人がけんかをしたり.
そういったことを兄の口から聞いたり,うわさとして耳にしたりした.
そのときは,仲のいいメイドや親衛隊の騎士たちと一緒に,兄の恋愛を応援していた.
しかし,今は.
食事のはじめに,俺の妻になる女性だと改めて紹介されたとき,うまく笑えなかった.
心に寒い風が吹いた.
そして,口に入れているものの味が分からなくなった.
私は,なんて子どもなのだろう.
兄をとられたと,焼きもちをやいている.
しかも奪われたことにずっと気づかなかったとは,まぬけすぎる.
マリエは兄にとって特別な女性だと,もっと前から感じていたのに.
さらに二人が,バウスの父である国王と夕食を取ったことも知っていたのに.
セシリアはうつむき加減で,皿に盛りつけられた白魚の切り身をフォークでつつく.
「セシリア様.」
向かいの席から,マリエが心配そうな視線をよこした.
「何でもない.」
あわてて笑顔を作る.
バウスが,じっと見ていた.
「あ……,」
フォークを皿に置いて,少女は気づく.
セシリアがマリエに嫉妬したことを,彼は先ほどの一瞬で悟った.
明敏な兄に,隠しごとはできない.
「ごめんなさい.」
自己嫌悪に心が冷えた.
食事を楽しむことができなくて,ごめんなさい.
マリエを新しい家族として歓迎できなくて,ごめんなさい.
うなだれていると,
「セシリアが謝ることじゃない.」
優しい兄の声が降ってきた.
そっと顔を上げる.
兄とマリエは,怒っていなかった.
だが悲しげな表情をして,少女は胸がずきりとする.
「我慢するな.お前の気持ちを考えなかった俺が悪い.」
「そうじゃないの,兄さま.」
二人に婚約をやめてほしいわけではない.
「食事を続けましょう.」
少女はナイフとフォークを手に取った.
けれど,兄たちは困っている.
「ちがうの,」
何を言えばいいのか分からない.
そんな風に気づかってほしくない.
どうしよう.
自分の気持ちを悟られてはいけなかった.
少女が途方に暮れていると,いきなり部屋の扉がばたんと開く.
びっくりして目を向けると,スミが怒った顔をして,ずかずかと入ってきた.
セシリアのそばまで来ると,腕をつかんで立たせる.
「さっきから見てられないんだよ.」
怒ったように話すが,こげ茶色の瞳は心配していた.
「のぞいていたのか?」
バウスがとがめる.
「おしかりなら,後で受けます.セシリアは俺が連れていきますから.」
セシリアの心が,ふっと軽くなる.
名案が浮かんだ.
そうだ,最初からこうすればよかったんだ.
がしっと,スミの片腕を両手でつかむ.
「来てくれて,ありがとう!」
強引に引っ張って,隣の席に座らせた.
「へ?」
少年はあっけに取られて,問いかける.
「逃げないの?」
「バウス兄さま.」
セシリアは,少年と同じくあぜんとしている兄に笑いかけた.
「四人で食事をすればいいのよ.」
「はぁ!?」
冷静な彼には珍しく,大きく驚いて顔をゆがませる.
「スミ,いいでしょ?」
「ええーー!?」
こちらも嫌そうな声を出す.
「助けに来てくれたのよね?」
「俺は,脱走の手引きをするつもりだったのだけど.」
「まぁ! 騎士のくせに逃げると言うの?」
敵前逃亡とは情けない.
セシリアでさえ,ここに留まろうとしているのに.
そもそもたった一人で,熱く見つめあう恋人たちにはさまれるのは居心地が悪いのだ.
仲間がほしいのは当然である.
「食事を追加するように頼みます.」
マリエが席を立った.
「待ってくれ!」
兄が彼女の手を取り,情けない調子で懇願する.
「俺はそこまでスミを認めたわけじゃないぞ.なんでこいつと一緒に食事を,」
「殿下.」
マリエはほほ笑んだ.
「セシリア様は認めていらっしゃるようですよ.」
「どうして君は,そんな耳に痛いことをさらりと言うんだ.」
セシリアは,あれ? と思う.
マリエの表情が柔らかい.
くすくすと楽しげに笑っている.
あぁ,そうか.
少女が緊張していたように,マリエも緊張していたのだ.
いや,セシリア以上に気を張っていたのかもしれない.
思い返せば,彼女の笑みはこわばっていた.
けれど今はスミがいるおかげで,セシリアもマリエも楽になれる.
「ありがとう.」
礼を述べると,少年は苦笑した.
「俺,食事の作法,めちゃくちゃだぜ.」
「気にしなくていいわよ.」
そばにいてくれるだけで,うれしいから.
少女は兄たちに,さっきまで言えなかった,そしてこの場にもっともふさわしい言葉を発した.
「バウス兄さま,マリエ姉さま.ご婚約おめでとう!」
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2011 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-