水底呼声 -suitei kosei-

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  王子の恋愛騒動6  

城ではあまりそう感じなかったが,図書館で見ると王子は華やかな容姿をしている.
銀の髪も目立つが,それよりも瞳の色が深く,引きつけられる.
自分がこんな人のそばで仕事をしていたとは,信じられなかった.
「恋人とは別れた.」
「はい.」
マリエは気後れして,後ずさりする.
とんと,背中に本棚が当たった.
「これはやる.」
四冊の本を抱いているマリエの腕を解いて,香水のびんを握らせる.
「結婚してくれ.」
頭が真っ白になった.
スミも,目を丸くしている.
「そんなに意外なことか? 驚いているのは,君だけだぞ.」
バウスが,ぷっと吹き出した.
が,
「スミも驚いています.」
マリエの指摘に,笑いをおさめる.
「君は妙なところで冷静だな.――スミ,事情は話しただろう?」
「いや,だって,」
おともの少年は,あっけに取られているようだ.
「そういうことは俺のいない場所で,……というか,ここで言っていいのですか?」
「どこでどう言っても,同じだろ.」
王子はそう主張するが,おそらく少数派の意見だろう.
「で,返事は?」
バウスは押しせまった.
マリエは横に逃げる.
すると,がしっと両肩をつかまれた.
「逃げるな.俺はこれ以上,追いかけっこを楽しむつもりはない.」
本気で怒っているらしい.
だがマリエは反論した.
「会話するには,距離が近すぎます.」
すると大きな手が,ほおに触れる.
どきん,と鼓動が鳴った.
近づいてくる青の瞳に,拒絶すべきか否か理性が働かない.
胸がときめく,というより思考が溶けるようだ.
けれど王子の背後にいるスミが,ぎょっとしているのに気づいた.
「殿下,スミが困っています.」
少年は頭を,ぶんぶんと縦に振る.
「君は,困っていないのだろ?」
王子がにやりと笑う.
そのとき,
「姉さんに何をするんだ!」
血相を変えたユージーンがやってきて,マリエとバウスの間に入った.
「姉さん,大丈夫か? ――この痴漢め,恥を知れ!」
「ユージーン,声を低くして.この方はバウス殿下よ.」
小声で教えると,弟は目を見開いて,口をぱくぱくとさせる.
「あ,姉に何のご用でしょうか?」
マリエを背中でかばいつつ,一歩ずつ王子から離れる.
「結婚を申しこみに来たんだ.」
ユージーンはぎょっとした.
騒いだせいで,周囲に人が集まり始めている.
皆,いぶかしげな顔つきだ.
「ご冗談ですよね?」
弟の声は震えている.
「本気だ.ある日気づいたら,結婚したい女はこいつしかいなかった.」
ユージーンは助けを求めるように,マリエの顔を見た.
「何があったんだよ,姉さん.」
答えられないでいると,弟はバウスに向かって言う.
「姉を解雇したのでしょう?」
「メイドを口説くわけにはいかないからな.」
正論だと,マリエは納得した.
「そこは納得するところじゃないよ.」
ユージーンが恨めしそうに言う.
「王子がメイドと結婚するなんて,まわりが許すわけないだろ.」
「今のところ,賛同者はごく少数だな.」
バウスは肩をすくめた.
「俺とセシリアは味方ですよ.あとエリンさんたちも.」
スミが口をはさむ.
「ユージーン,マリエ.」
人ごみを割って,ナールデンが顔を出した.
「騒ぐなら,図書館から出て行きなさい.殿下とその男の子も.」
館長らしく,迷惑な職員と利用者に注意する.
「でも,おじい様.」
それどころじゃないと,弟が言い返す.
「どんな事情があっても,館内では静かにしなさい.」
ユージーンの助けを請う声を,にっこりと笑んで拒絶する.
祖父は偉大である.
マリエたちは,親にしかられた子どものように,図書館から追い出された.
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