水底呼声 -suitei kosei-

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  王子の恋愛騒動5  

翌日,マリエはメイドを解雇された.
ぼう然としながら城を出て,首都にある家へ帰る.
事情を簡単に話すと,家族は皆驚いた顔をした.
だが,くわしいことはたずねてこなかった.
何があったのか,どのような失敗を犯したのか気になるだろうに.
十日ほどたった日,三つ年下の弟のユージーンに聞いてみると,
「くわしい話なんか聞けるわけないだろ.」
怒ったように言い返してから,心配そうな顔になる.
「姉さん,ひどい顔色だったよ.今だって元気がないし.」
そして手帳を見て,本棚から一冊の色鮮やかな図鑑を取った.
再び手帳に目を落として,ちがう本棚へ移動する.
ここは,国立図書館の地下書庫だ.
迷路みたいで,何がどこにあるのか分からないと嘆く職員もいる.
だがマリエとユージーンには,自分の家の庭のようなものだった.
「そもそも俺は,姉さんが城に勤めることにも反対だった.」
分厚い辞典を抜き取って,ユージーンは言う.
「あんな華やかな場所,姉さんに合わないよ.給料はいいけれど,気づかいの多い職場だろ?」
祖父のナールデンは館長として,父と弟は職員として働いている.
マリエも三年前までは,ここにいた.
「なんでメイドになったのさ.」
真正面から問われて,マリエは言葉に迷った.
図書館で働くことに不満はなかった.
自分に向いていると感じていたし,家族もそばにいるので安心だった.
けれど,世界がせまく思えた.
だから出ていった.
父の知り合いから紹介された仕事は,城の図書室での勤務だった.
けれど,もっと新しいことがやりたいと,メイドの採用試験を受けたのだ.
マリエが,どう説明しようか悩んでいると,
「まぁ,いいか.」
弟は四冊の本を抱えて,階段に向かって歩く.
「とにかく図書館にいなよ.ここは慢性的に人手不足だから.」
マリエはついていった.
突然,城を去ることになったために,エリンにもメイド仲間にも,あいさつできなかった.
彼らも心配しているだろう.
せめて手紙を書かなくては.
マリエは,ユージーンとともに一階に戻った.
弟は書庫から持ってきた本を,別の職員に手渡す.
一方マリエは,返却された本が積まれている棚へ向かった.
本棚に戻すために,十冊ほど手に取る.
すると,弟も同じ棚から同じだけ取った.
「競争だな.」
にやりと笑って,さっと本棚の方へ行く.
長い間,図書館の業務から離れていたとはいえ,弟に負けるのは悔しい.
マリエも,早足で館内を巡った.
本を立ち読みしたり,探したりする人々の間をすり抜けて,本を棚に戻していく.
七冊の本を戻し,八冊目の本棚に向かおうとすると,
「おひさしぶりです,マリエさん.」
若草色の髪の少年に,とおせんぼされた.
「意外に素早いのですね.探しました.」
苦笑する.
「スミ?」
親衛隊の制服を着ていないが,この顔はスミだ.
同じ年ごろの少年に比べれば,大人びた顔をしている.
けれどまだ,やんちゃさが残って,なかなかに愛嬌がある.
「お前,わざと俺を避けているのじゃないだろうな.」
後ろから肩をつかまれた.
振り返ると,びっくりするほど近くにバウスの顔がある.
「お忍びですか?」
こちらは,やんちゃというには年を取りすぎている.
「それ以外の何に見える?」
不機嫌な声だった.
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