水底呼声 -suitei kosei-

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  王子の恋愛騒動3  

バウスがマリエにお茶をいれさせるようになってから,二か月が過ぎた.
彼とたわいのない会話をしたり,ときには政治的な話をすることに,すっかり慣れたころ,王子は恋人を作った.
知りたくないことだったが,うわさを聞いて,なおかつ彼のそばで実際に見てしまった.
彼女は貴族の娘で,うっとりと彼の顔を見つめていた.
「マリエ,ちょっと来てくれ.」
廊下を歩いていると,事務官のエリンが部屋から出てきて手招きした.
彼はマリエと同じくバウスに仕えていて,年も近い.
信頼できる仕事仲間であり,友人でもあった.
「何?」
「大事な話.」
彼は,にっと笑った.
部屋に入ると,普段はエリンが一人で書類と格闘している部屋なのに,大勢の人がいる.
中でも目立つのは,セシリアだ.
長い銀の髪を背中にたらして,瞳は目の覚めるような青.
一度見たら忘れられない美少女だ.
セシリアの隣には,親衛隊の制服を着た少年が立っている.
神聖公国でこれを着用できる十五才の少年は,一人しかいない.
カリヴァニア王国から来て,この国に残ったスミだ.
そして親衛隊の若い,――とは言ってもスミほどに若くないが,隊員たちが六人もいる.
「うわさの真相を確かめたくて,呼んだんだ.」
計九人の集団を代表して,エリンがたずねた.
「うわさ?」
バウスの新しい恋人のことだろうか.
マリエにとって,愉快な話ではない.
エリンは,こほんとせき払いをした.
「殿下は最近よく,お茶をしていないか?」
「そうね.」
マリエは肯定する.
「日に二回,多いときで四回,休憩を取られているわ.」
そして,エリンの後ろにいるセシリアに向かってほほ笑んだ.
「今では,無理に多くの仕事をなさることはなく,顔色もよろしいですよ.」
「いや,それは分かっているから.」
エリンは,押しとどめる手のしぐさをした.
バウスの体調を案じて,聞いたのではなかったのか?
お茶のことを問われたので,さらにセシリアがいるので,そう考えたのだが.
「殿下が不気味なほど,にこにこと機嫌よく,君と話していると聞いたのだけど.」
親衛隊の騎士たちが,うんうんとうなずく.
「不気味って…….」
確かに彼は,愛想がよくないが.
「どんな話をしているんだ?」
エリンを始め,全員の目が好奇心に輝く.
彼らは何を期待しているのか.
まさか何らかの利権に関わっているわけではあるまい.
マリエは疑問に感じつつ,無難なことを答えた.
「昨日は,高等教育を受ける意欲のある低所得者への支援について,語られていたわ.」
「色気のない話だね.」
エリンたちは,がっかりする.
彼らは,教育には興味がないらしい.
「ほかには?」
マリエは,王子との会話を思い起こした.
「地方図書館の蔵書拡充についても,」
最後まで言わなくても,エリンたちは気の抜けた表情をする.
「都市部における人口過密も,気にされていたわ.」
ついに彼らは輪になって,こそこそと相談し始めた.
「ぜんぜん楽しくなさそうな話だぞ.」
「あら,兄さまにとっては楽しいかもよ.」
「あの方は,仕事の虫だから.」
「女性と一緒にいるときにする話題じゃないよなぁ.」
意見交換会を終えると,エリンが一同を代表して,マリエに話しかける.
「バウス殿下が恋人を作ったという,うわさも聞いたのだけど,」
マリエはうなずいて,続きを促した.
「殿下は本気でないというか,自覚してなさそうというか,」
「エリン,私はそういうことは聞きたくない.」
ましてや,本人のいないところで.
バウスの女ぐせの悪さは有名だった.
彼の場合,自分からちょっかいをかけるのではない.
ただ,来る者こばまずで,去る者追わずなのだ.
加えて,恋人よりも仕事を優先するので,交際は長続きしない.
けれど彼はもてるので,結果として女性をとっかえひっかえする.
マリエの知っているだけで,何人の女性と付きあったやら.
それは恋心を封印するには,十分な数だった.
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