水底呼声 -suitei kosei-

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  王子の恋愛騒動2  

昨日,ソファーで眠っているときに,女性の声を聞いた.
優しく甘い,若い女性の声だ.
目覚めたとき,バウスは誰の声だと思った.
しかし,愚問だと言わざるを得ない.
マリエ以外の誰だというのだ.
「そう言えば,君はいくつだったかな?」
カップに茶をそそいだ後で,彼女は二十二ですと答える.
「ということは十九才のときに,城に来たのか.」
「はい.」
バウスはカップを持ち上げて,香りを楽しんだ.
マリエは濃い目にいれてくれるから,ありがたい.
「えらく落ちついた十九才だったな.」
のどを潤してからたずねる.
「家族は? 妹がいると言っていなかったか?」
うろ覚えだが,妹か弟がいると聞いた気がする.
「弟です,殿下.父や祖父とともに,国立図書館に勤務しております.」
マリエは,弟の顔を思い浮かべているのか,柔らかくほほ笑んだ.
やはりあの声はマリエか,とバウスは妙に感慨深く思う.
失礼な話だが,こいつは女だったのか,という気持ちだった.
バウスにとってマリエは,あくまで部下であり,性別は気にしたことがなかったのだ.
最初は,落ちついた物腰の,よく気のきくメイドだと思った.
そのうちに,彼女がバウスの仕事をしっかりと把握していることに気づいた.
ためしに,いろいろな雑務をやらせてみると,十分以上にできる.
バウスは,彼女を秘書官として使うようになった.
もちろんそれは例外的な扱いであり,非公式にメイド長の許可を取っている.
給料も,責任のある仕事を任せている分,上乗せさせている.
だから今のように,茶を給仕している姿は珍しいのだ.
「最近,仕事ばかりで休んでいなかったな.」
ほうと息をつく.
いつの間にか,自分の処理すべき問題はずいぶんと減っていた.
なのに,ずっと心がせわしなかった.
必要ないのに,がむしゃらに走っていた.
夢の中でマリエの声を聞いたときに,気づいたのだ.
そして目が覚めれば,周囲の者たちが心配そうな顔をしていることにも気づいた.
さらに,セシリアからは直接,仕事のしすぎだとしかられた.
なので今日から,休憩を多い目に取るようにしたのだ.
「君とこうやって話すのは初めてだ.」
マリエは少しうれしそうに,はいと同意する.
今までバウスの休憩に付きあうのは,ライクシードだった.
カリヴァニア王国へ行った弟を思い出すと,どうしても気分が沈む.
が,いつまでも,くよくよしても仕方がない.
弟は,自分の道を見つけて,そこでがんばっているのだ.
そしていつかセシリアも大人になって,一人立ちするのかもしれない.
「君は,どこにも行くなよ.」
バウスは,愛想のいい笑みを作った.
マリエはかすかに驚いたように,目を見開く.
「結婚だの出産だのをきっかけに,仕事をやめるメイドが多いが,君はやめるなよ.」
優秀な人材に,ほいほいとやめられては困る.
「いや,やめてもいいが,子どもが大きくなったら戻ってこいよ.」
ましてやマリエは博識であり,なかなかに重宝するのだ.
彼女は気が抜けたように苦笑する.
「できるだけ長く,殿下にお仕えします.」
「そうしてくれ.」
軽く笑って,バウスは茶を飲み干した.
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