水底呼声 -suitei kosei-

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  エール(ウィル視点)  

同じ国の出身であるためか,みゆと翔は仲がよい.
それだけでもウィルには気にくわないのに,二人は少年には分からない故郷での話をする.
あるとき朝食の席で,翔はこう言った.
「この世界は,異次元の地球じゃないかな?」
「地球?」
シチューの中のカブを口に入れてから,みゆは目をしばたたく.
「太陽も月も,地球から見るのと同じように運行している.それに,」
野菜を多く取るみゆに対して,翔は肉料理を,ウィルと奪い合う.
「南半球の星座っぽくないか?」
「あ,」
思い当たるふしがあったらしく,彼女は声を上げた.
「私,大陸地図を見たときに,オーストラリア大陸に似ていると思った.」
「俺は日本の四国に似ていると思ったけれど,」
翔は首をひねる.
「確かに,オーストラリア大陸の方が似ているな.」
となると,ここは異次元の地球のオーストラリア大陸の中なのか,と二人の話は盛り上がる.
さらに,でも神聖公国の気候は地中海性気候ではないかだの,台風や竜巻は発生するのかだの,この大陸に砂漠はあるのかだの.
ウィルには,さっぱり分からない.
やつ当たり気味に,ゆで卵を一口でのみこむだけだ.
そして今も二人は,少年には理解できない話をしているのだろう.
夜の宿屋で,翔の部屋で,二人きりで.
ウィルは廊下で,みゆが部屋から出てくるのを,いらいらしながら待った.
本音を言えば,部屋に踏みこみたいのだが,それは我慢している.
けれど,そろそろ限界だ.
迎えに行こうと思った瞬間,扉に近づいてくる気配がある.
足音の軽さから,翔ではなくみゆだ.
ウィルはため息を吐いて,体を壁にもたれさせる.
彼女はどれだけ,恋人をやきもきさせれば気が済むのか.
ただでさえ,明日はライクシードと再会するかもしれないと,ぴりぴりしているのに.
部屋の扉が開いた.
みゆは,廊下のウィルに気づくと,無邪気な笑みを見せる.
「ウィル.明日の相談は終わったの?」
「うん.ミユちゃんを待っていたの.」
少年はにっこりと笑った.
すると彼女は,うれしそうにほほ笑み返す.
「ありがとう.」
かわいらしい笑顔に,ウィルは簡単に丸めこまれた.
とりあえず彼女の手を引いて,自分の部屋へ連れて行く.
ベッドの上に座らせると,みゆは少年の意図に気づいて,ほおを赤く染めた.
少しだけおろおろしてから,ウィルの顔を見上げる.
「いい?」
たずねてから,そっと抱きしめた.
彼女の口から返事はない.
けれど手が触れてきたので,ゆっくりと押し倒した.
黒髪に手を差し入れて,柔らかい耳たぶにかみついて.
眼鏡を外そうとしたとき,彼女が泣いていることに気づいた.
「ミユちゃん?」
透明なしずくを流しながら,ほほ笑んでいる.
「私はここにいる.この世界に留まる.だから,」
ウィルに向かって手を伸ばしてきたので,その手をしっかりとつかんだ.
「離さないでね.」
ウィルはうなずいてから,長い口づけを贈る.
明日,約二か月ぶりに王城へ帰る.
不安がないと言えばうそになるが,彼女の手を離すつもりはなかった.
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