水底呼声 -suitei kosei-

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  神様の居場所  

国立図書館館長のナールデンは,階段の踊り場で少女と出会った.
黒色の瞳をして,長い黒髪を背中に流している.
粗末な服を着ているが,どことなく品のある少女だ.
「やぁ,ウィリミア.」
声をかけると,少女はにこりとほほ笑む.
腕に,四冊の本を抱いていた.
「今日は,これらの本を借りるのかい?」
少女はこくりとうなずく.
ナールデンはウィリミアと,三日前に知り合った.
少女はとても勉強熱心で,毎日図書館にやって来てはさまざまな本を借りて帰る.
料理の献立本から法律書まで,手当たり次第だ.
さりげなく本の内容をたずねてみると,しっかりと理解しているから恐れ入る.
貧民街にいるのが,もったいない少女だった.
今日は何を借りるのだろう.
ナールデンは,少女の腕の中の本を眺めた.
そして,あれ? 珍しいなと思う.
今回,少女が借りるのは神学書ばかりだ.
いつもは,分野がばらばらなのに.
少女はじっとナールデンの顔を見上げていたが,やがて予期せぬことを問いかけた.
「館長様,神様にはどうすれば会えるのですか?」
奇妙な質問だった.
だがナールデンは,つい六日前に同じ質問を受けた.
不思議な雰囲気を持った,思いつめた瞳をした黒髪の娘から.
彼女の目が真剣だったから,ナールデンもまじめに答えたのだ.
「なぜ,そんなことを?」
今,目の前にいる少女は,その娘とどこか似ている.
髪と目の色が同じ黒である以上に,たたずまいが似ていた.
大切なものを隠し持っているような,特別なものを秘めているような.
「すみません.こんなことを聞くなんて,変,……ですよね.」
少女は恥じ入るように,声を小さくした.
「でも,館長様のご意見を伺いたいのです.」
少女の瞳にも,思いつめたものが宿っている.
ナールデンは,そっと少女の手を取った.
ほっそりとしているように見えて,少女の手は意外にごつい.
労働をしている手だ.
「ウィリミア,目を閉じてごらん.」
すっと,少女は夜の色の瞳を閉じる.
「神はいつも,君のそばにいる.」
ナールデンも瞳を閉じて,意識を集中させた.
祈りをささげるのは,ひさしぶりだ.
雑念のない静かな世界に身をゆだねたとき,ふと気づく.
とてつもなく大きな力が,そばにある.
聖女――?
この存在感は,神に近い者のそれだ.
ほんの少しだが聖女の血を引いているナールデンには分かる.
今,そばにいる少女は聖女か,もしくは相当に血の濃い神の一族.
ナールデンは瞳を開いた.
少女は,ぼんやりとした様子でいる.
君は何者なんだ.
外見から推定される年齢から聖女セシリアかと考えたが,セシリアはそれは見事な青の瞳をしているという.
ライクシードが,とても華やかで美しい少女だと自慢していた.
しかしウィリミアが聖女ではないにしても,稀有な存在であることは確かだ.
なぜ貧民街に住んでいるのか.
本来ならば,神殿に住むべき少女だろうに.
人の身の上を不用意にせん索してはいけないな,とナールデンは苦笑した.
「神に会えたかい?」
「えぇ.」
少女は暗い表情をして,うつむく.
「けれど私の神は今,小鳥のようにかごの中に閉じこめられています.」
苦しげにつぶやいた.
ウィリミアは,何か深く悩んでいるようだ.
どのような事情があるのか分からないが,少女は貧民街から逃げられないのかもしれない.
「私でよかったら,話を聞くよ.」
ナールデンはできるだけ優しく言ったが,少女は黙って首を振った.
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