水底呼声 -suitei kosei-

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  屋根の上の猫  

急な角度のついた王城の屋根の上で,くつろぐ黒猫を見つけた.
スミは窓から身を乗り出して,声をかける.
「先輩,そこはのんびりと寝転ぶ場所じゃないでしょう?」
ウィルは閉じていた瞳を開いて,にっこりとほほ笑んだ.
「危ないですよ.落ちたら,どうするのですか?」
と言いながら,スミは自分も屋根の上に降りる.
「落ちたら,どうなるの?」
体の均衡を取りながら歩いて,黒猫の隣に腰を降ろした.
「確実に死にますね.」
下を見るまでもない.
こんな高さから落ちたら即死だ.
「死んだら,どうなるの?」
「うーん,分からないです.」
ウィルは楽しそうに,くすくすと笑う.
「天気いいですね.」
絶好のひなたぼっこ日和だ.
黒猫が屋根の上にいた理由が分かる.
「先輩,あのことを聞いてくれましたか?」
風が心地よい程度に吹いている.
旅立ちのときは今,と誘っているようだ.
「あのこと?」
ウィルが,かすかに首をかしげる.
「俺と一緒に,世界の果てに行きませんかって話ですよ.」
スミは,北方調査隊の一員に選ばれた.
もちろんスミのような子どもが選ばれるのは,異例のことである.
スミはぜひ調査隊に参加したいと申し出たが,本当に選ばれるとは思っていなかった.
「毎回毎回,大人だけで山を登ってもつまらない.子どもの視点で新しい発見をしてくれ.」
隊長のクローはそう言って,スミの参加を受け入れてくれた.
さらに今回は初めて女性も加わって,北方調査隊としては過去最大の規模らしい.
それならば,とスミはクローに,ウィルを推薦した.
ウィルは,あまり周囲には知られていないが,神聖公国の産まれなのだ.
ウィルを連れて行けば,いろいろと新しい発見があるのかもしれない.
クローはスミの提案に賛同したが,ほかの隊員たちが難色を示した.
あんな不吉な黒猫とともに旅はできないと.
隊内でもめた結果,国王に決定してもらうことになった.
しかし,スミには勝算があった.
なんだかんだ言って,国王はウィルに甘い.
ウィルが調査隊に参加したいと言えば,許可を与えてくれるだろう.
「カイル師匠が反対したから駄目だってさ.」
「えーっ!?」
予想外の答に,スミは驚いた.
「なんでですか? 先輩は神聖公国,――自分の故郷を見たくないのですか?」
「僕は呪われているから帰れないの.」
ウィルはあくびをして,再び眠ろうとする.
「じゃ,こっそり城を抜け出しましょうよ!」
「なんで?」
面倒くさそうに,黒の瞳を開いた.
スミは言葉に詰まる.
なんでって,なんで?
黒猫は太陽の光に,気持ちよさそうにまどろむ.
ウィルは,今の自分の立場に不満はないのだ.
スミのように,王国を救いたいという強い気持ちもない.
だからいつも,カイルや国王の言いなりで…….
「先輩,」
意気ごんでいただけに,スミは脱力した気分になる.
ウィルとともに旅をするのを,実は楽しみに感じていた.
「生きていて楽しいですか?」
暖かな陽気に,黒猫は本格的に寝息を立て始めた.
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