水底呼声 -suitei kosei-

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  携帯電話  

携帯電話のバッテリーは,三日で切れた.
みゆは,暗い液晶画面をぼんやりと眺める.
もともと電波は入っていなかった.
だからバッテリーが切れたからといって,不安になる必要はない.
けれど,なぜか心もとなかった.
みゆは携帯電話をぱたんと折りたたみ,顔を上げる.
大きな窓から見える空は,青く美しい.
このように澄んだ空は,“日本”には存在しない.
いや,地球上のどこにも存在しないのかもしれない.
「ここは,どこ?」
「王国だよ.」
答える声が,真後ろから聞こえた.
「ウィル.」
振り返ると,黒の少年がすぐそばに立っている.
みゆにまったく気づかせずに,いつの間にか近づいていたらしい.
「どうして,いつも足音がしないの?」
少年はおかしそうに,くすくすと笑った.
「僕は,国王陛下の黒猫だから.」
「答になっていないわ.」
一歩離れて,みゆは携帯電話をポケットに入れた.
少年の視線が追いかける.
無視してもよかったが,みゆは電話を取り出した.
「これは携帯電話よ.」
電話を開いて,差し出す.
少年は興味しんしんで受け取った.
「軽いや.」
もっと重いものだと思ったのだろう,素直に驚いている.
「何の道具なの? ミユちゃんは昨日もこれを見ていたよね.」
そして先ほどと同じく,背後から少年が近寄ってきた.
「遠くにいる人と話したり,」
メールやインターネットは,どう説明すればいいだろうか?
「手紙を送ったり,情報を集めたり,いろいろなことができる道具.」
少年は携帯電話を,かぱかぱと開けたり閉じたりして遊ぶ.
「大事なもの?」
「あまり大事じゃない.」
携帯電話がなければ,一分一秒たりとも生きていけないタイプではない.
「そうだと思った.」
少年はくすりと笑む.
なぜ? とたずねようとして,みゆはやめた.
大事なものなど,みゆには何ひとつとしてない.
それを少年は分かっているように思えた.
「なぜ私を,この世界に召喚したの?」
少年の笑みが深くなる.
「秘密.」
「なぜ十日間も滞在しないといけないの?」
「それも秘密.」
「秘密だらけね.」
みゆがあきれると,少年は笑い出した.
「ミユちゃんは,この城の大切なお客様だから.」
「そうは思えないわ.」
城の中に閉じこめているくせに,何を言う.
「皆,君を歓迎しているよ.」
どうもウィルのせりふは,うそっぽい.
だが,みゆが賓客扱いなのは確かだった.
立派な個室が与えられ,食事も豪華だ.
「私,うそつきは嫌いなの.」
携帯電話を返してもらいながら,小さな声でつぶやく.
つぶやいた後で,妙なことを言ったなと思う.
みゆに嫌われようが好かれようが,ウィルにはどうでもいいことだ.
「僕は,うそはつかないよ.」
にっこりと,少年が無邪気な笑みを見せる.
意表をつかれたが,みゆは負けじとほほ笑んだ.
「でも隠しごとはしているでしょう?」
「うん.」
正直に答えられて,みゆは今度こそ言葉に困った.
確かに,うそはついていない.
「だから僕のことは嫌いにならないでね.」
冗談なのか本気なのか.
少年の笑顔に,みゆは返事をしなかった.
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