水底呼声 -suitei kosei-

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  14−1  

古藤さんへ

透を異世界から帰してくれてありがとう.
俺たち家族はみんな,君に感謝している.
それから透と入れちがいに,百合がいなくなった.
彼女はときどき「子どもの声が聞こえる.」とか「何かを思い出しそうになる.」とか言っていた.
だから,異世界にいるわが子のもとへ行ったのだろう.
何から書けばいいのか,分からない.
俺が日本に帰ってから,いろいろなことがあって…….
それに,この手紙が君のもとへ届くのか自信がない.
できるだけ念をこめて,――つまりは超能力を使って,ポストに入れるつもりだけど.

俺は,いとこの透と絵里子に,異世界を旅したことを話した.
どうせ信じないだろう,ふたりは子どもだからいいだろうと思って.
今では,軽率なことをしたと後悔している.
そしてゴールデンウィークのある日,透と絵里子がいなくなった.
姿を消す直前に,百合と会っていた.
だが彼女が透たちを異世界に送るなんて,できるわけがない.
俺たち家族は,子どもたちは何らかの事故にあったか,何らかの事件に巻きこまれたと考えた.
ところが,ふたりは見つからない.
俺は,透たちは異世界へ飛んだのではないかと疑った.
よってあの子たちに,何度も祈るように呼びかけた.
俺が召喚された予備校近くの交差点や歩道橋に足を運んで,神聖公国やカリヴァニア王国に行けるようにさけんだりもした.
それでも,うまくいかないから,古藤さんにも呼びかけた.
ついには古藤さんが透と一緒にいるのを発見して,透を家に連れ戻した.
ただ絵里子が,相変わらず行方不明のままだ.
透は異世界でのことを,あまりしゃべらない.
透と絵里子の両親は,考えたくはないことだが,絵里子はなくなったのではないかと不安がっている.
でも俺は何となくだけど,彼女は生きていると感じている.
絵里子は,水没する王国で戦っている古藤さんにあこがれていた.
なので,きっと君を探している.
絵里子の写真を同封しておくよ.
年は十六才.
これは失踪時の年齢だから,実際は十六才以上.
ちょっとくせのある黒髪で,中性的な容姿をしている.
もしかしたら,ファンタジー風の名前を名乗っているのかもしれない.
ネットゲームみたいに,透と絵里子はハンドルネームを使っていたらしい.
透は,由良透(ユラ・トール)のラとトを取って,ラート.
ラートだなんて,聖女のまねをしていたのかな.
絵里子はエリコをもじって,エリューゼ.
頼ってばかりで悪いが,彼女を探してほしい.
君とエリューゼは,必ず出会えるはずだ.
2008年5月21日 柏原翔
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