水底呼声 -suitei kosei-

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  13−14  

銀髪の王子は,見るからに疲労していた.
バウスに続いて,スミとちょびひげのある騎士が入ってくる.
彼らは王子の護衛らしく,バウスの左右に立った.
バウスの背後にある廊下には,セシリアとマリエがいる.
彼女たちの周囲には,親衛隊の騎士たちが五,六人ほど控えていた.
「おじさんこそ誰だよ? それにまた劣化コピーがいる.」
透はセシリアを見て,困惑していた.
「いったい何人の劣化コピーがいる? 多すぎるよ.」
不安げに,部屋中の人を見回す.
「バウス殿下,この子が男の神です.」
みゆは教えた.
バウスは透に視線を注ぐ.
「ただの子どもに見えるが.」
透が王子をにらみつけた瞬間,
「殿下,危ない!」
スミが体当たりして,バウスが横に吹っ飛ぶ!
けれど,何も起こらない.
透が疑うような目で,みゆを見た.
「あなたが神なら,私も神よ.」
みゆは両手を組んで,しゃべる.
「あなたの好きにさせない.私の大切な人たちを傷つけさせない.」
みゆは透の力を,完全に押さえこんでいた.
昨日の特訓の成果なのか,神が普通の日本人と分かったからなのか,みゆは魔法を使いこなしていた.
今なら,百合の力も抑えることができる.
「なんでだよ?」
透は,みゆの行動が信じられないようだ.
「ストー,この子どもを捕らえろ.ただし子どもだから,手荒に扱うな.」
立ち上がったバウスが,ちょびひげのある騎士に命じる.
「はい.」
彼は,ほかの騎士たちを従えて進み出た.
透はおろおろしてから,逃げようとする.
「ひっ,」
少年の足もとに三本のナイフが刺さる,投げたのはウィル.
透は顔を青ざめさせて,しりもちをついた.
少年の手から,ぬいぐるみが落ちる.
縄を持った騎士たちが,少年を縛り上げる.
透はみゆに,助けてと目で訴えた.
「助けないわ.」
みゆは情に流されないように,こらえた.
「私は,神に,――あなたに呪われた王国を救うために,旅をしたのよ.」
少年の口が,ぽかんと開く.
「私も柏原君も白井さんも,カリヴァニア王国の滅亡を阻止するために召喚された.」
透のせいで,みゆはいけにえとして召喚された.
みゆのクラスメイトだったために,翔と百合は巻きこまれた.
翔から話を聞き,百合のぬいぐるみを持って,透と透の姉はこの世界にやってくる.
姉が殺されて,カリヴァニア王国ができて,みゆが召喚される.
ことの始まりは,誰だったのか?
みゆ,翔,百合,透,透の姉はたがいに深く関係しあっている.
「カリヴァ……,王国?」
透はとまどっている.
少年の両脇にはふたりの騎士がいて,油断なく透を見張っている.
「湖の中の半島にある国よ.いけにえたちを閉じこめる結界も,あなたが作ったのでしょう?」
「うん.でも,カンニバル王国と名づけたのに.」
透の返答に,みゆは再びあきれた.
カンニバルとは食人である.
何という嫌な名前をつけるのだ.
だが,カンニバルはカリヴァニアと,ときがたつにつれて変わっていった.
呪われた王国について書かれた暗号本が作られたときには,すでにカリヴァニアになっていた.
「この世界は,あなたのおもちゃではないわ.」
みゆは透に,しっかりと言い聞かせた.
「由良君,2008年の日本に帰りなさい.」
「姉さんがいないのに,帰れるわけがないよ.」
少年は悲しげに,まゆを下げる.
「古藤さんも姉さんをなくしたよね? 夢の中で見たよ.あなたも,姉さんを生き返らせたいはずだ.」
そうだ,みゆだって姉に会いたい.
しかしかやが,大勢の人の命を犠牲にして,よみがえることを望むわけがない.
みゆがいけにえをささげる,――殺人に手を染めることを望むわけがない.
むしろ,かやが望むのは…….
そのとき,みゆは気づいた.
本当に,簡単な答に.
「私の望みは姉さんの命を取り戻すことだけど,姉さんの望みはちがう.」
透が,みゆを凝視する.
「姉さんの望みは,私が生きて幸せになること.」
かやの人生をたどることばかり考えていた.
姉の通った高校に入り,姉の通った大学を目指した.
姉を守れなかったかわりに,カリヴァニア王国を救おうと考えていた時期もあった.
けれど,かやの望みはそれらではない.
「だから,私は生きて幸せになるの.」
今,はっきりと思い出せる.
崩壊する洞くつで生き埋めになる寸前,セシリアは「死にたくない!」とさけんだ.
きっとあれこそが,天国にいるかやからの,生きなさいというメッセージ.
「たとえウィルと一緒でも,私は死なない.」
もしもひとりだけ生き残っても,死んではいけないのだ.
みゆは情けなく笑って,恋人を見つめる.
「ごめんなさい.昨日,あなたと一緒なら湖底に沈んでも構わないと話したのに.」
ウィルは優しくほほ笑んで,みゆの手を取った.
「君が幸せになるためには,僕が必要.ともに生きよう.」
黒の瞳は,みゆのすべてを受け入れてくれる.
みゆはうっとりして,うんと返事した.
ところが,
「いちゃいちゃしている場合ではないですよ.」
スミのあきれた声に,みゆはほおを赤くした.
しかめっつらを作ってから,
「なのであなたも,お姉さんの復活をあきらめなさい.」
透に説教する.
少年はすねて,唇をとがらせた.
「説得力がないし.てゆうか,その劣化コピーが彼氏なの?」
「ならば俺が言ってやろう.死者の蘇生は不可能だ.」
バウスの表情は,甘えを許さない厳しいものだ.
「誰もが望むが,けっしてかなえられない.」
言葉は重かった.
彼にも,生き返らせたい人がいるのかもしれない.
もちろん,みゆにもウィルにもいる.
「ミユ,神聖公国に集中していた豊かさは,大陸中に散らばったのか?」
バウスの問いに,みゆはうなずく.
バウスたち神聖公国に住む人々にとっては不都合なことを,みゆはした.
しかし,自分はまちがっていないと思っている.
「そうか.」
バウスの声から,落胆や怒りは感じられなかった.
答を予想していたのだろう.
「僕なら,もとの楽園に戻すことができる.」
透のせりふに,王子の青の瞳が迷った.
だがすぐに,バウスはくつくつと笑い出す.
「俺は未熟だな.一瞬だけとはいえ,揺らいでしまった.」
笑いを収めてから,堂々と宣言する.
「聖女や神の守護に頼らない国を作るのが,次期国王である俺の仕事だ.」
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