水底呼声 -suitei kosei-

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  13−15  

「俺は,自分の国だけで富むのではなく,まわりの国とともに栄える道を選ぶ.大陸の豊かさのかたよりがなくなったならば,国境地帯での争いをなくすことは可能だ.」
バウスのせりふと同時に,スミやマリエたちの表情が引きしまる.
透に頼んで,結界や富の集中を復活させる方が楽なのだろう.
だがバウスは,困難な方を選んだ.
透は裏切られたように,ショックを受けていた.
「ユリシーズの子孫が,そんなことを言うなんて.」
「俺はジーズの子孫だ.」
バウスは答える.
「ジーズって誰?」
「二代目王朝の始祖だ.」
そしてユリシーズは,初代王朝の始祖だ.
女の神が殺害された後,そしておそらく透が塔の地下で眠った後,神聖公国では王朝が変わった.
バウスと透の会話は,長々と続く.
いや,バウスは透から情報を引き出していた.
みゆが,王子のやり方に感心していると,
「立ちっぱなしは,体に悪いよ.」
ウィルがみゆの肩を抱いて,ベッドに連れていく.
みゆを座らせると,恋人はくすくすと笑い出した.
「トールは,ショウと似ているね.」
みゆも,そんな場合ではないが,笑ってしまう.
透と翔はいとこなので,容姿が似ていて当然だ.
なので百合は,男の神は翔に似ていると感じたのだろう.
扉に視線をやると,マージと神官長が部屋に入ってきた.
マージは心配そうに,そばに寄ってくる.
「大丈夫です.」
みゆは彼女に,笑顔を見せる.
神官長の方は,サイザーとキースの方へ行った.
一方,透とバウスは,
「僕と姉さんは日本語を教えたのに,なんで日本語でしゃべっていないの?」
「昔はニホンゴとやらを使っていたのだろう.ただし何百年もたてば,言葉は変わる.」
みゆは驚いた.
バウスたちの言葉は,日本語が変化したものだった.
従ってみゆと翔と百合は,魔法をかけられただけで,会話も読み書きもできるのかもしれない.
「あれ?」
みゆは,とんでもないことに気づいた.
ということは,神聖公国の古代文字は日本語だ.
国立図書館でナールデンは,古代文字は数種類あると言っていた.
多分,日本語と日本語の変化したものがあるのだろう.
だから,みゆが古代文字を見れば,日本語だと分かった可能性が高い.
しかしみゆは,古代文字の解読に参加しなかった.
目の前に答があったのに,無視し続けた.
おのれのおろかさに,ふらーっとベッドに倒れそうになる.
ウィルが危うげなく,みゆを支えた.
「疲れた?」
「ううん.ちょっとがっくりきただけ.」
彼は表情を厳しくして,みゆの耳もとでささやく.
「多少,無理してでも,トールの力は抑えていて.」
「あ,うん.」
みゆはあわてて,緊張感を持ちなおした.
みゆがしくじれば,透は遠慮なく神の力を振るう.
百合が洞くつを崩壊させたように,大神殿を倒壊させる恐れがある.
もしもそうなれば,ここにいる全員は即死だ.
みんなの命綱を握っているのは,みゆなのだ.
「なぜ,神聖公国の俺たちとカリヴァニア王国のスミたちは,同じ言葉を利用している?」
バウスは透に尋問を続けている.
「約五百年間,ほとんど交流がなかった.だからその間に,言葉はちがうものに変わるはずだ.」
透はなぜか,みゆをうらめしそうに見た.
「大陸内では,すべての人が同じ言葉をしゃべるように,制限をかけていたのに.」
「あ,」
みゆは声を上げた.
世界のゆがみを正すときに,そんなものがあった気がする.
言語や食事や宗教など,いろいろな縛りがあった.
みゆは熟慮せずに,それらの縛りを全部、解いた.
「これからは,方言や外国語ができると思います.つまり場所によって,ちがう言語をしゃべります.」
みゆはバウスに説明する.
彼は少し考えてから,
「人やものの往来があっても,ちがう言語になるのか?」
「はい.でも外国語は勉強すれば習得できるので,支障ありません.」
透は,ふてくされている.
「僕は英語ができないよ.古藤さんは頭がいいから,そんなことが言えるんだ.」
まさかこの子は,英語が苦手だから,外国語が発生しないようにしたのか.
しかしみゆは今まで,外国語禁止の恩恵にあずかっていた.
もしも言語の規制がなければ,カリヴァニア王国語と神聖公国語が存在した.
よって,みゆもウィルもスミも,神聖公国で言葉が通じなかっただろう.
バウスは深刻な面持ちで,マリエとひそひそと話し合っている.
外国語に関しては,予想外だったのだろう.
「わ,私も,」
サイザーが突然,透に話しかけた.
みゆたちはみんな驚いて,彼女に注目する.
「私も劣化コピーですか? 私は聖女ではないのですか?」
すがるような切実な声だった.
みゆは,はっとしてウィルを見る.
ウィルとサイザーは,聖女のはずだ.
けれどウィルは,さきほど劣化コピーと呼ばれた.
となると,サイザーも…….
「聖女のわけがないよ.姉さんとは,似ても似つかないよ.」
案の定,透は否定した.
サイザーの髪は薄水色をしていて,日本人のクローンとは思えない.
日本人に限らず,地球人としてもほぼありえない.
「この部屋にいるのは,劣化コピーばかりだ.神の器である聖女はどこにいる?」
大神殿にいるはずなのに,と少年はいぶかしげにつぶやく.
「私が聖女です!」
サイザーがさけび,透はぎょっとした.
「私が聖女でないならば,私は何をしてきたのですか? 私の血筋を,――聖女の血を残すことばかり考えていたのに.」
老いた“聖女”が,何も知らない少年を責める.
「嫌がる娘のマールを神の塔に入れて,息子のデノンに結婚を強いてセシリアを作らせて,……そもそもマールは,」
一瞬だけ黙って,泣き出しそうになる.
「塔に再び入る必要がなければ,死なずにすんだのに!」
涙とともに,本音がこぼれ落ちた.
「教えてください,なぜマールの腹から双子が産まれたのですか? それに孫のリアンだって出産で命を落として.あなたは神なのに,なぜマールとリアンを守ってくれなかったの!?」
サイザーの絶叫に,透はおじけづいている.
みゆはサイザーのもとへ行こうとしたが,ウィルが止めた.
何十年という人生の重みを,娘と孫をなくした悲しみを,誰も受け止められない.
「落ちつけよ,ばばぁ.セシリアが黙って耐えているのに,年寄りがきーきーわめくな.」
バウスが面倒くさそうに,なだめる.
「あと,セシリアを作らせたとか言うな.セシリアはものじゃない,俺の妹だ.」
銀の髪の少女は唇を引き結んで,バウスの背後に立っている.
やがて,意を決して口を開いた.
「昔,聖女は全員,黒髪だった.」
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