水底呼声 -suitei kosei-

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  13−13  

「異世界から帰ってきた翔君に,話を聞いたんだよ.」
これまた素直に,透はしゃべる.
「翔君は,剣と魔法のファンタジー世界で,王様から世界を救うように頼まれた.そして,古藤さんと白井さんとともに旅をした.」
話が歪曲されている,とみゆは感じた.
翔が,このようなうそを吹きこむとは考えにくい.
おそらく透が勝手に,自分にとって分かりやすいストーリーにしているのだろう.
「だから,僕も勇者になって冒険するために,異世界に行きたかった.」
旅行やホームステイ,もしくは遊園地やテーマパークの感覚で来たのだ.
みゆが視線を横にやると,ウィルとライクシードとキースは,まゆをひそめている.
透の話を理解できていないのだろう.
サイザーはがくがくと震えて,何も耳に入っていないようだ.
「あなたにも会いたかった.」
透はみゆを見つめる.
「異世界に着いてから,あなたを探したけれど見つからなかった.こんな風に出会えるとは思わなかった.」
「柏原君に頼んで,この世界に来たの?」
話が脱線してきたので,みゆは戻した.
翔がいとこたちを送りこむとは,信じられないが.
「ちがうよ.翔君は,まじめに取り合ってくれなかった.そこで,同じく異世界に行って帰ってきた白井さんに頼もうと考えた.」
みゆは不審に思って,口をはさんだ.
「白井さんは今,大神殿にいるわ.」
異世界に行って帰ってきた,というのはおかしい.
「彼女は,2006年の十月に帰ってきたよ.」
透は言う.
今は日本では,2006年のはずだ.
だが,何月なのか,みゆは把握していない.
「今日は十月二十七日だから,白井さんはこれから日本へ帰るんだ.」
確かに,彼女は近日中に帰国する予定だ.
つまり,透は,
「あなたは西暦何年の何月に,この世界に来たの?」
未来の地球から,――翔と百合が帰郷した後の日本からやってきた.
「2008年の五月だよ.ゴールデンウィークに来たの.」
みゆは驚いた.
今から二年後に,透たちはやって来る.
「僕たちは超能力が使える,時間旅行(タイムトリップ)ぐらいたやすいよ.」
そうかもしれない.
みゆは地球からこの世界に戻るとき,過去に飛ぶことも可能だった.
しかし未来を選び,さらに百合に捕まったために,二年もさきの未来へ行ってしまったのだ.
だが,ならば納得できないことがある.
「時間を行き来できるのなら,あなたのお姉さんを救えるはずよ.過去に戻って,お姉さんに用心するように伝えればいい.」
同じ方法で,かやも救えるかもしれない.
過去に戻って,手紙や電話で電車に乗らないように伝えればいい.
ただ,かやがその不可解で怪しげな忠告を信じてくれるとは思えないが.
「それはできないよ.」
透の顔はこわばっている.
「なぜ? お姉さんもタイムトリップできるのなら,未来から来たあなたの忠告を聞くはずよ.」
手のこんだやり方で姉を蘇生するより,ずっと楽だ.
ところが少年は,気まずそうに黙る.
みゆは待ったが,少年は口を開かない.
「白井さんは2008年には,どうしているの?」
仕方がないので,話を変える.
「教育大学に通っているよ.」
話が変わって,透はほっとしていた.
「僕は翔君の携帯電話で,彼女の住所や電話番号をこっそりと調べた.」
携帯にはロックがかかっていなかったので,簡単だったらしい.
「僕は姉さんと一緒に,白井さんの家に向かった.玄関のインターフォンを鳴らして,翔君のいとこだと告げたら,彼女は家から出てきてくれた.」
百合は翔に電話して,透たちの身元を確認してから,透たちを家に入れた.
リビングで,お茶を用意しつつ,
「ちがう世界に行ったなんて翔のよた話を,信じちゃ駄目だよ.」
と笑った.
そして異世界のことを,ほとんど覚えていなかった.
またリビングには,ぬいぐるみがたくさんあった.
猫,くま,うさぎ,ぞうといろいろな動物の形をしていたが,色は全部ピンクだった.
「趣味で作っているの.」
百合は気軽に,ぬいぐるみのうちのひとつをくれた.
透たちは礼を述べて,彼女と別れ,家から出ていった.
「僕たちは駅に向かって歩いていた.」
少年は,抱いているくまのぬいぐるみに視線を落とす.
「するとぬいぐるみから桜吹雪が発生して,異世界まで飛ばされた.」
ぬいぐるみの色はピンクではない,桜の色だ,とみゆは気づいた.
百合の娘を象徴する,淡くて優しくてかわいらしい色だ.
みゆは,胸が詰まるような思いがした.
百合は,みずからの記憶を消した.
なのに,彼女のわが子への愛情が,――大神殿に戻り桜に会いたいという気持ちが,透たちをこの世界に導いた.
「異世界に到着して,僕たちはものすごく喜んだ.だけど,」
少年は不満げに,顔をしかめる.
「十日間,街に滞在したのに,何のイベントも起こらなかった.」
十日間は,いけにえだったみゆがカリヴァニア王国の王城に滞在した期間だ.
偶然の一致なのか意味があるのか,判明しないが.
「せっかくチート能力があるのに,世界滅亡の危機はない.魔王やモンスターもいない.冒険者のギルドやダンジョンもない.平凡なモブキャラしかいなくて,まったく楽しくなかった.」
透の言いぐさに,みゆはあきれた.
「当たり前でしょう.ここはゲームの世界じゃない,現実よ.」
プレイヤーにとって都合よく用意されたゲームではない.
「簡単に操作できるゲームみたいなものだよ.」
透は,あっさりと否定する.
「だから僕と姉さんは退屈な世界を改変するために,過去にさかのぼった.」
そして大陸に,神として君臨した.
「シミュレーションゲームみたいで楽しかったよ.猿のような暮らしをしていた人間たちに,家や服を与え,火の使い方や農業のやり方を教えた.」
現代日本の知識を使って,産業革命のようなものを起こした.
「ゲームの中でセーブとロードを繰り返すように,過去に行ったり未来に行ったりした.」
みゆは頭が痛くなってきた.
透がウィルに向かって,劣化コピーと口にした理由が分かった.
少年は,この世界に生きるウィルたちを,ゲーム内のキャラと認識している.
よって人々が傷ついても,世界がゆがんでも,罪悪感がない.
大勢のいけにえをささげ,姉を生き返らせようとしても.
「僕たちは,大陸の中央に富を集めて楽園を作った.穀物も黄金もすべてがある,完璧な国を!」
透は子どもらしく無邪気に,自分たちの作品を自慢している.
「大陸で一番賢い男を,楽園の王様にした.王様になったユリシーズは,国をもっと栄えさせた.」
「この頭のおかしいガキは何だ?」
不機嫌な声が割って入る.
目の下にクマを作ったバウスが,部屋に入ってきた.
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