水底呼声 -suitei kosei-

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  13−12  

声が聞こえる.
大神殿の地下から,男の神の声が聞こえる.
「ウィル,神が来る.」
みゆは,棚の上に置いていた眼鏡を取ってかけた.
「分かった.」
彼はあっという間に,黒服を着こんでいく.
「でもその前に,ライクシードが来るよ.」
服の下にナイフを隠して,手際よく戦闘の準備を進める.
みゆは,寝巻きの上にガウンをはおった.
ばたんと扉が開いて,
「ミユ,ウィル! この白い羽は何だ? いきなり降ってきて,ミユの声がしたぞ.」
ウィルの予想どおりに,ライクシードが飛びこんできて,羽を見せる.
「それに,いろいろな景色が,」
ウィルが視線を送ると,ライクシードは何かを察した.
「誰か来るのか?」
戦士の顔つきになる.
みゆが返答する前に,再び部屋の扉が開く.
キースとサイザーが入ってくる.
キースは武装を整えていた.
対してサイザーは,みゆと同様に寝巻きにガウンをはおっただけだ.
彼女は息が切れて,目で問いかける.
みゆは一気に話した.
「男の神が目覚めました.昨日,結界がすべて壊されたからだと思います.」
さすがに異常を感じて,眠っていられなくなったのだろう.
いけにえたちを閉じこめていたカリヴァニア王国の結界が,全部消えたのだ.
前回は一部が切れたのみだったが,今回は全壊だ.
「神は私を,味方に引き入れようとしました.」
同じ日本人であり,同じく姉をなくしたみゆは,さぞかし誘いやすかっただろう.
おそらく,みゆが昨日,大神殿に戻ったときから声をかけていた.
よってみゆは,やたらとかやを思い出した.
「もしかしたら,白井さんも誘ったのかもしれません.けれど私も彼女も,誘いに乗りませんでした.」
思い当たるふしがあったらしく,サイザーは両目を見開く.
「さらに私は,カリヴァニア王国の呪いを取り払いました.女の神の復活を邪魔された男の神が,今からやって来ます.」
怒り狂った神が,報復のために来る.
ウィルが,くすりと笑った.
「相手が誰であろうと,ミユちゃんと子どもは守る.」
ライクシードとサイザーは,顔色をなくしている.
キースは,ぽかんとしていた.
が,ライクシードは覚悟を決めて,剣のさやをぎゅっとつかんだ.
キースは両手でほおをたたいて,気合を入れている.
「神は,私と同じ日本人です.そして聖女は,」
神の塔に入り,必ず女の子を,――ルアンとリアンの場合は双子だったが,身ごもる女性たち.
今はちがうが,昔の聖女はみんな双子みたいに似ていた.
「殺された女の神のクローンです.つまり日本人女性のコピー,複製です.」
遺伝情報と肉体を保持するためのシステム.
「そのコピーの体に,女の神は復活する予定でした.」
聖女が十六才になると神の塔に入るのは,多分,女の神が十六才で死んだから.
クローンやコピーという言葉の意味が,ウィルたちに通じたのか分からない.
だがサイザーは蒼白になり,よろよろと倒れそうになった.
キースが,彼女の肩を抱いて支える.
「日本人は,この世界で超能力が使えます.聖女が奇跡の技を使えるのは,日本人のコピーだからです.」
そして神の一族は,コピーである聖女の子孫たちだから,同じく奇跡の技が使える.
「すべての元凶は,地球からやって来た私たちです.なので私が,決着をつけます.」
男の神と対決して,彼を排除する.
「逃げてください,ラート・サイザー,ライクシードさん,キースさん.」
彼らを巻きこむわけにはいかない.
「来たよ.」
みゆとほぼ同時に,ウィルがしゃべった.
扉が開く.
みゆが身構えるより早く,ウィルがみゆをかばって前に立つ.
キースはサイザーの前に立ち,ライクシードは微妙に立ち位置を変えた.
「あなたが古藤さん?」
現れた男の神は,十五才にも満たない少年だった.
子どもの登場に,ライクシードの手が,剣を抜くべきかいなか迷っている.
「西暦2004年に,翔君と白井さんとともに失踪した古藤さん?」
黒髪黒目の,日本ではどこにでもいるような男の子だ.
ボーダーシャツを着て,灰色のパーカーをはおり,紺色のジーンズをはいている.
ただ,ピンク色のくまのぬいぐるみを腕に抱いているところだけが奇妙だった.
「そうよ.あなたは誰なの?」
みゆが問いかけると,少年は意外に素直に答える.
「僕は由良透(ゆら とおる),中学一年生.柏原翔のいとこだよ.」
少年は友好的な笑みを浮かべたが,みゆはほほ笑み返すことができなかった.
翔のいとこ?
本当に?
もしも本当ならば,なぜ翔のいとこが神になっている?
それに翔は,さきほどみゆの夢にやってきた.
もしや,これを知らせに現れたのか?
「その劣化コピーは何なの?」
透は,きょとんとしてたずねる.
少年の視線から,劣化コピーとはウィルのことらしい.
「劣化?」
みゆは不機嫌になった.
「だって,姉さんは男じゃない.」
腹を立てたみゆに,透はとまどっている.
「そんな外国人みたいに,彫りの深い顔じゃないし.」
ウィルは話が理解できないようで,少し困っている.
みゆは彼の背後から出て,隣に立った.
「あなたはどうやって,この世界に来たの?」
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