水底呼声 -suitei kosei-

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  13−9  

ウィルはスミと廊下に出て,適当に歩く.
周囲に人がいないのを確認すると,足を止めた.
「図書室のほかに,どこへ行っていたのですか?」
若草色の髪の少年がたずねる.
「ユリのところへ.」
ウィルは,彼女の力と記憶を封じたことを明かした.
「ラート・ユリは,今度こそ完全に子どもを捨てたのですね.」
スミの声は苦かった.
次にウィルは,百合の最後のなぞめいた言葉について教えた.
「ユリが誰の声を聞いているのか,ひいおばあちゃん,――ラート・サイザーにも分からないみたい.」
「承知しました.バウス殿下に相談してみます.」
「よろしく.それから,神聖公国の今の状況について説明して.」
結界が壊れて,これからどうなるのか?
「東西南北の四国から,軍隊が攻めてきます.」
厳しい顔つきで,スミはしゃべった.
「どれだけ楽観的に考えても,数か月後にはどこかの国境が突破されるでしょう.」
「ミユちゃんの結界は,間に合わないね.」
ウィルはつぶやいた.
みゆが魔法の練習をしているうちに,戦火は神聖公国の中心までやってくる.
「明日,セシリアと大神殿まで来るつもりですが…….」
やめた方がいいですか? とスミは問うた.
「いや,連れてきて.うまくいけば,それでいいから.」
うまくいかなくても,スミたちが徒労に終わるのみだから構わないだろう.
「神聖公国は,滅亡寸前だね.」
「はい.」
スミは沈痛な面持ちで肯定する.
「結界がなくなって,カリヴァニア王国は,」
助かったけれど,と言おうとして,ウィルはぎくりとした.
カリヴァニア王国も,神聖公国と似たような状況になっているのではないか.
カリヴァニア王国は,水の国の中にある.
水の国の国民たちは,カリヴァニア王国も侵略しようとするのかもしれない.
王国が,二年後に水没する運命を知らずに.
王国は高い山々と湖に囲まれているから,水の国の者たちはすぐには手を出せない.
だが数日後には,山を越えたり船に乗ったりして,四方八方から襲いに来る.
ウィルはみゆを探していた二年間,王国のあちこちを回った.
王国最北端のカーツ村を含め,国境の村々にも足を運んだ.
友人や知り合いもいる.
ウィルは心底,ぞっとした.
カリヴァニア王国の国境には,ウィルの友人たち,――民衆たちを守る軍隊などいない.
国境も,王都も城も無防備だ.
「王国の方が危ない.多分,数か月ともたない.」
国王のドナートやルアンやカーツ村の村長たち,彼らが心配だった.
なのにウィルは,彼らに危険を知らせることすらできない.
行儀悪く,舌打ちしたい気分にかられた.
よくも,あんなにも簡単に結界をつぶしてくれたものだ.
百合のせいで,とんでもなく大変なことになっている.
「俺は親衛隊の騎士として,首都リナーゼを守るための戦いに参加します.」
こんな腕ですけれど,と悔しそうにスミは話した.
「先輩はどうしますか?」
みゆと子どもを守るために,どうするのが最善か?
大神殿に留まるか,どこか安全な場所に逃げるか.
しかしもはや,神聖公国にもカリヴァニア王国にも安全な場所はない.
そして身重のみゆを抱えて旅をするのは困難だ.
さらに,彼女は大神殿から逃げるのを拒否するかもしれない.
「ここに残って,戦うよ.」
大神殿に留まり,もしくは首都に移動して,侵略者たちを迎えうつしかない.
勝ち目は少なくても,その方法しかない.
スミの顔を見ると,すでに覚悟を決めているのが分かった.
ウィルも,同じ表情をしているだろう.
「先輩がいるのは心強いです.ありがとうございます.」
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