水底呼声 -suitei kosei-

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  13−5  

みゆは,ウィル,サイザーとともにテーブルに着席した.
「私はカリヴァニア王国にいるウィルに会うために,洞くつに入りました.」
洞くつの中であったことを,向かいの席のサイザーに対して順番に話す.
話の途中で,マージがお茶を用意してくれたので,口に含んだ.
「伝え忘れていたのですが,」
みゆは,同じくお茶を飲んでいるサイザーに謝る.
「ごめんなさい.借りていた髪飾りをなくしました.」
汚れた服を脱ぐときに,頭に髪飾りがないことに気づいたのだ.
「洞くつで落としたのだと思います.」
「そう.」
サイザーはそっけなく返答した.
さらにみゆは,説明を続ける.
ウィルの魔法で洞くつから命からがら抜け出したとしゃべると,ウィルが口をはさんだ.
「ミユちゃんが,僕とスミとセシリアを連れ出したんだよ.」
「私が?」
みゆはびっくりする.
「うん.」
ウィルは肯定したが,みゆの記憶はあやふやだった.
ウィルと死のうとして,セシリアが泣きながらさけんで,がむしゃらにスミを引っ張った.
はやくスミ君を連れてきて,この翼の中でないと一緒に移動できないから! と思っていた.
そして,ウィルの力で洞くつから出たと思いこんでいた.
「洞くつが崩壊すると同時に,ミユたちはこつ然と洞くつの外に姿を現したんだよ.」
みゆの背後に立っているキースが,声をかける.
みゆが振り返ると,キースも彼の隣にいるマージもうなずいていた.
しかしみゆは,おのれの力とは信じきれない.
「そして,結界が完全に破壊された神聖公国を救えるのも,あなただけ.」
サイザーの言葉に,視線を彼女に戻した.
「私が,どうやって救うのですか?」
想像つかない.
「あなたが新しい結界をはって,この世界の神になるの.」
みゆは,ぽかんとする.
まさか神になるように要求されるとは.
確かに結界を復活させれば,神聖公国が今,直面している問題はほぼすべてが解決するが.
ウィルを見ると,彼はにっこりとほほ笑んだ.
「君の望むままに,世界を変えればいいよ.」
そんなことをやっていいのか.
みゆはあきれた.
「世界を変える変えない以前に,私に結界が作れるの?」
「分からない.でも,できる可能性があるのは,君とユリだけ.」
ウィルは答えた.
「私やルアンには,建物ひとつを覆う程度の結界しか作製できないわ.」
サイザーもしゃべる.
「過去には,街ひとつを守護する結界を築き上げた聖女がいたけれど.」
聖女の歴史は五百年ほどあり,聖女たちは徐々に力が弱くなっているらしい.
「さらに昔の聖女はみんな,双子みたいにそっくりだったの.」
「聖女は基本的に,母と娘ですよね? 似ていて当然ではないのですか?」
みゆはたずねた.
「親子である以上に,まったく同じ姿をしていたの.目や髪の色はもちろん,声まで同じだったと伝え聞くわ.」
それは気味が悪いような.
ちなみにウィルとルアンは似ているが,うりふたつというわけではない.
さらにルアンとサイザーは孫と祖母だが,あまり似ていない.
「話がだいぶ,それたわね.」
「いえ,興味深かったです.」
みゆはちょっと考えた.
「私ではなく,白井さんが結界を作った方が早いのではないですか?」
百合はすでに,魔法を使いこなしている.
するとサイザーは首を振る.
「もしもあなたの家に,どろぼうがかぎを壊して入ってきて,あなたはどろぼうにかぎを直すように頼むかしら?」
「いいえ.」
みゆは納得した.
言うまでもなく,どろぼうとは百合のことだ.
「たとえユリがどろぼうでなくても,彼女は信用できないよ.」
ウィルが言い添える.
「二年前,僕たちは彼女を頼ったけれど,彼女は何もしなかった.」
百合は,カリヴァニア王国救済を神に訴えてほしいとお願いされていたのに,すっかりと忘れていたのだ.
「そうだね.」
みゆは同意した.
「だからあなたに,神になってほしいとすがるしかないのよ.」
サイザーはみゆを,じっと見つめる.
能力はあるが信頼できない百合よりも,能力があるかどうか疑わしいが信頼できるみゆに頼んでいるのだ.
ならばその気持ちにこたえて,神聖公国を守りたい.
「ラート・サイザー,結界のはり方を教えてください.私は,がんばってみます.」

バウスは,東西南北の国境地帯に,特に屈強な騎士たちを送り出すことにした.
「君たちの仕事は,国境地帯の状況を俺に伝えることだ.」
はい,と頼もしい返事をして,彼らはバウスの執務室から歩み去った.
しかしすでに国境地帯からは,情報伝達の任を帯びた騎士たちが城へ向かって旅立っているだろう.
ただし,これは単なる楽観的予測だ.
混乱しているにちがいない国境地帯で,騎士たちが無事に出発している保障はない.
バウスは結界が失われる日に備えて,国境地帯に砦を築き,軍隊と信頼できる指揮官を置いた.
ところが新しい聖女の桜が誕生し,部下たちは,軍はもはや不要と主張し出した.
バウス自身も迷ったが,軍を維持し続けた.
「ラート・サクラが十六才になり,次代の聖女を産むまでは油断すべきではない.」
結果として,バウスの用心は正しかった.
だが,そもそも戦争を知らない神聖公国の軍隊が,スンダン王国など他国の軍隊を追い返せるのか?
今ごろ,簡単に侵入を許しているのかもしれない.
そして約一か月後には,侵略者たちが首都リナーゼまでやってくる.
バウスは,ぞっとした.
覚悟を決めていたのに,体の震えが止まらない.
城に滞在していた地方の顔ききたちは結界の壊滅を聞くと,すっとんでおのおのの故郷へ帰った.
バウスが机に座って考えこんでいると,扉がこんこんとたたかれる.
「殿下.」
マリエが部屋に入ってきて,心配そうに近寄ってくる.
机の上で震えている両手に,彼女はそっと触れた.
バウスは苦笑する.
「俺が震えているわけにはいかないな.」
彼女はゆるゆると首を振った.
「私の前では,強がらないでください.」
かすかにほほ笑む.
「クイント,メラライト,シャイプ,ソウゾール,ヤグー,そして首都リナーゼ.」
マリエは,神聖公国の主要都市名を列挙した.
バウスは恋人の手を握り返す.
彼女ほど,バウスを理解し助けてくれる人はいない.
「これら六つの都市で,明日の朝,一斉に結界の消失を国民に告げる.」
バウスは宣言した.
「軍隊が国境を守っているので,軽率な行動はつつしむように,と通達する.」
「承知しました.国境付近に住む民衆の避難に関しては,どう指示を出しますか?」
「おそらく今,砦に逃げている最中だ.住民の避難に関しては,それぞれの砦の長に任せる.」
「私も同意見です.首都の私たちが口出しする方が,混乱するでしょう.」
バウスはもう冷静だった.
体の震えも収まった.
マリエがいるかぎり,どんな状況になっても神聖公国の王子として振るまえる.
バウスはすでに,平和な国の次期国王ではない.
戦場で首を落とされるのか,城が陥落したときに自害するのか,亡国の王子として処刑台に送られるのか.
再び扉がたたかれて,ライクシードが執務室に入ってきた.
「兄さん,」
以前と変わらぬ,柔らかで優しげな笑みを浮かべる.
「父さんと会ってきました.」
いや,変わった.
深みが増して,心の底が見えづらくなった.
彼は一回りも二回りも大きく,たくましくなって帰ってきた.
呪われた王国で,どのような苦労をしたのか.
けっして楽な二年間ではなかったはずだ.
「ストー隊長に会いに行きます.失礼します.」
マリエは手を離して,扉へ足を向ける.
「ありがとう.」
ライクシードが言い,彼女はほほ笑んで部屋から立ち去る.
兄弟ふたりだけで遠慮なく話せるように,マリエは出ていったのだ.
そんな彼女の気づかいをライクシードは察して,礼を述べた.
弟は,机のそばに寄ってから話す.
「兄さんが彼女と結婚するとは思いませんでした.」
「俺には,もったいない女性だ.」
彼女の愛を得ることができた自分は,実はものすごく運のいい男かもしれない.
「本当ですね.」
ライクシードは多少いじわるく,口もとに笑みを刻む.
バウスは意表をつかれた.
「お前は変わったな.」
「兄さんこそ,変わりましたよ.」
「そうか?」
首をかしげる.
「えぇ,穏やかになりました.」
ライクシードは,くすくすと笑う.
「お前は大人になったな.」
少しの寂しさとともに,バウスは弟の成長を認めた.
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