水底呼声 -suitei kosei-

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  12−19  

結界が壊れたのか?
それとも壊れつつあるのか?
みゆは血の気が引く思いで,周囲を見回した.
けれど土の壁が確認できるのみで,結界の様子は分からない.
次に,とにかく立ち上がろうともがく.
しかし両ひざは地面にぬいつけられている.
こうなったら,いちかばちか,
「白井さん,ライクシードさんは,」
「ミユ! ユリ!」
神聖公国側から,二人の少年少女が駆け寄ってくる.
「スミ君,セシリア!」
頼もしい味方の登場に,みゆは安堵した.
銀の髪の少女は,さっそく呪文を唱え始める.
「無知を恥じるべからず,知は神の技である.」
「にせものの聖女のくせに,私を止められると思っているの?」
百合のせりふに,セシリアの青い瞳にせん光が走る.
「にせものでも,自分の国は守ってみせる.――神は光り輝く天上におわしまし,我らに哀れみを与えたもうた.」
「セシリア!」
スミが横から飛んで,少女を押し倒す.
セシリアの体のあった場所に,爆発が起きた.
天井から,ぱらぱらと土が落ちる.
「我らに哀れみを与えたもうた.」
みゆは呪文を引きつぐ.
この呪文は知っている,ウィルがみゆの前で使ったことがある.
「光あれ!」
声を張り上げると同時に,セシリアからの助力が感じられた.
手を引いてもらって,いつもより速く走れたような感覚だ.
「すごいわ,ミユ.結界は完全にもとに戻った.」
セシリアが笑顔を向ける.
みゆも笑った.
そして,ゆっくりと立ち上がる.
百合の魔法は消えたらしく,両ひざは地面から離れた.
けれど百合は,うすら笑いを浮かべていた.
「古藤さん,私と戦うつもり?」
「戦う?」
「そうよ.私を止められるのは,同じ地球の人間であるあなただけ.」
彼女は,誰よりも高みに立っていた.
大神殿で二年間,聖女をやった経験ゆえか.
「でも無理ね.あなたはぜんぜん超能力を使えていないもの.ルアンからもウィルからも,何も教わらなかったのね.」
「ミユ,逃げて!」
セシリアがさけぶ.
「え?」
少女に顔を向けるやいなや,みゆは後方へ吹き飛ばされた!
「ミユさん!?」
スミの悲鳴が耳を打つ.
体が空中で前回りに回転して,頭が下になる.
洞くつの土壁が,ものすごいスピードで近づいてくる.
壁にぶつけられる.
みゆは,ぞっとした.
「嫌ぁあああ!」
無我夢中で,腹を抱きかかえる.
体がさらに,くるくると回る.
助けて,ウィル!
「ミユ!」
鈍い衝撃とともに,みゆは受け止められた.
みゆを背後からわしづかみにしている人物が,ほっとして息を吐いた.
みゆの足を,そっと地面に下ろす.
「ウィル!」
みゆは振り返って,彼の首に抱きついた.

「なぜ,ここに来られたの?」
百合が驚いて問いかける.
ウィルはみゆを抱きしめ返して,百合をにらみつけた.
間近で小さな音がして,ウィルは百合に注意しながら,目で探る.
みゆが首からかけている,リアンの遺品である指輪の赤い石が,粉々に割れて落ちた.
さらに,黒髪についていた花飾りも割れて落ちた.
みゆを守るという役目を終えたかのように.
きっと母親の助けにより,ウィルはここに来られたのだろう.
みゆとウィルの力だけでは,洞くつの結界は越えられなかった.
ウィルは洞くつのそばに,ライクシードとともにいた.
百合が洞くつの結界にひびを入れて,みゆとセシリアが直したのも感じとれた.
ライクシードにも伝えている.
みゆを壁にたたきつけたのは,百合だ.
みゆはウィルにしがみついている.
殺されそうになった恐怖に,ぶるぶると震えていた.
彼女を引きはがして背後に置きたいが,やめた方がいい.
スミの方を見ると,少年は銀髪の少女をかばっていて,みゆの面倒まではみられない.
分は悪いが,このままで戦うしかない.
「この世界のことわりを知る者よ,神の名を冠する者よ,」
百合は,何をしでかすのか予想がつかないので危険だ.
魔法で,指一本動かせぬよう,口さえもきけないように拘束する.
「いやしき彼らは,御身の光に耐えられぬ!」
「きゃあ!?」
何百本もの光の糸が束になって,百合に巻きつく.
ところが糸は,ぱっと霧散した.
ウィルはスミに,目で合図を送る.
少年は,セシリアに離れるように手振りで示してから,すらりと剣を抜いた.
多少の血を見ることになっても,百合を捕まえなくてはならない.
彼女の両目が,不可思議な色に染まった.
「私に逆らわないで.」
ウィルの背筋に,冷たいものが走る.
この強大な力は,なんだ.
魔法について学んだからか,みゆよりもずっと強く,指向性がある.
「神よ,小さき我らを哀れに思うならば,」
常軌を逸している.
神ではない人間が,これほどの力を持っていいのか.
「光によって,我らを導きたまえ.」
ウィルは純粋に,百合に恐怖していた.
「たたえよ,神の名を.恐れよ,神の怒りを.」
セシリアが声を合わせてくる.
ウィルは少女と視線を交した.
「我らは,神の肉であることを誓約す!」
二人の力はうまく合わさり,普段の二倍にも三倍にもなった.
しかし魔法は発動しない.
剣で百合を切りつけようとしたスミが,簡単にはじき飛ばされる.
「スミ君!」
みゆが悲鳴を上げた.
だが少年はきちんと受身を取って,地面に落ちる.
セシリアが心配して駆け寄った.
「やめてくれ,ユリ!」
突然響いた男の声に,ウィルはぎょっとする.
カリヴァニア王国側から,ライクシードが走ってくる.
あわてて結界の様子を探ると,全壊こそしていないが,あちこちに穴が開いている.
大人がくぐれるほどの大きな穴が.
百合はウィルたちの攻撃を防ぎつつ,洞くつの結界を切り崩していた.
彼女は,どれだけ大きな力を持つのか.
こんな化けものに勝てるわけがない.
ウィルは絶望感にくらくらしながら,足を踏ん張って耐えた.
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