水底呼声 -suitei kosei-

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  12−14と15の間  

「つまり君とウィルは,まったく自重していなかったのだな.」
神の塔の前の廊下にて,バウスがあきれて問いかける.
「はい.」
みゆとしては,はいとしか答えようがない.
「簡単に子どもを作りやがって…….俺が何年,マリエにお預けをくらっていると思っているんだ.」
「殿下,忠誠心が失せることはおっしゃらないでください.」
王子の隣で,スミが言う.
「まぁ,いい.元気な子を産めよ.俺やスミやセシリアが,この上なくかわいがってやる.マリエやナールデンたちも喜ぶだろう.」
「ありがとうございます.」
みゆはほほ笑んだ.
そう言えばライクシードも,この上なくかわいがるとしゃべっていた.
二人はやはり兄弟らしい.
「よし.スミ.城に帰るぞ.」
「はい.――え? 待ってください!」
帰れないですよ,と少年は主張しだす.
「ミユ,この服装のままでは腰が冷えるわ.はやく部屋に戻って,妊婦用のものに着替えなさい.」
サイザーが,少し怒った調子で話しかけてきた.
「はい.」
みゆは彼女とともに,客室に向かって歩き出した.
実は着替えよりも,食事がしたい.
着替えた後で,誰かに頼んでみようとみゆは考えた.
すると,スミが引き止める.
「待ってください,ミユさん.俺たちと一緒に城に戻りましょう.」
「え?」
みゆは驚く.
「俺が馬を走らせますから,俺の後ろに乗ってください.」
「なんて恐ろしいことを言うの!?」
サイザーが血相を変えてさけんだ.
「妊婦を馬に乗せるなんて,危ないに決まっているでしょう.落馬したら,どうするのよ.」
「俺がミユさんを落とすわけがないです.」
スミは反論する.
「万が一があるでしょう! 彼女は身重なのよ.」
「スミ.これに関しては,ラート・サイザーの言うとおりだ.」
バウスが口をはさむ.
「分かりました.ですが,ミユさんを置き去りにできません.」
少年は困っている.
ちょっとの間考えこむと,ぽんと手を打った.
「殿下,ひとりで城に帰ってください.俺はここに残ります.」
「お前なぁ.俺はお前の主君だぞ.」
バウスはあきれかえった.
「殿下は身重ではありませんから,馬を走らせても落馬しても支障ありません.」
王子にそんな暴言を吐いていいのか,とみゆは悩んだ.
そのとき,みゆの腹が小さく鳴る.
「普段ならそうするが,今回は無理だぞ.俺は周囲には黙って,――要はお忍びで,ここにいるんだ.」
バウスは苦虫をかみつぶす.
「さっさと城に戻らないといけない.そして,お前が盗賊のようにあの扉のかぎを開けないと,俺はこっそりと城に入れない.」
スミは,ますます弱った.
みゆの腹がまた,ぐぅぅぅぅと鳴る.
しかも,結構な音量である.
スミやバウスやサイザーの注目が集まった.
「す,すみません!」
みゆは真っ赤になる.
「おなかがすいているの?」
サイザーがたずねた.
「はい.ものすごく減っています.」
みゆは身を小さくする.
「申しわけないのですが,食事をさせてください.」
周囲が真剣にみゆについて話し合っているのに,肝心のみゆは食べたくてたまらなかった.
思い返せば,朝はほとんど食べていないし,昨夜の夕食は吐いてしまった.
「部屋に戻って,着替えてから食事をしなさい.それに,廊下に立ちっぱなしは体に悪いわ.」
「ありがとうございます.」
みゆは,サイザーの好意を素直に受け取る.
そして二人で客室を目指して,廊下を進むと,
「待ってください.ミユさんを連れていかないでください.」
スミが追いかけてきた.
「スミ.ミユが妊娠している以上,ラート・サイザーに任せるのがいい.」
バウスが言う.
「理由は分からんが,ラートは世話焼きばばぁになっている.加えて,大神殿は妊婦にとってもっとも安全な場所だ.」
面と向かって,ばばぁと口にしていいのかとみゆは思った.
相変わらず,バウスとサイザーは仲が悪いのだろう.
「廊下でいつまでも立ち話をしても,らちがあかない.俺たちはいったん城に帰るぞ.」
スミは再び迷った.
が,
「承知しました.――ミユさん,すぐに戻ってくるので,待っていてください.」
「うん,ありが,」
ありがとうと言い終える前に,少年は王子の腕を引っぱって,とてつもない早足で廊下を去った.
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