水底呼声 -suitei kosei-

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  12−16  

サイザーがいなくなると,ほとんど入れちがうタイミングで,スミがやって来た.
「迎えに来るのが遅くなってすみません.ラート・サイザーに何かされませんでしたか?」
心配そうに問いかける.
「大丈夫よ.食べ過ぎるなとか体を冷やすなとか,注意を受けただけだから.」
みゆがほほ笑むと,少年は安心したように表情を緩めた.
「ナールデンさんの家に戻りましょう.もう事情は話しています.馬車を用意しましたので,それに乗ってここを出ましょう.」
スミはバウスとともに,城に戻っていたのだ.
スミはみゆとともに大神殿に残りたがったが,状況がそれを許さなかった.
バウスは,お忍びで大神殿に来たらしい.
なので,大神殿に長居できず,またバウスひとりで城に戻ることも不可能だった.
さらに,みゆを大神殿から連れ出すことも難しかった.
妊婦を馬に乗せるのは危ないと,サイザーが猛反対したのだ.
スミは彼女の意見に従い,しぶしぶみゆから離れて,王子とともに城に帰った.
「ありがとう,スミ君.でも私は大神殿に滞在して,ここで産もうと思う.」
「え? なぜですか?」
少年は,まゆを寄せる.
「お取りこみ中に悪いけれど,」
キースが会話に加わってくる.
「君は誰? ミユの知り合いみたいだけど.」
スミは不快気に,彼をにらみつけた.
「それは,こちらのせりふだ.あんたは誰だ?」
キースは,へらっと笑う.
「俺はキース.今日からミユの護衛さ.」
「護衛? 監視の間違いじゃないのか?」
「俺が監視のわけがないだろ! 俺は大神殿で一番,頭が悪いんだ.」
キースは大いばりで,胸をそらした.
「監視なんて難しい仕事が,俺に任されることは絶対にない.」
「この変な男は何ですか?」
スミはあきれて,みゆに聞いてくる.
「……にぎやかで楽しい人でしょ?」
みゆは無理やりに,笑みを作った.
キースは言う.
「さぁ,俺は名乗ったから,君も正体を教えてくれ.」
「俺はスミ.バウス殿下の親衛隊の一員だ.」
キースは,ひえっと悲鳴を上げた.
「第一王子の親衛隊!? こんなに若い,――いや,子どもなのに.」
彼の驚きは無視して,スミはみゆに向かってしゃべる.
「大神殿にいるのは危険ですよ.神の子どもではなく,ウィル先輩の子どもなのですから.」
それに,と言い足す.
「今は,頼りになるラート・ルアンもいません.だからナールデンさんの家に戻りましょう.」
「そんなぁ.」
みゆが答える前に,キースが嘆き声を上げた.
「ミユがいなくなったら,マージさんが泣くぞ.」
「え? 私?」
いきなり話を振られたマージは,目を丸くする.
「あんたは黙ってくれ!」
スミはどなりつける.
「スミ君,大神殿は危険な場所じゃない.」
みゆは少年に話しかけた.
「私の妊娠が分かったとき,ラート・サイザーは私の腰にショールを巻いてくれた.」
ショールは服や下着を着替えるときに返したが,みゆはしっかりと彼女の気持ちを受け取った.
「私がひとりにならないように,キースさんとマージさんをそばに置いてくれている.」
キースとマージは,それぞれの上司の命令でみゆのもとへやって来た.
しかしサイザーのおせっかいぶりを考えると,彼らの上司の背後には彼女がいるのだろう.
サイザーは,みゆとウィルの子どもを守っている.
おそらく,ウィルに対する過去のつぐないだ.
「私は,ラート・サイザーのそばで産みたい.」
それは,彼女にとって救いになる.
いつの日か,サイザーとウィルを結びつける光になる.
「ミユさん.でも,」
少年はとまどっていた.
「ラート・サイザーはあなたを捕まえて,強引に聖女にしようとした人ですよ.」
彼女を信じていいのですか? とたずねる.
みゆは,さきほどのサイザーとの会話を思い出した.
彼女は過去を悔やみ,苦しんでいた.
「私はラート・サイザーを信じる.大神殿で子どもを産むわ.」
スミはがくぜんとし,キースは「やったー!」と喜んだ.
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