水底呼声 -suitei kosei-

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  12−13  

夕食の後,まだ全員がテーブルを囲んだ状態で,みゆはマリエたちに話し始めた.
「聖女になり,神の塔に入りたいの.」
「なぜですか?」
スミが不安そうに問いかける.
今日は,スミはセシリアとともに,夕食前にやってきた.
なので食事も一緒に取っている.
「神に会いたいから.」
会いたいと,みゆはぼんやり思う.
ウィルに会いたい.
スミはちょっと考えてから,
「神に会ってカリヴァニア王国救済を訴えることは,ラート・ユリに頼んだではありませんか.」
「実は,ライクシードさんから聞いたのだけど,」
百合は頼まれていたことをすっかりと忘れていた,とみゆは告げた.
「簡単に引き受けたくせに,忘れたのですか.」
スミはあぜんとする.
「だから私自身が,塔に入りたいの.」
「でも,ミユ.」
銀の髪の少女が,心配げな表情で口を開いた.
「あなたが神のいる場所まで行っても,神が目覚めるとも,呪いが解けるともかぎらないわ.」
「うん,分かっている.」
けれど,ほんの少しの可能性でもあるのならば試してみたい.
国立図書館による文献調査も城での会議も,手詰まりを見せはじめている.
「二年前は,ミユさんは塔に入りたくないと言っていたじゃないですか? それは,神の子を妊娠したくないからですよね? なのに,なんで…….」
スミは,悲しそうにまゆを下げた.
「俺たちは頼りないですか? 王国のことは,俺やバウス殿下やマリエ様たちに任せてくれませんか?」
みゆは首を振った.
「ウィル先輩だって反対すると思いますよ.ルアンさんだって反対していたじゃないですか.」
少年は言い募る.
「俺だって反対ですよ.神の塔に入って,ラート・ユリみたいになったらどうするのですか?」
妊娠は,百合の人生を大きく変えた.
もしも人生をやり直せるのならば,彼女は塔に入らないだろう.
「ミユはユリとちがうわ.」
セシリアが会話に加わってくる.
「ミユはきっと善良な聖女になる.だってきれいな翼が,」
「そんな問題じゃないって!」
いらっとして,少年はどなりつける.
「ミユさんはウィル先輩と幸せになるんだ.神だろうが何だろうが,入るすき間はないんだよ!」
少女も,むっとする.
「なによ! いつもミユのことになると,むきになって.」
スミとセシリアは,けんかを始めてしまう.
「ミユ,」
マリエが声をかけてきた.
「顔色が悪いわ.あなたはずっと,体調を崩しているでしょう?」
みゆはためらったが,正直に「はい.」と答えた.
「私も,あなたが聖女になることに賛成できない.なぜなら,」
ダークグレーの瞳が,みゆをしっかりと見据える.
「今のあなたは正常な判断を失っている.私には,そう見える.」
柔らかな口調で,耳に痛いことをはっきりと言う.
「あなたが神聖公国に来てから,九日間しかたっていないのよ.歴史調査は始まったばかりだわ.」
ナールデンやユージーンたちもうなずいた.
「けど,こんな調子じゃ何年かかるか分かりません.」
「気持ちは理解できるが,あせっては駄目だ.」
ナールデンの言葉に,理解できていません! とみゆは叫びたくなった.
唇をかみしめてから,
「私は王国を救うために,どんなことでもしたいのです.打てる手はすべて打っておきたいのです.」
同じテーブルを囲む全員に訴える.
「やればよかったと後悔したくないのです.あと二年しかないのだから.」
みゆはなんとしても,カリヴァニア王国を救わなければならなかった.
王国には,ウィルやルアンやライクシードや,ほかにも大切な人々がいるのだ.
「あなたが聖女になりたいと言っていることを,大神殿に伝えるわ.」
マリエのせりふに,スミがぎょっとする.
「ミユさんを止めてくださいよ.なんでわざわざ知らせるのですか.」
対するマリエは,冷静さを失っていない.
「聖女になるか否かは,ミユが決めることよ.」

翌日の昼過ぎに,みゆを迎えに大神殿の馬車が国立図書館に来た.
みゆはナールデンたちと別れて,馬車に乗りこむ.
馬車はほとんど揺れなかったが,みゆは車酔いになってしまった.
大神殿に着くとすぐさまベッドに倒れて,夕食も食べた直後に吐いた.
おそらく,ひどく緊張しているのだろう.
神の塔に入り,子を授かるつもりなのだから.
ベッドでぐったりしていると,老聖女サイザーが部屋にやってきた.
「ラート・サイザー?」
みゆは驚いて,ベッドからゆっくりと起き上がる.
いったい何の用なのか.
「夕食を吐いたと聞いたわ.」
「え? あ,はい.」
サイザーはベッドのそばに立って,みゆを観察している.
「あなたは,よく吐き戻すの?」
「いいえ.最近,疲れているだけです.」
「そう.顔も青白いわね.」
彼女は口をつぐんだ.
そしてまた,しゃべり始める.
「あなたが聖女になる必要はないわ.この国にはすでに,サクラという新しい聖女がいるのだから.」
「ですが,カリヴァニア王国を救うために,私は神の塔に入る必要があるのです.」
サイザーは,しばし黙った.
「二年前,あなたは塔に入ることをとても嫌がっていたけれど,事情が変わったのね.」
「はい.」
サイザーは,みゆが自分の意志で聖女になりたいかどうか確かめたかったようだ.
「明日,あなたが塔に入る儀式をするわ.」
「お願いします.」
「どの道,そのときに判明するわね.」
不思議なことをつぶやいて,彼女は部屋から出て行った.
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