水底呼声 -suitei kosei-

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  12−12  

「こんばんは,ミユ.元気だった?」
玄関先に突然現れた銀の髪の美少女に,みゆの背後に立っていたユージーンたちはびっくりする.
わたわたとお茶の準備をして,居間にセシリアとスミを招きいれた.
ナールデンが,ユージーンが明日から大神殿に行くことを伝えると,
「あそこは本が多くて大変でしょう? 私も手伝うわ.」
とセシリアは言った.
「ありがとうございます.けれど大神殿には,ユージーンしか入れないのです.」
ナールデンが事情を説明すると,少女はあっけらかんと笑う.
「大丈夫よ.私は元聖女,大神殿に行くのに誰の許可もいらないわ.」
「た,助かります.」
いすが足りないので立っているユージーンが,耳まで真っ赤にしてしゃべる.
「俺は,その,……大神殿には不案内なので,」
彼はセシリアの前で,動揺しきっていた.
「いや,大神殿にくわしい人はいないですよね! とにかくあなたが一緒ならば,」
普段は落ちついた物腰の青年なのに,目を疑うほどのひょう変ぶりだ.
「とてもうれしい、というか.二人で力を合わせて,がんばりましょう.」
「セシリアが手伝うなら,俺も手伝う.」
少女の隣に座っているスミが,不機嫌な調子で口をはさむ.
「あら? スミは大神殿の図書室に入れないでしょう?」
何も気づかずに,セシリアは言い返した.
「なら,大神殿まで送り迎えをしてやるよ.」
「それは助かるけれど.スミは会議でいそがしいのじゃないの?」
少女が迷っていると,次はユージーンが口を出してくる.
「セシリア様は,俺がきっちりと送り迎えをします.」
ばっちん! と男同士の視線がぶつかり合った.
まさかこんな風に恋愛のトラブルが発生するとは.
みゆは多少,頭を抱えた.
翌朝,ユージーンは,輝くばかりの笑顔で家を出て行く.
そして夕方には,どんよりと肩を落として帰ってきた.
何があったのか,たずねるまでもなかった.
さらにユージーンとともに,マリエも帰宅した.
しばらくの間,城での仕事よりも図書館での調査を優先するために,里帰りをするらしい.
これにはマリエの両親は喜んだ.
暗い雰囲気のユージーンをそっちのけで,わきあいあいと夕食を取る.
ユージーンはスプーンでスープを無意味に混ぜながら,もう恋はしないとつぶやく.
みゆはどうなぐさめたものか悩んだが,マリエがあっさりと,
「その言葉は,すでに五回くらい聞いた.」
と言い,全員がからからと笑った.

マリエは国立図書館での調査のために,実家に帰ってきた.
というのは表向きの理由で,実際にはみゆの監視も兼ねている.
「彼女は,結界をやぶる能力を持っている.さらに結界をやぶりたくなる状況に置かれている.」
バウスの言に,マリエは同意した.
水没する王国に,大切な恋人がいるのだ.
仲むつまじいみゆとウィルの姿を,マリエは二年前に城内で何度か見かけている.
またみゆは,結界を壊すぞとおどすことも可能だ.
しかし彼女は,結界を破壊したりおどしたりするつもりはなさそうだった.
従ってバウスもマリエも,あまり心配していない.
みゆ自身は,そんなマリエたちの思惑を知らずに,図書館に通いづめている.
ユージーンが失恋した日も,次の日も,その次の日も,十人ほどの学者たちとともに,二階の部屋にこもっていた.
古い本を読んだり,異世界やカリヴァニア王国の話をしたり,小さな雑用を引き受けたりしていた.
ただ徐々に疲労がたまってきたのか,思いつめた表情をすることが多くなった.
かと思えば,唐突にソファーで昼寝をして,なかなか起きない日もあった.
なぜなら,調査は思うように進まない.
「神暦424年以前の文書が少なすぎる.424年を境にして,極端に減っている.」
図書館二階の部屋で,ナールデンがつぶやいた.
調べていくと,どうやら過去に焚書があったらしい.
まず424年は神聖公国で,古い王朝がたおれ新しい王朝がたった年だ.
その二年前には女の神の殺害があり,王朝が変わったことと無関係ではないだろう.
それらから約二十年後の446年に,さまざまな事柄を記したであろう書物は焼かれた.
「神が殺されたという,当時の権力者たちにとって不都合な事実を隠すために,記録を焼却したのか?」
学者たちは話し合う.
「その可能性もあるが,そう結論づけるのは早計だ.」
「どんな意図で文書を灰にしたにせよ,おろかで野蛮な行為と言わざるをえない.」
みずからの国の歴史を,なかったことにするとは.
焚書を逃れた書物もあるが,かんじんなことは書かれていない.
もしくは,解読できなかった.
神聖公国には数種類の古代文字があり,ある程度は解読されているが,されていないものもある.
マリエとナールデンは,言語の専門家たちも召集することにした.
そのようにして,歴史の調査はどんどん本格的になっていく.
未知のかたまりに学者たちの目は輝くが,みゆの顔色は悪い.
「一緒に古代文字を読み解いてみるかい? やり方を教えるよ.」
とのん気に誘われて,
「私は足手まといになりますから.専門家の方々で早急にやってください.」
と,いらいらした調子で返すほどだった.
カリヴァニア王国の滅亡まで,あと二年しかない.
五年後や十年後になぞが解明されても,意味はないのだ.
また,城で行われている会議の進捗もかんばしくなかった.
スミは会議への出席は許されているが,帯剣は認められず,さらに発言も制限された.
城には,スミを親衛隊から外すように進言する臣下もいる.
一方,あちこちの地方から,それぞれの地域の顔ききたちが城にやって来た.
だが,移住の相談を受けたとたんに,半数が地元に帰った.
残りの半数は城に留まって,国王に移住を断念するように訴えている.
「彼らならば協力してくれる,と期待していたが…….」
城に足を運んだマリエの前で,バウスは弱音をはいた.
それから二日後,みゆが,聖女になり神の塔に入ると言い出した.
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