水底呼声 -suitei kosei-

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  12−11  

ナールデンの家は城の近くにあり,三世代が同居している.
ナールデンとその妻,息子とその妻,孫のユージーンだ.
みゆがナールデンとともに帰宅すると,家には女性ふたりだけがいた.
ナールデンが事情を説明し,みゆは彼女たちと握手を交わす.
そしてすぐに,みゆとナールデンは図書館に向かった.
館内に入ると,受付のあたりで,いそがしく立ち働いているユージーンと出会う.
彼は二十一才で,マリエの弟だ.
図書館を遊び場にして育ち,十六才のときからずっと勤めている.
「君とウィルのことは覚えているよ.」
重そうな分厚い辞典を小脇に抱えて,彼は気さくに笑った.
「まさかウィリミアが,少年とは思わなかったけれど.」
ウィリミアはウィルの偽名であり,彼は女装して図書館に通っていた.
さらに図書館では,ナールデンの息子も働いている.
彼ら一家は,ほぼ全員が図書館で仕事しているのだ.
マリエのみが,城に勤務している.
ちなみに彼女は城で暮らしているが,バウスとは同室ではない.
まだ結婚していないから,とけじめをつけているようだ.
図書館の二階にある部屋ではすでに,首都に住んでいる学者たちが集まり,調査を始めていた.
大きな机の上に,古い本や巻物やポスターのようなものがたくさん積まれている.
それらを,老若男女合わせて五人の研究者たちが囲んで,わいわいと会話している.
彼らは,ナールデンがみゆを紹介すると,目を大きくして歓声を上げた.
「異世界人!」
「しかも伝説のカリヴァニア王国からやって来た!」
「さらに聖女!」
学者たちはみゆを取り囲み,質問攻めにした.
さすが学究の徒というべきか,みな好奇心が旺盛だ.
みゆはひたすら日本やカリヴァニア王国のことをしゃべり,へとへとになる.
夕方になると,学者たちと別れて,ナールデンたちとともに帰宅した.
夕食を取り,片付けをしている最中に,スミが制服姿のままで訪ねてきた.
玄関さきでの立ち話で,
「一緒にいられなくてごめんなさい.」
と少年は謝る.
みゆは首を振った.
「セシリアから,スミ君は会議に参加していると聞いた.」
スミはうなずく.
「私も出席した方がいいかな?」
みゆは,カリヴァニア王国の外交官みたいなものだ.
「いえ,部外者は入れたくないとバウス殿下がおっしゃっているので.」
「分かった.会議はどんな様子なの?」
「……順調ではないですね.」
少年は言葉をにごす.
それから,また明日かあさってに顔を出すと告げて,去っていった.
次の日は再び,みゆはナールデンたちとともに図書館に足を向ける.
二階の部屋では,五人から七人に,学者たちの数が増えていた.
ナールデンは国中から歴史家を集めているらしく,まだまだ人は増えるらしい.
さらに今日は,マリエもやって来た.
「手際よく手分けして調査を進めましょう.」
彼女はそう宣言すると,みゆを含め学者たちに遠慮なく指示を出す.
みゆは,古くからある民間伝承を記した本をせっせと読み,概要を下手くそな字でノートに書いた.
ふと気づくと,文献調査チームのリーダーはマリエになっていた.
彼女は想像以上に,仕切るのがうまい.
「マリエさんは,バウス殿下にそっくりですね.」
隣の席で巻物に目を通しているユージーンに,みゆはささやく.
「そうだね.それに姉さんは,バウス殿下と結婚して王子妃に,――ゆくゆくは王妃になるつもりだから.」
彼は少しさびしそうに笑った.
「この一,二年で,姉さんはだいぶ変わったよ.人の上に立つのが上手になった.」
そしてさらに翌日,大神殿から図書室を利用していいという連絡が来た.
「門外不出の本が読めるぞ!」
学者たちは狂喜乱舞する.
「ただし条件がある.」
ナールデンが,待ったをかける.
「大神殿に入るのは一人だけで,身元の確かな人物でなくてはならない.」
また,本を紛失しない,傷をつけないなどといった内容の誓約書を求められた.
みゆのせいで,不信感を持たれていることがよく分かる対応だった.
しかしナールデンは,大神殿が外部の人間を寄せつけないのはいつものことだと言う.
むしろたった二日待たされただけなので,運のいい方らしい.
マリエやナールデンたちは相談して,ユージーンに大神殿に行ってもらうことにした.
ところで,みゆには常に,護衛の兵士がふたりついている.
ただ彼らは半日もたたずに,新しい人に入れ替わる.
みんな愛想のいい好人物だったが,しょっちゅう交代するので,顔と名前が一致しなかった.
そしてその日の夕食後には,スミが恋人とともにナールデンの家にやって来た.
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