水底呼声 -suitei kosei-

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  12−10  

話がひと段落したところで,
「ミユ,この際だから聞いておきたい.」
バウスが問いかけてきた.
「何でしょうか?」
「君はなぜ,異世界から来たにもかかわらず,言葉が通じるんだ?」
初めて会ったときも,似たようなことを言われた.
言葉も通じるなんて,できすぎじゃないかと.
「召喚された直後にカイルさん,――昔,大神殿にいた神の一族の人に,魔法をかけられたのです.」
「魔法?」
バウスは,まゆをひそめた.
「奇跡の力のことを,王国では魔法と呼ぶのです.」
なのでみゆは,会話にも読み書きにも不便しない.
「カリヴァニア王国と神聖公国では,同じ言語なのか?」
「はい.」
王国の民は,もとは神聖公国の人間だった.
なので当然,言葉は同じである.
食事や服装を含め文化も,共通するものが多い.
よってウィルやスミが神聖公国へ行っても,ライクシードやルアンがカリヴァニア王国へ行っても,あまり支障はないのだ.
「そうなのか?」
バウスは首をひねる.
彼は納得していないようだった.
しかし何も口に出さずに,次はナールデンに話しかける.
「館長殿.お願いがあるのですが,」
「はい.」
「ミユをあなたの家で預かってくれませんか?」
意外な申し出だった.
バウスは続けて言う.
「今,城では,会議のためにさまざまな人が出入りしています.」
確かに,城内はあわただしい印象だ.
「だからミユには,首都の宿に移ってもらおうと考えていたのです.けれど,あなたの家の方が安心できます.」
「ミユ,君はいいかい?」
ナールデンはまず,みゆの意思を確認してきた.
「はい.館長様のご迷惑にならないのならば.」
みゆはほほ笑む.
ナールデンも笑みを返した.
「私も家族も大歓迎だよ.――それでは,殿下.彼女は私が保護しましょう.」
「お願いします.それから,ミユには護衛をつけます.」
え? とみゆは驚く.
「スミが君のそばに常にいられたらいいが,そうはいかないからな.」
バウスは,まじめな調子でしゃべる.
「私に,護衛が必要でしょうか?」
どのような理由で,王子はそんなことを提案しているのか.
「不安になることはない.」
彼はあきれたように,ため息を吐いた.
「スミが心配性なだけだ.」
つまり特に警護は必要ないのに,スミが過保護であるらしい.
ほかにもいろいろと相談をしてから,みゆと館長はバウスと別れた.
そしてボディガードの兵士ふたりとともに,城から出て行った.

みゆたちを見送ったバウスは,いささかほっとしていた.
みゆをナールデンに預けることは,ついさっき思いついた.
だが,なかなかに妙案である.
彼も彼の家族も,信頼の置ける人物だ.
さらに護衛もつけたので,これでみゆは安全だろう.
バウスがカリヴァニア王国の救済を訴えたときから,城は,――いや,神聖公国はみゆにとって危険な場所になっていた.
もともと彼女は,二年前に結界の一部を壊し,神聖公国を混乱におとしいれた人物だ.
城には彼女の能力を危険視する者もいるし,バウスも警戒をしている.
そして今回,彼女は無理難題を突きつけてきた.
バウスが彼女の要求をのまなければよかったが,バウスは移住の話を受け入れた.
中には,みゆが女の武器を使って説得したと疑う者もいる.
「ライクシード殿下と同じ失敗をするつもりですか?」
と,本気で心配している.
みゆやスミの耳に入れたくないことだが,ライクシードが道を踏み外したのはみゆが誘惑したせいといううわさが,首都には根強くあるのだ.
昨日の会議では,臣下たちは皆,移住は不可能と口をそろえた.
国王である父は王国を救いたいと発言したが,具体的な手立ては提示できなかった.
さらに会議の出席者のうちのひとりは,王国の使者であるみゆを殺害するように勧めた.
スミは真っ赤になって怒り狂い,
「ミユさんに手出しするなら,その前に俺がお前を殺してやる!」
剣を抜きかけた少年を,バウスはあわててしかりつけた.
父はおろおろとしながらも仲裁にまわり,彼のおかげで会議は決裂せずにすんだ.
が,前進もしていない.
これから,どうすべきか?
しかしバウスには,ほんの少しの勝算があった.
早くて三日後,遅くても五日後には,地方の有力者や有識者たちが城に来る.
バウスは,マリエとの結婚の承認をもらうために,彼らを首都に呼び寄せていたのだ.
彼らは地方神殿の神官長である場合もあれば,ただの農民や商人である場合もある.
城に勤める役人たちとはちがい,情に厚い人物が多い.
彼らならば味方になってくれるはずだ.
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