水底呼声 -suitei kosei-

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  12−9  

翌日,みゆは朝食をしっかりと取った後で,ナールデンの訪問を受けた.
二人,応接間のソファーに向かい合う.
お茶とお菓子は,双子のメイドのディアナとエルが持ってきてくれた.
おひさしぶりです,二年ぶりですね,と軽くあいさつを交わしてから,彼女たちは部屋を出る.
ナールデンは,湯気のたつティーカップを前にして,
「事情は聞いたよ.今まで大変だったね.」
と,ほほ笑んだ.
みゆはまた泣いてしまう.
昨日から,やたらと涙もろかった.
ナールデンはみゆの隣に移動して,優しく背中をさすった.
悲しくて涙を流したのではない,うれしかったのだ.
十分に泣いて,ハンカチで顔と眼鏡をふいて,すっきりした後で質問する.
「マリエさんから聞いたのですか?」
セシリアによると,彼女は昨日,歴史について調べるために国立図書館へ行った.
「そうだよ.彼女は私の孫だからね.」
「え?」
みゆは驚く.
意外なつながりだった.
「マリエから,暗号の本の裏づけ調査について聞いたかい?」
「いえ.セシリアから聞きました.」
「セシリア姫と親しいのかい?」
今度はナールデンがびっくりする.
みゆは,神聖公国に来たときに最初に会った人物がライクシードとセシリアだと教えた.
さらに,自分がこの世界に召喚されてからのことも,かいつまんで説明する.
ナールデンは静かに耳をかたむけた後で,
「二年前に君が初めて図書館に来たのは,カリヴァニア王国を救う方法を調べるためだったのだね?」
ゆっくりと問いかける.
「はい.」
「神に会いたいと言ったのは,呪いを解くために?」
はい,と再び返事をした.
彼は,深く息を吐く.
「私は,なんと無知だったのだろう.」
みゆは首を振った.
「これからは,国立図書館の総力を上げて,君の力になろう.」
「ありがとうございます.」
深々と頭を下げる.
すると,部屋の扉がこんこんとノックされた.
みゆが,どうぞと声をかけると,バウスが恐縮した様子で入ってきた.
「お話中,失礼します.館長殿,ミユ,同席してもいいですか?」
ナールデンはまず,みゆに視線を送る.
みゆは,支障ないと伝えるためにうなずいた.
「構いません.」
ナールデンは,バウスに向かって笑った.
「ありがとうございます.」
バウスは,みゆたちの真正面のソファーに腰かける.
彼はまず,体調はどうかとみゆにたずねた.
「元気いっぱいというわけではありませんが,大丈夫です.」
「よかった.スミもセシリアも心配していたからな.」
バウスはほほ笑んだ.
次に,ナールデンに頭を下げる.
「結婚の件,申しわけございません.」
みゆは事情が理解できなくて,とまどう.
「私に対して謝罪は不要です.」
ナールデンは苦笑した.
「結婚の話が白紙に戻って,息子などは喜んでいるほどですから.」
バウスは額に手を当てて,がっくりとうなだれた.
それから,顔を上げて,
「俺は必ずマリエを妻に迎えます.時間はかかりますが,ご容赦ください.」
「マリエが承知しているのならば,私たち家族は何も言うことはありません.」
「ありがとうございます.」
みゆはやっと,彼らは義理の祖父と孫だと気づいた.
ナールデンの息子とは,マリエの父であろう.
バウスがナールデンにへりくだるのは,分かる気がした.
「殿下,ついでですから,お願いしたいことがあります.」
ナールデンが,話を変える.
「文献調査のために,大神殿に入りたいのです.あそこにしかない本が,たくさんありますから.」
バウスはまゆをひそめて,少し考えた後で,
「城を通すよりも,国立図書館から大神殿に直接,許可をもらった方がいいと思います.」
「なぜですか? 国王陛下の口ぞえがあった方が心強いのですが.」
王子は,まいったように天をあおいだ.
「実は二年前に,大神殿では本の盗難騒ぎがあったのです.」
みゆはぎくりとした.
「その犯人たちを城に滞在させ,さらに本を城の一室に隠し,加えて本を他国へ運び出すのに協力したことがばれまして,」
「ご,ごめんなさい!」
身に覚えのある悪事に,はじいって謝る.
盗まれた本のタイトルは,カリヴァニア王国の成り立ちについて.
盗みの実行犯はウィルで,彼に盗みを依頼したのはみゆだ.
「城から申しこめば,大神殿は本を奪われることを警戒して,絶対に許可しないでしょう.」
ナールデンは,やれやれとため息を吐いた.
みゆとバウスは身を小さくする.
さきほどの話のときも,本を持ち去ったくだりでは,ナールデンは何も口に出さなかったが,厳しい目をしていた.
日本でもそうだが,本は公共物であり,貴重な文化遺産でもある.
無断で拝借していいものではない.
ナールデンは苦笑いを浮かべた.
「分かりました.国立図書館館長である私の名前で,立ち入りの許可を求めましょう.」
過去の悪事が,こんな形で足を引っぱるとは想像していなかった.
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