水底呼声 -suitei kosei-

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  12−8  

みゆが目覚めたとき,そばにはスミではなくセシリアがいた.
いすに腰かけて,ぼんやりしている.
夕刻らしく,部屋は薄暗かった.
少女はみゆの視線に気づくと,
「気分はどう?」
はつらつとして聞いてきた.
「眠ったから楽になった.」
みゆは笑う.
体調不良は,だいぶ治っていた.
「よかった.」
少女はにこりと笑うと,部屋全体を見回した.
「やみよ,退け.ここは神の国である.」
部屋のろうそくが,一斉につく.
セシリアの祈りの言葉は,ウィルの唱えていた魔法の呪文とほとんど同じだった.
みゆは,ゆっくりと起き上がった.
少女はいすから立ち上がり,扉のそばに設置されているテーブルまで歩く.
水差しの水をコップにそそいで,ベッドまで持ってきた.
みゆはコップを受け取る.
「ありがとう.」
水を一口飲んだ.
「どういたしまして.食事を持って来るわ.朝から何も食べていないのでしょう?」
「ごめんなさい,食欲はなくて.」
セシリアはちょっと考えこみ,
「果物を用意させるわ.それなら,どう?」
「うん.ありがとう.」
少女はみゆからコップを受け取ると,寝室から出て行く.
みゆは再び,ベッドに横になった.
なぜだろう,むしょうに眠い.
うとうととまどろんでいると,銀の髪の少女が部屋に戻ってきた.
深皿をひとつテーブルの上に置いて,ほほ笑む.
「眠っていいわよ.」
「うん.」
心地よいやみに,身を任せる.
「大丈夫だからね.カリヴァニア王国のことは,バウス兄さまたちが何とかするから.」
「え?」
みゆは驚いて,目を無理やりこじあけた.
「なんて言ったの?」
だるい体を起こして,眼鏡を探す.
「次にミユが目を覚ましたときに説明する.」
ベッド脇の小さな棚の上から,眼鏡を取ってかけた.
「今,話して.王国を救う方法があるの?」
少女は,どう答えるべきか迷っていた.
やがて深皿を持って,ベッドにやって来る.
「バウス兄さまは,移住の可能性が少しでもないか探るために,昼からずっと会議をしている.」
みゆはセシリアから,切ったオレンジを受け取った.
「国王陛下も出席なさって,カリヴァニア王国を見捨てたくないと強くおっしゃっている.」
少女は,枕もとのいすに腰かける.
「なんで?」
オレンジを食べながら,みゆは首をひねった.
なぜ国王が,そんなに味方になってくれるのか.
「ライクシードさんが王国にいるから?」
国王にとっては,息子である.
ところが少女は,首を振った.
「それもあるけれど,陛下はとても優しい方なの.」
つまり,水底にしずむ王国に同情しているという.
「あと,スミもカリヴァニア王国の代表者として,会議に参加しているみたい.」
スミは神聖公国で,ただひとりのカリヴァニア王国人だ.
「マリエ姉さまは国内の文献を調べるために,国立図書館へ行ったわ.」
女の神が殺害された神暦422年を中心に調べる,とセシリアはしゃべる.
「その二年後の424年に,神聖公国では王朝が変わったの.」
みゆは,頭の中をひっくり返して,うなずいた.
今の王朝はふたつ目と,本で読んだ覚えがある.
「だから,極端に歴史研究がなされていない.」
今の王家であるバウスたちに遠慮して,学者たちがあまり手を出さないらしい.
しかし今回は,そのバウスが調査を依頼する.
なので,進展がある可能性が高い.
「私も,何ができるか分からないけれど,手伝うから.」
心が,ほんわかと暖かくなった.
「ありがとう.」
涙とともに,礼を述べる.
バウスたちは,もちろんライクシードのこともあるが,王国のために動いている.
こんなにも協力してくれるとは思っていなかった.
カリヴァニア王国が水没しても,神聖公国には影響はないのだから.
「私もがんばる.」
みゆは,自覚している以上に,優しく頼もしい人たちに囲まれている.
「エリューゼ,私たちはあきらめない.」
声は必ず,ウィルのもとへ届く.
自分たちはつながっていると,みゆは確信していた.
「私はあなたを守ってみせる.」
セシリアがびっくりして,みゆを見つめる.
ばさりと羽音がして,白い羽が降りそそぐ.
振り返ると,背中に大きな一対の翼がある.
「また翼が…….」
夢の世界の地球で,生えた翼だ.
希望が形になったような,光のさきへ飛んでいける翼.
だが今のみゆには体力がなくて,すとんと眠りに落ちた.

前のめりに倒れるみゆを,セシリアはあわてて支える.
翼は消えていた.
部屋中に舞っていた羽もない.
夢を見たのだろうか.
みゆの背中から,白鳥のような翼が生えていた.
しかも彼女は,“また”と口にした.
以前にも同じことがあったのだ.
異世界の人間だから翼が生えるのか,みゆだから翼が生えるのか分からない.
でも翼は美しかった.
あれが,悪いものであるはずがない.
セシリアはみゆをベッドに横たわらせて,毛布をかけた.
眼鏡を取って,棚の上に置く.
彼女は黒髪の,――本物の聖女なのだ.
にせものの聖女である自分を,この世界を救うのは彼女だと,初めて会ったときから感じていた.
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