水底呼声 -suitei kosei-

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  12−2  

結局,スミとセシリアが戻ってくるより早く,迎えの馬車が来た.
仕方がないので,馬車にふたりの帰りを待ってもらう.
「さきに城へ行きますか? スミが一緒ならば,セシリア様は放っておいてもいいでしょう.」
御者台に座る男が提案する.
みゆがどうしようと悩み始めたとき,くだんの恋人たちは馬に乗って帰ってきた.
仲直りはしたのか? とたずねる必要はない.
ふたりとも赤い顔をして,とても恥ずかしそうな様子だ.
「お騒がせして,申し訳ございません.」
ふたりはこの場にいる全員に対して,謝罪する.
そしてやっと,みゆたちは馬車に乗り,禁足の森を出発した.
「お待たせして,ごめんなさい.」
正面の席に座ったスミは,改めて謝った.
スミとセシリアの乗っていた馬は,トティたちに預けている.
「ううん,仲直りできてよかったね.」
少年は口をつぐんで,耳まで赤くする.
スミの隣に座るセシリアも,もじもじとうつむく.
失言だったようだ.
車内は気まずいムードである.
「セシリアに,ライクシードさんから伝言があるのだけど.」
みゆは,くるっと話題を変えた.
「兄さまから?」
少女は,ぱっと顔を上げる.
「お前の幸せをいつまでも願っている,と.」
「そっか.ありがとう.」
照れてほほ笑んだ.
「ミユさん.」
スミが声をかける.
落ちついた表情に戻っていた.
「神聖公国へ戻ってきた理由を教えてください.」
みゆも居ずまいを正した.
「私は,カリヴァニア王国国王の使者として来たの.」
さらにみゆは,次期王妃である.
首からかけている指輪を見せると,スミはぎょっとした.
王妃のリズがつけていたのを,知っていたらしい.
「大きな立派な宝石ね.」
セシリアも驚いていた.
そんなふたりに対して,みゆはドナートが移住を考えていることを打ち明ける.
神の呪いは解けない,ならば逃げるしかないと.
語り終えると,
「うちの国へ,みんなで来るの?」
セシリアが問いかけた.
「まだ分からない.ドナート陛下は,移住先はどこでも構わないとおっしゃったわ.」
「でもミユが洞くつの結界を切って,まず神聖公国へ来るのよね?」
少女は,何かを確認しようとしている.
「その後で,うちの国に留まるなり,ほかの国へ行くなりするのでしょう?」
「それもまだ決まっていない.船に乗って水の国へ向かうかもしれないし.」
みゆは答えた.
「ただ,水路を使うよりも,洞くつをくぐる可能性の方が高いわ.」
大人数が移動するのだ.
湖を渡って水の国を目指すよりも,洞くつを通り抜けて神聖公国に足を踏み入れる方がたやすい.
「そうよね.」
少女はうなずいた.
「すぐに結界をなくすことはできないの? 誰もが自由に洞くつを行き来できたら,素敵だわ.」
と,笑う.
「へ?」
みゆはあっけに取られた.
「お前なぁ.」
スミはあきれて,片手で頭を押さえる.
「いきなり十万人もの人間が洞くつから出てきたら,どうするんだよ? 大混乱だぞ.」
みゆは,スミの発言に同意した.
「結界を消すのは,バウス殿下や国王陛下の許可を得てからよ.」
しゃべりながら,しかしみゆは不安になった.
さっきから簡単に結界を壊すと口にしているが,自分にできるのか.
過去に一度やったことだが,あのときは無我夢中だった.
もう一回やれと命じられて,同じことが可能だろうか.
みゆはウィルのように,呪文を唱えて魔法を発動させたことはない.
この移住計画は実は,穴だらけではないのか.
考えこんだみゆの前で,スミとセシリアは会話を続けていた.
王女としての自覚を持てだの気楽に考えるなだの,スミが説教している.
ところがセシリアは,みんなが仲よくできるはずとかたくなに主張する.
「だって昔は,スミたちは首都に隠れ住んで,バウス兄さまたちと敵対していたのでしょう?」
けれど今は和解している,と話す.
「だから大丈夫.カリヴァニア王国の人たちと,私たち神聖公国の人たちはうまくやれる.」
楽観論だとみゆは感じたが,同時に,目指すべき理想だとも思った.
「そしてミユもウィルもライク兄さまも,首都で暮らせばいいの.」
「セシリアは,ライクシード殿下に戻ってきてほしいだけだろ.」
スミのせりふに,セシリアは図星だったらしく,むっとほおをふくらませた.
しかしみゆは,なるほどと納得した.
初めから少女は,ライクシードが故郷へ戻ってこれるか確認したかったらしい.
「ライク兄さまのことは置いといて,――移住の件も,ミユを介するより,バウス兄さまとドナート国王が直接,相談した方がいいわ.」
確かに,洞くつの結界がなければ可能だ.
バウスがカリヴァニア王国へ行くことも,ウィルやライクシードやドナートが神聖公国に来ることも.
結界をやぶれば,みゆはウィルと離れずにすむ.
その事実は,みゆをひどく誘惑した.
けれど首を振って,甘えを体外に追い出す.
あの洞くつは,神聖公国という家の玄関みたいなものだ.
家主たちに断らず,玄関のかぎである結界を切るのはトラブルのもとだ.
加えてみゆは,すでに一回,かぎを壊しているのだから.
「スミ君.バウス殿下や国王陛下とは,いつ会えるかな?」
みゆは気持ちを切り替えた.
「城に帰ったら,すぐにおふたりに聞きます.」
「よろしく.それから,ライクシードさんからバウス殿下への手紙も届けたいの.」
ドナート国王の親書も大事だが,心情的に早く渡したいのはこちらの方だった.
「手紙を預かってもいいですか? ただちに殿下に渡しますので.」
「うん.お願い.」
みゆは封筒をかばんから取り出して,少年に預けた.
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