水底呼声 -suitei kosei-

戻る | 続き | 目次

  12−3  

馬車が城に到着すると,スミは,ものすごい早足でバウスのもとへ向かった.
みゆはセシリアに案内されて,客室に通される.
部屋に入るとすぐに,
「実は,すっごく驚く話があるの.」
青の瞳が,きらきらと輝いている.
「何?」
さっぱり検討がつかない.
少女の口ぶりから,明るいニュースと予想できるが.
「バウス兄さまが結婚するの!」
どすんと,みゆは手にしていたかばんを落とした.
意外すぎるニュースだ.
「今月中には,全国民に向けて告知するの.その準備を今,バウス兄さまとマリエ姉さまは進めているのよ.」
どうやら,マリエという名前の女性と結婚するらしい.
そしてすでに,セシリアは彼女を義姉として認めているようだ.
「姉さまは元メイドで,なかなか結婚できなかったのだけど.」
「メイド?」
立ち話のままで,みゆは好奇心を刺激された.
「うん.だから,だいぶ長い間,婚約していたのよ.」
結婚だけでも驚きなのに,さらに政略結婚ではないらしい.
相手はメイドで,周囲の反対を押し切っての恋愛結婚だ.
「信じられない.」
正直な感想を漏らすと,少女は「でしょう!」と同意する.
「結婚することよりも,バウス殿下が恋愛することの方が信じられない.」
ほれたはれたと騒ぐ人々を,鼻さきで笑う男性と考えていたが.
「バウス兄さまとマリエ姉さまは,とっても仲がいいのよ.」
少女は,きゃぴきゃぴと大はしゃぎだ.
「このことは内緒にしてね.私も口止めされているから,ミユとスミと城の友だちと街の友だちと首都神殿にいたときの友だちにしか教えていないわ.」
それは秘密にしているのではなく,言いふらしているのでは.
と,みゆは感じたが,黙っておいた.
「結婚式は半年後の予定なの.次期国王の式だから,きっと盛大なものになるわ.」
少女は,心からうれしそうだ.
「国中がお祭り騒ぎよ.すべての街で,振る舞い酒やお菓子があるの.」
うまく移住の話がまとまれば,ライクシードがバウスの結婚式に出席できるのだ.
馬車の中でライクシードの帰還にこだわったのは,この結婚式ゆえであろう.
すると,
「ミユ,いるか!?」
ノックもなしでいきなり部屋の扉が開き,うわさの人物が舞いこんできた.
「あ,殿下.ご結婚おめ,」
「国王の親書を見せてくれ.」
言葉を打ち消して,バウスはせっかちに要求する.
彼の表情は険しく,あせっているのが分かった.
さきほどまでのん気にセシリアとしゃべっていたみゆは,あまりの雰囲気のちがいにとまどう.
「はい.」
床に落としたかばんを,取り上げる.
「バウス兄さま,どうしたの?」
「後で説明する.」
みゆがドナートの親書を取り出すと,差し出すよりも早く,バウスは奪い取った.
封筒を乱暴にやぶり,便せんを読み始める.
彼の動揺した様子に,みゆは恐ろしくなる.
セシリアも同じようで,不安げに彼の顔を見上げていた.
「返事には時間がかかるが,いいか?」
「はい.」
簡単に決められるものではないと,みゆも理解している.
バウスは読み終わった手紙を折りたたむ.
そしてほとんど駆け足で,部屋から出て行った.

バウスは廊下を足早に歩いて,来た道を引き返す.
「殿下!」
自分の後を追いかけてきたのだろう,青い顔をしたスミが真正面からやって来た.
「ミユから親書を受け取った.マリエを呼んできてくれ.俺の部屋で三人で話そう.」
「はい.」
少年は了解して,走り去る.
バウスは意識して顔を上げて,再び大またで進む.
「後悔していない,だと.」
低くうめいた.
弟の手紙には,そう書かれていた.
確かに,ライクシードは悔いていないだろう.
最後に愛する女性を守ることができたのならば,満足ですらあるかもしれない.
こんなことになるなら,弟をなぐってでも,呪われた王国には行かせなかった.
何が何でも,力ずくで止めた.
「俺は後悔だらけだ,ばか野郎!」
壁をこぶしでたたいて,バウスは床に崩れ落ちた.
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2013 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-