水底呼声 -suitei kosei-

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  11−19  

ウィルの家で昼食を取った後で,みゆとウィルは城へ向かった.
広々とした応接室で国王と会い,親書を受け取る.
「よろしく頼む.」
彼はソファーに座った状態で,深々と頭を下げた.
「はい.」
テーブルをはさんだ向かいの席で,みゆは神妙に返事する.
「出発はいつだ?」
ドナートがたずねると,みゆの隣に座っているウィルが明日の朝と答えた.
「分かった.旅のともは誰もつけなくていいのか?」
ウィルはくすくすと笑う.
「必要ないよ.むしろ邪魔だし.」
「そうか.これを,カーツ村の村長殿に渡してくれ.」
国王は金貨の入った袋と手紙を,ウィルに預けた.
みゆを見つけたお礼らしい.
「お金は受け取らないと思うよ.」
「ならば,無理に押しつけなくていい.くれぐれも礼を言っておいてくれ.」
ドナートは,みゆの方に向き直る.
「君は故郷で学問に励んでいたと,ウィルから聞いたが.」
みゆはうなずいた.
日本では毎日,大学受験のために勉強ばかりしていた.
「昨日,私が税の計算をしていたと分かったのは,そのためか?」
とりあえず,肯定する.
あの布とコインが計算器だと気づいたのは,テレビのクイズ番組で答を当てるようなものだが.
「なるほど.」
ドナートは,四角い緑色の石のついた指輪を差し出した.
「これをもらってほしい.」
いかにも高価そうなジュエリーに,みゆはびっくりする.
エメラルドと考えられる宝石がものすごく大きくて,透明度が高いのだ.
「陛下!」
ウィルが気色ばむ.
「ウィル.彼女ほど,この指輪がふさわしい女性はいない.」
ドナートは指輪を,テーブルの上に置いた.
「王国のために,こんなにも献身的に働いているのだから.」
「でも,駄目.ミユちゃんは,陛下にも城にも王国にもあげない.」
みゆは恋人に,どういうこと? と質問した.
この指輪は高価なだけでなく,何か意味があるのだろう.
ずいぶんと古びた,由緒のありそうな指輪だ.
ウィルではなく,ドナートが答える.
「王国に代々伝わる指輪だ.国王が,次の代の王妃に渡してゆく.」
ドナートはウィルを後継者にしたがっているという話を,みゆは思い出した.
彼は,ウィルが国王にみゆが王妃になることを望んでいる.
「いただけません.」
みゆは断った.
「指輪の譲渡は,非公式なしきたりだ.気にせずに受け取ってほしい.」
「ですが,」
「私にとって,この指輪を譲ることのできる女性は君しかいない.」
彼はさびしそうに笑う.
「私には,子どもはいない.ひとりも産まれなかった.」
ぽつりと落とされた言葉に,みゆは切なくなった.
だからウィルが,わが子のようなものなのか.
確かに,ウィルとドナートの会話は,親子みたいに親しげで遠慮がない.
血のつながりはなくても,二人の関係は父と子だ.
「どうしても気になるのならば,移住の話がまとまった後で返せばいい.」
それまでは持っていてほしい,と主張する.
「君ひとりで神聖公国へ行かせるにあたって,はくをつけたいというねらいもある.」
つまり,みゆは単なるメッセンジャーではなく,次期王妃だと.
「神聖公国では,君の考えで万事を決めてくれ.私は君の指示に従う.」
みゆはぎょっとした.
「もちろん,手紙を運ぶだけに終始してもいい.」
「はい.」
ほっとする.
みゆはけっして,政治家でも外交官でもないのだ.
「指輪をはめてほしい.」
ドナートはテーブルの上から指輪を取り,みゆによこしてくる.
みゆはウィルに,視線で問いかける.
ウィルは少しの間悩んでから,首を縦に振った.
みゆは指輪を手にして,ふと思い立って再び彼をうかがう.
ウィルの気のない様子から,左手の薬指に婚約指輪という習慣は,カリヴァニア王国にもないようだ.
なので自分で,大きな指輪を人差し指につっこむ.
ところが,指輪はぶかぶかだった.
親指にも,はまらない.
みゆが困っていると,
「指輪が大きすぎるよ.」
ウィルが苦情を申し立てた.
「リズでさえ,親指にしか無理だからなぁ.」
国王は天上を見上げて,ぼやいた.
「リズ様の親指にぴったりならば,ミユちゃんの指は全部合わないよ.」
「あいつは太っているから.」
ドナートは苦笑した.
「あぁ,ウィル,今のせりふは妻に言うなよ.」
どうやら以前にもウィルの口から出てきたリズは,王妃らしい.
そして,ふくよかな体型をしているようだ.
「この指輪は,男性用ではないのですか?」
みゆはたずねた.
女性がつけるにしては,サイズが大きすぎる.
加えて,デザインも女性的でない.
四角形のエメラルドが,中央にどんと置かれているのみだ.
「初代国王の持ちものだったという言い伝えもあるから,そうかもしれない.」
ドナートは,銀の鎖を差し出した.
「これで首からかけてくれ.」
「はい.」
指輪を銀の鎖に通して,ネックレスにする.
みゆの首には,すでにルアンからもらった指輪があるので,これで二つ目だ.
二人いるウィルの父親,――ルアンとドナートからもらった,小さすぎる指輪と大きすぎる指輪.
二つとも,みゆを守るために与えられたものだ.
「大切にします.」
みゆが言うと,国王はほおをほころばせた.
話がひと段落すると,みゆはウィルに,ひとりでツィムに会いたいと告げる.
すると彼は,
「なら僕は,廊下で待っているよ.」
と,提案した.
だがみゆとしては,廊下で待たれるとゆっくりと相談しづらい.
実は,ウィルの耳に入れたくないことなのだ.
彼と押し問答していると,ドナートが助け舟を出す.
「ウィル,束縛しすぎると嫌われるぞ.」
「ミユちゃんは僕を嫌わないよ.」
ウィルはにっこりと笑った.
これは,嫌いになるとおどした方がいいのか.
しかし,みゆがウィルを嫌いになることは,天地がひっくり返ってもありえないが.
「ミユさんが物騒なことを考えているから,君が折れなさい.」
ドナートのせりふに,ウィルがえー!? と不平の声を上げた.
「じゃ,私は行くから.」
みゆはソファーから立ち上がって,そそくさと部屋から逃げる.
廊下に出ると,そばに立っていたひとりの兵士を捕まえて,ツィムのところまで案内してもらう.
彼女はほかのメイドたちと階段の清掃中だったが,快く時間をあけてくれた.
ただ,一緒に掃除をしていたメイドのうちの,ひとりの若い女性が,
「ちゃんと聞いてね.忘れないでね!」
と,ツィムに念を押す.
みゆはツィムとともに階段を離れた後で,何なの? とたずねた.
「わざわざ確かめるまでもないことです.」
彼女は苦笑いをした.
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