水底呼声 -suitei kosei-

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  11−18  

エーヌは玄関に歩み寄って,「どなた?」とたずねた.
「ライクシードです.ウィルはいますか?」
彼女は扉を開く.
みゆもテーブルから離れて,玄関へ向かった.
「こんにちは.」
と,ライクシードはほほ笑みかける.
エーヌは彼と顔見知りらしく,親しげにあいさつを返した.
「ウィルはいますか?」
「ごめんなさい.あの子は今,人と会って,」
「ライクシード.」
二階の窓から,ウィルが顔を出した.
ひらりと地上に舞い降りる.
着地の音はほとんど立てない,本当に猫のようだ.
「エーヌさん,悪いけれど.」
ウィルが視線を送る.
「私は二階に行くわ.」
エーヌは笑んで,さっと家の奥へ戻り,階段を上った.
みゆたちも家に入って,扉を閉めた.
立ったままで,ライクシードは本題に入る.
「ユリから話を聞いた.彼女は,どうやら神に会ったらしい.」
予想外の内容に,みゆは驚いた.
「神の塔に入り,扉が閉まった後で,地下へ続く階段が現れた.」
想像以上に大収穫だ.
百合に質問して正解だった.
「階段を降りてたどり着いた部屋は,とても寒かったそうだ.」
みゆは興奮して,相づちを打つ.
「奥にある棺のような箱の中に,ひとりの人物が眠っていた.」
「男の神,ですか?」
おそらく,とライクシードは答える.
ルアンの話,――神は天にいて,聖女が塔に入れば降りてくる,は半分だけ正解だったようだ.
実際は,神は地下にいて,聖女が会いに行く.
「その寝顔を見て,誰かに似ているとユリは感じた.」
「誰ですか?」
神なのだから,聖女のうちの誰かに似ていたのか.
「覚えていないらしい.」
ライクシードは首を振った.
「ユリも気にして思い出そうとしているが.神のそばに寄ってからの記憶はあいまいで,」
夢とうつつの間をさまよっていた.
そして,それこそが,恐怖の根源だという.
異常なことをされたのは覚えているが,具体的にどんなことだったのか記憶が定かではない.
なので,恐ろしいのだ.
「それから,」
ライクシードは言いづらそうに,間を置く.
「ユリは,君に頼まれたカリヴァニア王国救済のことを,すっかり忘れていた.」
「え?」
「だから何もしていない.」
みゆは,開いた口がふさがらなかった.
「今度から,彼女のことは頼りにしない方がいい.」
彼の言葉に,ウィルは「そうだね.」と同意して,みゆも「はい.」と返事する.
力が抜けて,へたりこみそうだった.
百合は,みゆに事前にお願いされていたにもかかわらず,千載一遇のチャンスをふいにした.
しかし彼女のおかげで,塔に入れば神のところへ行けると判明した.
みゆならば,絶対に神をたたき起こす.
いや,神と対立せずに,土下座して頼めばいい.
神がみゆの懇願を受け入れるか不明だが,やらないよりはやった方がいい.
「ミユちゃん,」
呼びかけられて顔を上げると,ウィルとライクシードがこちらに注目していた.
「神の塔に入らないで.君は僕のものだよ.」
「君が子どもを産んだら,私がこの上なくかわいがるよ.」
みゆは,は? と声を上げる.
ライクシードは,さわやかに笑った.
「子どもの面倒を見るのは慣れているんだ.セシリアの世話をしていたから.」
「ミユちゃんも子どもも渡さないからね.」
ウィルが嫌そうに顔をしかめるが,ライクシードは気にしない.
「君は,赤ん坊を抱いたことさえないだろう?」
彼は勝ち誇り,ウィルは悔しげだ.
だが,不毛な戦いである.
「話は変わるが,ミユ.」
ライクシードは,みゆの方へ体を向けた.
「君に頼みたいことがある.」
「何でしょうか?」
彼は懐から,一通の封筒を差し出した.
「これを兄に届けてほしい.」
「はい.」
みゆは,ていねいに受け取る.
ありがとうと,彼は笑みを浮かべた.
「ほかにも,バウス殿下やセシリアに届けてほしいものはありますか?」
彼らも喜ぶにちがいない.
するとライクシードは少し考えてから,床に片ひざをついた.
みゆよりも目線を低くして,しゃべる.
「あのときはすまなかった.」
何について謝罪されているのか分からなかった.
けれど,ちょっとしてから記憶がよみがえる.
神聖公国の隠れ家で,ライクシードに襲われそうになったと.
「君に初めて会ったとき『君を傷つけることはしない』と約束したのに,私は君を傷つけた.」
そんな約束があっただろうか.
みゆは,まったく覚えていなかった.
みゆの困惑をくみ取ったのか,ライクシードは微笑して立ち上がる.
「セシリアにも手紙を書けばよかった.」
話題をくるりと変えた.
「あの子に会ったら,『お前の幸せをいつまでも願っている』と伝えてくれ.」
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