水底呼声 -suitei kosei-

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  11−15  

扉を軽くノックした後で,
「入るよ,ライクシード.」
ウィルは返事を待たずに扉を開いて,部屋へ入った.
みゆは遠慮しながら,後に続く.
ウィルは気まずくないのか.
まるで友人同士の気安さだ.
「ウィル,どうしたんだ?」
壁際の机に向かって書きものをしていたライクシードは,驚いて振り返る.
中央のソファーでは,百合が自分の短い髪をつまみ,ぼーっとしていた.
「国王に面会できなかったのか?」
ライクシードは立ち上がり,いすから離れる.
「陛下とは会えたよ.あとツィムちゃんとも顔を合わせた.」
「そうか.喜んでいただろう.」
彼はほほ笑んだ.
「うん.」
今度は,ウィルとライクシードは仲よく会話をしている.
みゆは居心地が悪く,男性二人の輪に加われないが.
あの後,ドナートといろいろ話し合ったときに,みゆはひとつのことを思い出した.
二年前,百合が神の塔に入る前に,彼女にカリヴァニア王国のことをお願いしたのだ.
そのときは,塔に入れば神に会えると思っていた.
ただ,ルアンいわく,聖女は塔の中での記憶をなくすらしい.
しかし,百合はちがった.
なぜならバウスと翔は,百合は塔の中で異常な体験をしたために子どもを怖がっていると言った.
つまり彼女には,記憶がある.
おそらく,史上初の異世界出身の聖女だからだ.
ところが,塔から出た百合は混乱していた.
なので,くわしくたずねるどころか,会うことさえできなかった.
さらにみゆも,王国救済を頼んだことを忘れていた.
けれど,今なら聞けるのではないか?
だが,それを知っても,何の足しにもならない.
みゆがそう述べると,ドナートは「どんなことでも情報は多い方がいい.」と主張した.
「たとえば,男の神と女の神は夫婦もしくは恋人だと,私は考えている.」
みゆは,なるほどと納得した.
ならば,男の神の行動は当然かもしれない.
妻または恋人を殺されたのだから.
「対してウィルは,姉弟か親子だと.しかし,これらはあくまで想像だ.ほかにも,」
二柱の神は,なぜ神聖公国を作ったのか.
男の神と女の神以外に,ほかにも神が存在するのか.
楽園の民は,神のどこに不満だったのか.
なぜ女の神だけが殺されたのか.
神の力が万能ならば,なぜ女の神が殺害されるのを防げなかったのか.
神の器となる聖女たちが,皆死んだらどうなるのか.
疑問はたくさん,わいて出る.
なのでみゆとウィルは,ライクシードとともに城に滞在している百合に会いに来たのだ.

「ユリに用があるんだ.」
ウィルはさっそく本題を切り出した.
指で毛さき,――そこだけ茶色に染まっている,をもてあそんでいた百合は,のろのろと顔を向ける.
「私に?」
けげんそうにまゆを寄せた.
「うん.」
ウィルは肯定して,みゆは彼の後ろから進み出る.
「白井さん,神の塔での出来事を覚えている?」
ぴくんと,百合の目がつり上がる.
「どうして,あんたに教えなくてはいけないの?」
最初からけんか腰の百合に,みゆはすくんだ.
「怖かったわよ.ものすごく怖かった.あんたのせいで,聖女になったのに.」
「ユリ,」
ライクシードが彼女を止める.
そしてウィルへ,視線を送った.
「出るよ,ミユちゃん.」
みゆはウィルに,腕を引っぱられた.
「なんで私が,あんな目にあわなくちゃいけなかったの?」
百合の嘆く声と,彼女をなだめるライクシードの声が背後から響く.
ウィルはみゆを廊下に連れ出すと,扉を閉ざした.
「後で僕が聞きだすよ.」
くらい笑みを浮かべる.
「ウィル,」
みゆは悩んだ.
塔のことは触れない方がいいのかもしれない.
二年たったとはいえ,百合にはまだ,つらく生々しい記憶なのだ.
加えてウィルは,手段を選ばない気がする.
みゆが逡巡していると,部屋の扉が内側から開いた.
ライクシードが姿を現す.
扉を閉めてから,みゆと目を合わせて,ぎこちなく笑顔を作った.
「ユリに,何を質問したいんだ? 神の塔のことだけか?」
みゆよりも先に,ウィルが事情を説明した.
「分かった.さりげなく聞いておく.」
ライクシードはこともなげに答える.
彼には,たやすいことなのだろう.
それに百合は,みゆには教えたくないという態度だった.
「お願いします.」
みゆはライクシードに頼むことにする.
「任せてくれ.」
彼はうれしそうに,ほおを緩めた.
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