水底呼声 -suitei kosei-

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  11−13  

国王の部屋に着くと,そこは廊下より暗かった.
照明がいっさい,ついていないのだ.
ウィルが「僕がやる.」と告げて,魔法の呪文を唱える.
ろうそくの明かりが,一斉についた.
次にツィムが窓を開けて,部屋の換気をする.
ドナートは,応接スペースのテーブルの上を片付けていた.
開きっぱなしの二冊の本を閉じて,本棚へ持っていく.
テーブルには,格子模様の布とコインが残されていた.
ゲームでもしていたのか,コインは布の上に置かれている.
テーブルに戻ってきた国王は,これらを箱に入れていく.
そんな風に作業していると,城の主というより,市井にいる普通のおじさんだ.
確かに,城で働いていた人たちが大勢いなくなれば,こうなるのだが.
テーブルの端に置いてある数枚の書きつけには,数字の羅列が踊っている.
みゆは,はっと気づいた.
この布とコインは,
「計算器?」
そろばんのようなものだ.
ドナートは驚いて,顔を向ける.
「そうだ.昨夜は租税の計算をしていた.」
つまり現代日本風に言えば,電卓を使って財務の仕事をしていたのだ.
「お茶を持ってまいります.」
すべての窓を開け終わったツィムが,一礼して部屋から出て行く.
ドナートはテーブルの上から紙やペンなどを取り払ってから,みゆにソファーに座るように勧めた.
みゆが腰を降ろすと,隣にウィルが,向かいに国王が座る.
ドナートは,みゆをじっと見つめた.
彼は何を考えているのだろう.
みゆはそもそも,ドナートとは二度しか会ったことがない.
一度目は召喚された直後で,さまざまな疑問を投げかけるみゆに,彼は「十日後に帰れる.」としか答えなかった.
二度目に会ったときには口論になり,地下牢に入れるとおどされた.
なので,ドナートに対する印象は悪い.
ところが,カーツ村の村長たちやライクシードは,ウィルと国王は仲がいいと話し,それは事実だった.
みゆはドナートに,どう接すればいいのか分からなかった.
彼はソファーから立ち上がると,じゅうたんの上にひざまずく.
「え?」
びっくりするみゆとウィルの前で,頭を下げた.
「私は,君を殺そうとしていた.」
ドナートは告白する.
「許してくれ,とは頼まない.私は事実,君の同胞たち十四人の命を奪った.」
カリヴァニア王国に召喚されて,いけにえにささげられた日本人女性たち.
「ただ,ウィルの罪は問わないでほしい.」
ドナートの頭には,白髪が多く目立った.
「実際に手を下したのは彼だが,彼は私の命令に従っただけだ.すべての非は,私にある.」
さらに深く頭を下げる.
「どうか,ずっとウィルのそばにいてほしい.」
声に力がこもる.
「君はウィルに似ている.雰囲気とか目とか,うまく言えないが.ウィルには,君が必要なんだ.」
みゆは,ドナートの懇願に圧倒された.
彼はウィルのために,泥をかぶっている.
ウィルの影に隠れるどころか,みずから前に出て,かばっているのだ.
「私はウィルのそばから,離れるつもりはありません.」
みゆがしゃべると,ドナートはありがとうと礼を述べて,顔を上げる.
穏やかな瞳が現れて,みゆは初めて,ありのままの彼に触れた気がした.
「陛下,僕のお父さんにも謝罪したの?」
ウィルはとまどっている.
「ウィル,ルアン殿は優しい方だ.」
ドナートはかすかに笑みを作り,はぐらかした.
「謝罪したんだね.」
ウィルは,ため息を吐く.
「こんなに頭を下げてばかりいたら,ますます白髪になるよ.」
ソファーから立ち上がり,ドナートを助け起こした.
「リズ様が,陛下は年齢以上に老けて見えるって心配している.」
ウィルの耳もとが赤い.
どうやら彼は,照れているようだ.
ドナートとウィルが着席する.
ツィムが,トレイにお茶をのせて現れた.
タイミングをはかっていたのかもしれない.
みゆはお茶に口をつけ,頭を切り替えた.
「暗号の本の内容を教えてください.」
国王はうなずく.
「昔々の物語だ,大陸に二柱の神が舞い降りた.」
一柱は男で,もう一柱は女だった.
神は結界を作って大陸を中央と周辺に分け,中央に世界の恵みを集めた.
結果,周辺からは豊かさが失われた.
中央は楽園であり,神と中央の住民は何不自由なく暮らした.
「それが,神聖公国ラート・リナーゼですか?」
みゆがたずねると,ドナートは肯定する.
「しかし何百年かたつうちに,楽園の中に,神に不満を持つ者たちが現れた.」
彼らは女の神を殺害し,魔物となった.
男の神は嘆き,女の神の再生を望んだ.
神の力は万能だ,けれど命だけは作り出せない.
新しい命を吹きこめないままに,女の神の器は朽ち果てた.
男の神は女の神の姿を写し取って“聖女”を作り,聖女を未来につなげるための塔を建てた.
そして命は,命でしか取り戻せない.
男の神は魔物たちを,ある小さな半島に閉じこめた.
「そうして築かれたのがカリヴァニア王国だ.結界に閉ざされて,国から出ることはかなわない.」
ドナートは,両の手のひらに視線を落とす.
「神を手にかけたのは私の祖先,初代カリヴァニア王国国王.」
まるで血のあとが,ついているように.
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